第41話 勇者×勇者(仮)vs大魔王の女の子
再び足を踏み入れた広場の中心に、ポツンと人影が2つ。小さいのはリース、大きいのは魔力の反応からしてさっきのデーモン崩れだろう。
「おやおや、ノコノコと戻って来たんですね。勇者もどきと勇者崩れさん」
「当たり前だ。むしろアレだけ潔い逃げっぷりを発揮したお前がこの場にノコノコと戻って来たことが驚きだ」
「もう逃げる必要はなくなりました。今の私には何物にも負けない最強の力がある。ここで貴方方2人を消して、この国を掌握する。この国を足掛かりに世界を変える!」
馴れ馴れしくリースの肩に手を回しながら奴の言う『最強の力』とやらは、リースのことで間違いないだろう。奴本人からはそんなに大した魔力を感じない。
「その汚ねえ手をリースから放せ」
「何ですか? 嫉妬ですか? 野郎の嫉妬は見苦しいですよ?」
本当に人の神経を逆撫でしやがるなこのデーモン崩れは。
「フォン、落ち着け。見え見えの挑発に乗るな」
「分かってる」
クージスに制止されるが、そんなことは俺だって頭では理解している。もっとも、挑発と理解していることと、それに不快感を覚えないことは別問題だ。
「あの野郎――オーダクレストは俺が引き受ける。フォン、お前はリースを」
「……頼む」
分担は決まった。実際これが一番いいだろう。クージスはリースに近付いても殺さず無力化する方法がない。俺と奴ではお互い術の効きが鈍い以上、妥当と言えば妥当だろう。
「おやおや、2人で仲良く壁の染みになればいいものを」
「あっちはお熱い2人の時間を過ごさせてやりたくてな。おかげさまで相手がいなくて寂しい俺と踊ってくれないか。魔王のパシリさん」
「はっはっは。私は野郎と踊る趣味はないですよ? やるんなら1人で不思議な踊りでも踊っていてください――よ!」
察知出来たのは遠隔の魔力の反応。おそらく催眠の黒霧を操る術だろうが、そんなものが読めない俺やクージスではない。一気に散開し、それぞれがそれぞれの狙った相手に正対する。
「薬の影響さえなければ、お前の精神干渉術なんて効きやしない。覚悟しろ、この山羊野郎」
クージスが怒号と共に聖剣の軌跡が煌めき、オーダクレストの右腕を切り落とす様が見えた。俺が切った時とは違う――影で作った囮の腕ではない。実体の腕がボトリと落ちた。流石は勇者といったところか。
向こうは優勢らしいし、出来れば俺も幾重にも張り巡らされたリースの術を抜ける糸口を見つけたいところだ。
「影潜――いや、無しだな。無防備なところにリースの術を喰らったら一撃で廃人か」
とはいえ、さっきのように最速で真正面から殴り込みを掛けても、その速度にすらリースの術は反応する。練り上げるというワンアクションがほとんどないシームレスかつ喰らったら致命傷になるような術繰りを前にしては、俺は只逃げ回ることしか出来なかった。
「どこから攻めるか……」
安全面を最優先にするなら、リースが沈黙している間にあのデーモン崩れを2人掛かりで討伐し、クージスの光術で盾を形成しながらリースの凶悪なまでの闇術の嵐を突破するのが最善だろう。とはいえデーモン崩れにまた逃げ回られたら魔力を放出し続けているリースの命が危ない以上、これが妥当な配置か。俺1人でリースと向き合っている状況は変わらないが、協力者がいる分だけ幾分かは心強い。
『さっき飲まされてた何かが魔力を回復させたようね。少なくとも今すぐ状態が危ないというほどではないわ』
「とはいえ言うほど猶予があるって程ではないんですよね?」
『ま、そうね。このペースで放出していたら、おそらく夜明け前ごろにはあの子の心身全てが魔力に食いつくされるでしょうね』
精霊さまの言を聴き、月の動きを探すが、駄目だな。今視界の中には見当たらない。タイムリミットが分からなくて困惑が残る俺を更に揺さぶるかのように、甲高い笛のような音が大気を貫いてきた。
「笛の音――? 誰が」
その答えが出るよりも早く、目の前のリースにまたも膨大な魔力が収束していくのが分かった。おそらくさっきの石壁を綺麗にくり抜くように消滅させたあの魔法だろう。
「リースちょっと落ち着け!」
咄嗟に眠りに落とそうと闇術――【暗夜の帳】を掛けたが、リースの前ではそんな術は何の役にも立たず、放つと同時に収束しつつあるリースの魔力に飲まれて掻き消された。そこにいるだけでこっちの術が霧散するってどこまで暴力的な術なんだよ!
