第39話 拒絶
声を挙げる間もなく、視界が見たこともない術でいっぱいになった。昏く、加護で適応した視力でさえ前の見えない黒が迫って来る。駆けて逃げるのは無理だ!
「ぁっぶねえなあ……!」
咄嗟に地面に倒れ込んで回避出来たが、視認すら困難だった闇色の光としか形容出来ない何かが、俺を掠めて広場に面している民家の壁にヒトの上半身大はあろうかという風穴を空けていた。……影を操ってるわけじゃないのか、あの術?
「……あんなの見せられたら迂闊に飛び込めないな。いっそクージスの雷槍の時みたいに遠隔魔法で散らすか……?」
『貴方が広場の壁の染みになるだけだと思うわ。見た感じ術理は単純に有りっ丈の魔力に有りっ丈の拒絶や悲嘆といった負の感情を綯い交ぜにして放っているだけ。術理としてはむしろ原始的だけど、あの出力だと避ける以外の対策がないわ』
俺の思い付きを丁寧に精霊さまが否定してくれるが、精霊さまの叡智を以てしても、出来る対策は回避だけか。術のモーションも魔力を練り上げるまでの時間もそう隙の大きなものではなかった。
「リース! 助けに来たって言ってるだろ!」
「……れ」
リースの口元が小さく動いた。リースの顔で月明りの照り返しを受け輝く2筋の銀の軌跡と、手元で怪しく輝く魔力。意志の疎通も図れないし、尋常な様子ではない。
「結局こうするしかないか――!」
声が届かないなら、身体でぶつかるしかない。少なくともリースの目はこちらをまともに視野に捉えたような感じがしなかったし、音に反応してこっちを向いただけだろう。多少の欺瞞くらいになれば、一撃加える隙くらいは作れるか。
「影囮。行くぞ」
幸い今夜は夜闇も深い。日中なら自分の姿そのものの影など出来ても1体だろうが、今なら4体は作れた。これで頭数は5対1だ。槍の届く距離まで入ってしまえば、俺がアドバンテージを取れる! 一斉に4方に散り、影外殻を纏った俺と同じ速度を以てリースの懐に飛び込んだ。槍の太刀打ちでリースの背を狙う。絶対に痛いだろうが、このまま魔力をぶっ放し続けたらリースの命に関わる以上、ここは生命が最優先だ。
太刀打ちがリースの背に完全に叩き込めたと思った瞬間、同時に接近していた影の囮たちが吹き飛んだ。そして俺が加減して放った槍の一撃は、さっきまで何もなかった空間に生じた歪みに止められていた。
「外殻――いや、これは……?」
反撃を警戒してリースの背を蹴って後方に飛び退いたつもりだったが、足の裏で捉えたのは、明らかに人体ではない硬質な感触だった。俺の使う影外殻にも近いが、物理干渉力はそれ以上みたいだな。
『……闇の衣ね』
「あの術ですか?」
『ええ、貴方に教えた影潜と並ぶ私のとっておきよ。地上で使ったのはこれもだいまおーちゃんが最後ね。……ただ、私が教えてないのにどうしてあの子があの術を?』
精霊さまの話を聴く限り、どうやら現在この世界には本来ない術らしいな。さて、こんなものまで持ち出されてどうやってリースを止める? 既に俺は全力で影外殻を掛けているつもりだし、最後の一撃こそ手加減が入ってしまったが、仮に本気でやったとしてもあの強固な術を貫けるかは微妙だろう。
『少なくとも急ぐ理由がもう1つ増えたと思いなさい。あの術の消耗は本来ヒトには過ぎているわ』
「……結界術とどっちが喰います?」
『大差ないわ。アレは術理だけ明かせば着てる結界と言っても差支えがない術だから。この世界に足を付けながらも、この世界の全てを拒絶する術……。出来れば使う子がいない方がよかったのに……』
つまりは完全に空間を遮断する壁を持っているようなものか――益々状況が厳しくなっていることが分かってしまう。
そんな術相手では、精霊さまの槍に有りっ丈の術を付加して叩き込んでも貫くことは困難か。いや、仮にそれで【闇の衣】を貫けてしまった場合、リースが無事で済まないな。八方塞がりか。
『1つ確実な対抗策があるとすれば時間を稼ぐことね。幾らリースが天才的な術者でも、補給もなしに今から朝まで展開し続けていられるような術じゃないわ』
「精霊さま、申し訳ないですけど却下で」
『うん、知ってる。それでは貴方の“したいこと”は出来ないでしょう?』
時間稼ぎで粘るということは、それだけリースの命のギリギリまで追い込むということだ。さっきの暴発するような闇の魔力を収束した砲撃も併されば、術が解けるよりも先にリースの命が術に喰われかねない。
「ええ。俺はアイツと一緒にいきたいんで」
『いい返事ね。それで何か策はあるの?』
精霊さま、そんな策がぽんぽんと浮かんでいたら俺は今攻めあぐねたまま槍を構えてリースと距離を取っていないです。
リースはただ静かに佇んでいるが、その間も身を守るために張られた【闇の衣】は健在だ。引けばリースの命が危なく、策もなく飛び込めばこちらの命が危ない。全く、嫌な戦いだ。
「……どうする?」
考えたところで、根本的な戦力不足や実力の不足が今この場で解決する訳ではない。今欲しいのはリースを助け出してこの場から逃げるという結果だ。
攻め手を考えていると、リースの上体がぐらりと揺れた。拙い、相当魔力のために心身を犠牲にしているみたいだ。
「リース! しっかりしろ!」
「…………で」
リースの小さな唇が不明瞭な言葉を紡ぐ。どうも術詠唱ではないらしいが、俺の声に反応したように、空中に幾つも黒い浮遊物が現われる。また闇飛沫か。生半可な術者の攻撃と違って、リースの物は防御しても響く。
雨の如く降り注ぐ闇術を前に身を守ろうとした俺の前に、誰かが飛び込んで来た。薄いながらも強固な力で術を防ぐ光の壁。月の光を受けただけでも輝く金糸のような髪、雲なしの空のような澄んだ瞳。そして腰に携えられた忘れもしないその憎い聖剣。
「勝手かもしれないが、助太刀させてもらうぞ」
さっき眠らせて来た勇者が何故かそんなことをのたまいやがった。
次回:チート×チートVSチート




