第38話 勇者(仮)の挑戦
潜った城門の先は、思った以上に静かだった。てっきりもっと物々しい警備がされているかと思ったが、拍子抜けする程に人気も、魔力の気配もなかった――いや、それもそうか。俺たちのパーティーはたった2人。仮に俺がリース奪還と報復を企てていたとしても、勇者を含むパーティーがたった1人に敗北するとは思ってもいなかったんだろう。
『うーん……』
「どうしたんですか精霊さま」
『さっきの勇者のことが色々と気掛かりでねぇ……。確かにフォンは強いけど、光の精霊の寵愛を受けた勇者が傷すら付けることも出来ないほどの力量差が生じるなんて思っていなかったから、ちょっと、ね』
その違和感は俺もあった。途中で何か口走っていたし戦闘中の奴にしては何となく余裕がなく多弁だったような気もする。
「まあ、もう二度と会うこともないと思うのでいいですよ」
『……そうね』
最大の敵であった【勇者】は除いた。残る障害はおそらく処刑場の警備をしていると思しい『教会の槍』だろうが、まあ数分もあれば100人くらい今の俺なら非殺傷で全員眠りに叩き落すことが出来るだろう。
「……それにしても警備がざる過ぎやしないか?」
人目は一応避けているつもりだが、そもそも魔力の動体反応すら感知出来ない。処刑場のある広場は都市の中心部にあるが、外苑から街中に至るまで侵入者を警戒するような魔力の揺らぎすら感じない。
『別にざるならそれで助かるからいいんじゃないの?』
「そら確かにそうですけど……」
それが俺にとって追い風だろうと思っても、胸騒ぎはする。
こちらの読みが外れている? 勇者たちは囮だった? 仮にそうだとして教会側がリースを連れ去る必要があるか? そもそも戦意高揚のためのこの闇の眷属の公開処刑は年中行事としてこの街の広場で行われると聴いている。その行事間近で空気が弛緩した見回りの1つすら気配を感じないのは、おそらく普通ではない。
「影外殻」
移動から全力で魔力を消耗するのは望むところではないが、見つかりやすくなる代償に防御力も得られるならまあこの局面では悪くないか。
一跳びで軒を連ねる民家の屋根に飛び乗り、周囲を睥睨してみるが、やはり人影も魔力の気配もない――いや、索敵範囲外だけど何かいるな。大きさで言えば勇者以上か。
「……何かいますね。もう少し寄ってみます」
屋根の上から通りに降りて、影を纏った脚で駆け出す。これを民家の上でやれば強靭な脚力で板葺きの屋根を踏み抜くという笑い話のような結末が待っているかもしれないからな。
仮に『教会の槍』がいようと影すら踏めない速さで街を駆けて行くと、段々とぼんやりと強大に感じていた魔力の輪郭がはっきりしてきた。強大な魔力のせいで埋もれて俺が知覚出来なかったが、確かに光属性の魔力も感じる。だが、それらと相対しているように思えるこの魔力は何だ?
「精霊さま、これって……」
『……多分貴方の考えている通りね』
俺たちにとって慣れ親しんだ魔力が弾けたように広がり、疎らにその何かを囲っていたような光の術者の魔力が消失したように感じる。
「リース……?」
だが似ているようであって、いつものリースの魔力と何かが違う。量? 密度? いや、精霊さまの声を聴いた時から俺の闇の魔力も大きく上がっているが、それとも違う。
「精霊さま、これは何ですか……? 俺の使っている魔法と、似てるけど何か違います」
俺の使う術の感じと比べても、黒く全てを塗り潰し、否定していくような在り方の術。なんだこれは?
『目の前にある影や闇だけではなく、私たちは己が魂も武器に出来る。もっとも、光の精霊のような慈愛や正義ではなく、その対照にある鬱屈とした在り方の魂ばかりだけど』
「それは……。よく知ってます」
10年前、魔王に魂を喰われた俺がこうして生きているのも、勇者たちを全員眠りに沈められたのも、奪われたことに対する憤怒と望めど手に入らない物に対する羨望といった屈曲した感情で魂まで染まっていたからだ。ならばリースの魔力を染め上げているこの黒い感情は何だ?
