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第42話 魔王の使いの最期

 最強の味方であった勇者が倒れ、俺はまた1人になった。あのデーモン崩れが何らかの手でリースの攻撃をクージスに誘導することで逃げ遂したとも言っていたし、状況としてはさっきよりも悪いか。

 だが、それでも逃げるという選択肢はない。ここで逃げたら、俺にはもう本当に何もなくなってしまう。オーダクレストはクージスが一度撃退したとはいえ、生きている。決着を急がなければ、俺は奴と奴の操るリースに嬲り殺しにされるだろう。

 右手に槍を持ち、駆ける。今のリースを抑えるには、渾身の一撃で闇の衣の上からでさえ魔力循環を止めるだけの一撃を放ち、その僅かな時間で止める他ない。

突如黒い刃――闇刃(ダークエッジ)が何もない虚空から現れる。遠隔魔法もここまで行くと対処法がない。走っていたら突如眼前に自分を狙う投げナイフ。こんなものにどうやって対処したらいいんだよ!


「うぐっ!」


 飲み込んだ悲鳴と赤熱するような激痛。咄嗟に左の掌に魔力を集めて闇刃の魔力を散らしてしまおうとしたが、リースの術はやはり桁が違う。腕が3枚に下ろされるような事態は回避出来たが、ざっくりと親指の付け根から前腕の半ばあたりまで傷口が及び、ボタボタと音を立てて血液が地面に染みを作った。


「…………この血。フォン……?」

「リース! 分かるか、俺だ!


 ヒトらしい言葉を発したリースに、畳みかけるように呼び掛ける。左手に関してはもう仕方ない。どうせ俺の術の中に傷を隠すならともかく、治す術なんてものはない。

 そして俺の左手を貫いたリースは、俺の声を聴いてなお呆然と立ち尽くしていた――表面上はそう見えるが、魔力は全くそう言っていない。


「…………フォン、逃げて」


 何かを堪えるように荒い吐息を漏らしながらリースが言葉を紡ぐ。

 さっきまでの暴れ振りが嘘のように静かで理性的だが、俺にはリースの魔力の揺らぎが朧気ながら可視化出来た。魔力は既に何らかの影響を受けて、暴発寸前のところまで高まっているように見える。おそらくは、そう時をおかず暴力的な息吹となって吹き荒れるだろう。……時間はないな。

 地面に手を置き、リースから目を逸らすことなく魔力を練り上げる。リースの方もおそらく意図することなく魔力が体内で巻き上がっているのだろう。濃密な魔力で編まれた黒い衣はリースの細い四肢を全て覆い隠していた。


「相手がリースじゃなかったら逃げるよ。ただ、魔族の糞野郎から俺の相棒を取り戻さなきゃいけなくて――な!」


 影外殻(シャドウエンチャント)を掛け駆け出すと見せかけながら、影潜りによるリースの背後間近への瞬間移動をした。影外殻を発動するにも出現地点の設定が甘かったせいで、魔力を練り上げ術を発動するより早く、ただ俺の腕力のみに依存した槍の太刀打ちの一撃が、リースの背を打った。


「……っ! ……痛い」


 こちらに振り向いたリースの表情が僅かに苦悶に揺らぐが、魔力還流にはほとんど影響していない。相手がリースほどの力量でこの状態では、闇術で意識を落とすのは難しいか?

 眠りに落とす闇術――【暗夜の帳】を掛けるか悩んだ刹那、飛んできた風の塊を避けるために俺は飛び退かざるを得なかった。折角の機会を不意にしてしまったか。


「我が主――私の魔王様を、止めさせませんよ」

「また戻って来たのかよ。いい加減に鬱陶しいな、魔王のパシリ」


 一度目は俺に、二度目はクージスに追い詰められ、リース術の援護も駆使しつつあれだけ完璧な敗走しておきながらこうしておめおめと戻って来るとはな。最速で殺してやりたいが、今はリースを助けることが先決だ。