止めようにも術では止まらないリースに飛び込み槍で一撃入れようとするが、首筋を狙った峰打ちはリースの纏っている闇術――【闇の衣】に受け止められ、何らの痛痒すら感じていないように魔力が膨れ上がる。これ、どうやって抑え込むんだよ! どれだけ魔力を流し込ん眠りに落とそうとしても、掛けた術がリースに届く前に殆ど霧散してしまう。残り滓程度の術では、リースは止まらない。
「リース!」
俺の声も、術も、リースには届かない。今溜め込んでいた魔力を全部ぶつけてなお、リースを取り巻く魔力にはわずかな揺らぎしか出来ない。精霊さまとの心結びで力を底上げされている俺ですら、単なる魔力のぶつけ合いでは手も足も出ないか。
「リース! 人の話を聴け! 止めろって言ってるだろ!」
今ここで俺が避け、リースが術を放てばリースが確実に死に近づき、避けなければおそらく俺はここで死ぬ。全身全霊の魔力のぶつけながら次の手など考え付くか!
「フォン、そこから離れろ!」
リースの魔力に己の魔力を叩きつけていて無防備な俺を、クージスが背後から蹴とばしてきた。痛ってえな! 何しやがる!
「……じゃま」
微かな呟きと共に、リースがようやく俺たちを障害と認識したように少しだけ顔を挙げる。三角帽子のつばの下に見えた、感情の見えない真っ黒な瞳が俺ではなく、俺の代わりに目の前に立ったクージスを睨みつけていた。
「止まれ――!」
クージスが一節の詠唱すらせずに薄い銀に輝く盾を空中に顕現させるが、蹴とばされた俺が立ち上がるよりも早く、クージスの身体が地面から生えて来た真っ黒な刃に貫かれた。
闇術――闇刃か。影と闇を魔力で束ねて刃と為す、以前の俺が使ってもナイフほどの刃渡りにしかならないような脆弱な術だが、それが壁ごとクージスに刺さっていた。
「クージス!」
「平気だ……。咄嗟に【銀の光壁】で守ったから、肉は切れていない」
クージスが荒い息を落ちつけながら言うが、それは暗に闇術による精神干渉は喰らったということに他ならない。
「……また、してやられたな。……分かってはいたが、強い」
「お前、今の術に気付いてたのか?」
「当たり前だろ。俺は【勇者】だからな。アイツを助けることで目が曇っているお前とは違う。所詮、剣を振るうしか能がない第三者だ……」
「急に自虐的になるなよ。お前そう言うキャラじゃないだろ」
「仕方ねえだろ。今の一撃で加護にも影響が出た。おそらく一度しっかり休息を取らないことには十全に動けないと思う。済まない。意気揚々と来ておいて役に立てそうにない」
「……泣き言言ってる暇があれば立て、最悪肉の盾くらいにしてやるよ」
さっきの闇刃――おそらく盾の術で軽減されていたとはいえ、並みの戦士なら一撃で立つ気力すら完全に奪われて地に這い蹲らせるだけの術だっただろう。それに抗って未だ意識を保ち続けるクージスの精強さは分かる。だが、それですらリースには届かないのか。
「……えて」
リースの青ざめた唇が何かを呟く度に、ヒトの頭大程もある闇飛沫が頭上から降って来る。これだけ単発がデカいと、影外殻を纏って受ける訳にもいかず、精霊さまからの借り物の槍で術を弾きつつ必死に後退する。
クージスもさっき同様に【銀の光壁】で身を守ってはいるが、術にキレがなく、一発ごとに再展開しているような有様だ。まさか、勇者がいてもここまで容易に劣勢に追い込まれるとは思わなかった。俺はリースを過大評価していたつもりだったが、その評価すら過小評価だったか。
「あと、もう1つ謝っておくことあった。オーダクレストには逃げられた。奴が笛を吹いたと思ったら、術者もなしに八方からの闇飛沫の集中砲火だ。下手したら、今この広場の全てがリースの術の発動点かもしれない」
「は……?」
……あり得るのか、そんなこと?
遠隔魔法は発動点を目視していること、発動点まで自らの放出した魔力を繋げられることが条件になるが、俺の遠隔魔法はせいぜい20歩分が有効射程。確かにリースの術の規模が俺より無駄ともいえるほど大きいことは知っているが、この広場全体となると、今こうしている間にも垂れ流しになっている魔力だけでも相当に命を危機にさらしていることにな
「「あ――」」
俺とクージスの声がハモった。術が完成するよりも先に、身体が魔力を知覚してなお、どう反応しても間に合わない速度を2人揃って感じ取れてしまった。
クージスが盾の術の無詠唱で身を守ろうとするが、それよりも更に早く、凝集させた闇がクージスに滝のように降り注ぎ、奴を沈めた。勇者にすら一切の手出しを許さない、まさに大魔王の所業だった。