『……駄目ね。心結びが出来る深度には至っているのに、完全に拒絶されて跳ね除けられちゃう。精霊相手に完全拒絶するなんて相当な状態ね』
「そんなにですか?」
『私が入れないとしたら他の魔力が体に充ちている時か、辺り一面が私の入る余地すらない程に光に埋められている時くらいなのに……』
精霊さまの術理は俺には到底理解出来ないが、リースが相当危ない状態に立っていることは分かった。ならばもう迷いはしない。不意打ちを仕掛けてきそうな『教会の槍』もいないことが分かった以上、闇潜でリースの魔力目掛けて飛び込む。
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一瞬水に飛び込むようにヒヤリとした感触と共に世界から切り離され、視界が開ける。空中に飛び出したおかげで今の状況を俯瞰から見られたが、これは一体どういう状況だ?
おそらく処刑台だっただろう物は爆薬でも仕込まれたかのように八方に吹き飛び、ギロチンの刃は無残に折れ転がっていた。周囲の建造物も円柱状の何かで抉り取られたかのように損壊し、一部は天井が崩落していた。
「来たぞ、リース!」
眼下に見える小さな黒い影、外見からも魔力からもリースに間違いないが、彼女はこちらを一瞥することすらしない。ただ残り3名程しか動いていない『教会の槍』の面々に正対し、何かを呟いていた。
『おそらく声が届く状態じゃないわ。とにかく近付いて、一回眠らせなさい。このペースで魔力を放出し続けていたらいずれ干からびて死ぬわ』
「眠らせる――リース相手に、ですか……」
リースと俺では、術者としての格差が違う。少なくとも俺はそう思っている。完全な術者であるリースと、術だけでは戦えないから剣や槍を取った俺。その差は歴然としている。
『貴方ならやれる――いや、貴方にしか出来ないわ』
そう促され、決心が固まる。事実もうこの場にいる彼女に比肩しうる人間は俺だけだろう。
リースは今持っていた触媒を全て奪われた以上無手なのは間違いないが、周辺の建造物の崩落を見ると、明らかに物理的に干渉する能力が働いている。影と魔力だけで物理的な干渉能力を持たせるのははっきり言ってパフォーマンスが悪いが、一体何をしたんだ?
疑問は絶えない。でも、やるしかないな。
「今行くから、待ってろ」
大地に身体を引かれながらそう呟く。影外殻は既に最高出力で掛かっている。普通なら着地の衝撃でぺちゃんこになるような高さでも、今の俺の術は耐えられる。
背から槍を抜き出し、左足を踏み出して構える。もうリースに正対していた『教会の槍』の面々は全員昏倒しているし、魔力で読める範囲にはもう誰も動体も術を使えるほどに魔力を励起させた者もいない。俺以外には。
「とりあえず、一撃入れないことにはどうにもならないか」
『そうね。あの子のことだから普通に『褥の帳』を張ったところで落とせはしないでしょうね。どうしても一撃は必要ね』
この位置からリースのところまでは遠いが、これだけ術が強ければ息を吐く間よりは早く到達出来るだろう。リースが近接戦闘を苦手としているのは俺も知っている。これしかないだろ。
体勢を低く構え全身に力を溜めて、弾かれたように飛び出す。だが、その早く直線的な一手をリースは完全に読んでいたかのように、周囲に術を展開して迎撃してきた。
「なんだコレ! 闇飛沫か? 密度が濃すぎるだろ!」
槍の間合いよりも遠くで発動された遠隔魔法が全身を外殻で覆った俺を殴りつけて来る。さっきのデーモン崩れの闇飛沫とはレベルが違う弾幕そのものの密度と、術一発あたりの重さに、前に出る足が完全に止められた。
『とにかく一旦距離を取りなさい!』
「はい!」
一撃ごとに鎧の上からハンマーで殴られるような衝撃に、流石に突っ切ることも出来ず斜め左後方に下がるが、その後退すら読まれていたかのように、着地点に術が飛んでくる。これは、俺も見たことがな——
次回:あっ