 そんなリースに対して魔王のパシリ改め魔王の使い――オーダクレストが何かを差し出した。


「魔力が弱っております。我が主よ、こちらの魔力回復薬(マジックポーション)を」


 そう言いながらオーダクレストは片手を前に差し出す慇懃な仕草で、懐から取り出したボトルの栓を抜きリースに差し出した。微かに漂う臭いに、嫌な思い出が蘇る。


「おいそこの魔王のパシリ、リースに何飲ませようとしてんだ?」

「何って、魔力を回復させる薬ですよ。貴方と言い勇者と言い、新たな我々の魔王を相手によくここまで粘ってくれたものです。おかげで計画が遅れました」

「お前が嘘を吐こうがこっちは臭いで分かってるんだよ、そいつの中身は魔力回復薬(マジックポーション)なんかじゃねえだろ!」


 青臭さと、嗅いでいるだけで気分が言いようもなく不快になって来るこの感じ。ノトスの北の森に生えていたあの草と同じだ。そしておそらくクージスたちの一行が飲まされた薬と同じ。


「リース、そいつを飲むな。そいつはエンザイ草のエキス――飲めば当人の負の感情ばかり増大させる悪魔の薬だ」


 ノトス王国で攫われた人々の心の闇を餌とするためにデーモンたちが作っていた罪悪感や不幸感を増し心の闇を増幅させる毒薬。それがオーダクレストの手元にあった。

リースの様子があまりに変だったのはおそらくアレのせいだろう。全く面倒な物を盛ってくれたな。


「ほう、分かりましたか。人間にしては珍しい知識ですね」

「人間世界の農家はほとんどみんな知ってるよ」

「……ねえ、それ、ちょうだい」


 何も目に写さぬ虚ろな目をしながらリースがその手を毒薬のボトルに伸ばす。これで飲ませたら次の大規模闇術で国が滅びかねない。そしてリースの心身も後何発大規模な術に耐えられるかわからない。

 もう俺の左手はボロボロだ。新たに傷を作る必要もない。ボトルの1本くらいなら魔力を新たに練らなくても討てる。


「飲ませるかよ! 水術――血滴矢(ブラッドボルト)!」


 左腕からボタボタと流れ続ける血液に魔力を掛け、ボトル目掛けて射出する。理性を亡くしかけたようなリースの緩慢な動きよりも遥かに早く、その一矢はボトルを貫き粉砕した。毒々しくヌラヌラと光沢を放つ液体がリースの衣に弾かれる。これで一先ずリースは安――


「素晴らしい術の使い手ですが、知恵比べは私の勝ちのようですね」


 ――中身が飛散し割れたボトルをオーダクレストは投げ捨てたが、リースの唇は既にエンザイ草の青臭いエキスに触れていた。俺としたことが、何で既にリースが飲んでいるのに、後1本しかないと思い込んだ!


「もう1本あったのかよ……」

「エンザイ草の栽培方法が確立された今、希少な薬ではありませんからね。貴方のような強い人を相手にノコノコ隙だらけで出して見せるわけ無いじゃないですか」


 どうやら連戦の疲れで俺も少し頭が回らなくなってきているらしい。嫌な感じだ。指摘されてみれば確かにその紫紺のマントの裏に10本20本隠してあってもおかしくはない。


「アークデーモンたちはそこらの有象無象にこの薬を与え、飼い太らせた心の闇を食って力を得ていましたが、そんなことしなくても強い力を持つ者を闇に落とし自らの武器になるよう制御すればいいのですよ。自分が最強である必要はない。最強の力を従えていればいいのですから」

「下種野郎が……。それにお前もデーモンだろうが」

「半分は人間ですよ。故に私は自分より下の同属(デーモン)を支配することすら出来ない。誰にも命令されない代わりに指揮する配下もいない。今の魔王の制度では、私は少し力がある程度の只の爪弾きものなんですよ。だから私には『私のための魔王様』が必要なのです」


 奴の言葉にリースの力を頼りに魔王討伐を考えたあの日の自分や、勇者のパーティーに同行することを望んだ時の俺の姿がフラッシュバックする。

 いや、俺は自分を磨いた。自分の力で魔王を切るために修行したと、心の中で自己弁護の声がした。いや、自力だけでは為せないことを為そうとして、他者を頼りにしたのはこいつと何も変わらない。


「さあ、行きましょうか私の魔王様。あそこの矮小な勇者擬きを消したら次は現魔王を消して、貴女が魔王になるのです」

「リースは魔王になんてならねえよ。俺がさせない」

「貴方が何を思っても勝手ですが、この方は魔王になります。私が真の魔王になるための兵器に、ですが」

「言いたい放題言ってくれるじゃねえか」


 その慇懃な態度で俺の神経を逆撫でしてさっきの毒薬を1本だけ撃たせるような短慮を誘っているのは分かっている。だがそれを理解してもなお、こいつだけは殺りたい。


「ふふふ……。この方は貴方を共に歩くことを望まれてはいない。貴方にだって気付いているのでしょう? この方の強さは人からも、魔族からも隔絶している。真の力の一端を開放すれば100を超える一流の術者たちを一瞬のうちに全て闇に落とすことが出来る。勇者と勇者擬き――2人の人界の英雄を相手取ってお釣りの来るこの力が兵器でなければ何なのですか?」

「リースは人間だ! 俺の仲間だ!」

「そう思っているのは世界に貴方だけです。勇者でさえこの方に怯え、力の差を埋めるために神蔵装具を求めました。まあ私がこの方を捕えるために勇者一行を誘導したんですがね」


 リースが俺を頼って来るきっかけになったパーティー内でのクージスたちとリースの同士討ちに始まり、ノトスでの戦いはこいつらの権力争いの先触れ、そしてコイツがリースを手に入れるために俺たちはヒト同士でしなくてもいい同士討ちを強要され、それを跳ね除けてここまでくる羽目になった――事の発端はクージス聴いたが、本当に、俺たちは揃いも揃ってなんという道化だ。


「さあ私の魔王様。そろそろ覚醒の時間ですよ」

「リース! 聞こえてるんだろ? こんな奴の言うこと否定してやれよ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 俺の声はリースには届かない。リースはただ目の前にいない誰かを見て、心を折るほどの罪の意識に対して自分の殻に閉じこもって謝り続けている。『普通の人生』を送っているような人間にならまだしも、生まれながらの人中で闇の精霊の加護持ちとして生きて来たリースの生は普通の人間の人生など比べ物にならないほど痛みを伴っていたはずだ。


「兵器がヒトの中で生きようとしたところで傷つくだけです。戦場では絶対強者のこの方も、ヒトの中にあってはヒトによって傷つくのです。ならばその全て、兵器として完璧に仕立て上げて差し上げることは慈悲なのですよ!」

「寝惚けたこと言ってんじゃねえぞ! このハゲが!」

「ハ――!?」


 実際オーダクレストとか言う魔王の使いがハゲか否かなど俺にとってはどうでもいい。ただ苛立ちが考えるよりも先に口を突いた発露だ。もうこいつの話は聞きたくない。不愉快だ。今ここで殺す。


「貴方だって同類でしょう? ヒトの世界に居場所がない、少し力を持っただけの哀れな存在だ。なんなら私の仲間になりませんか? 貴方の希望も、現魔王への復讐なのでしょう?」

「生憎だったな、俺の仲間はもう生涯1人だけだって決めている」

「それは残念です。なら、一思いに逝きましょうか」

「逝くのはお前だけでいい」


 集中しろ。


「私の魔王様の前に跪い――」

「あばよ、糞野郎」


 半魔だから実際に野郎なのかどうなのかまで俺は知らないが、そんなことはもうどうでもいい。

 ただオーダクレストの後ろ上方から飛び出した。狙い通りの完璧な影潜による距離の掌握で、逃げることさえ許さないままに、有りっ丈の憎悪を槍に込め、闇色に輝く槍穂を無防備な頸椎に突き立て、全身で叩き伏せ、地面に縫い付けた。


「……っ!?」


 流石にしぶてえな。声は出ていないが、未だ生きてるか――なら死ぬまで殺すだけだ。頸椎に刺さった槍を抜き、小さく生えた翼の上から槍を突き立て、そこにある内臓をかき回し、流れ出た深紅の血に新たに練り上げた水属性の魔力を通し、水流操作の術で頭も吹っ飛ばしておく。泣き別れした首無の肢体が、一度陸に打ち上げられた魚のようにビクンと跳ね、それきりオーダクレストは動かなくなった。


いい最終回だった


冗談です✨


次回:リース救出編決着!

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