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第37話 最後の1人

 苦戦はしたが、これで勇者を含めて3人。確かに全員揃って眠りに落とすことが出来た。さて、後の問題は――


「大丈夫です。分かっています」

『あらそう。相手も結構やり手だと思ったんだけどなあ』


 辺りに微かに漂う魔力の残滓。確かに巧く隠匿出来てはいるが、それでも本気を出したリースほどではない。探知すれば容易に拾い上げられる程度には魔力の抑制が甘い――まあその手の奴は一部の特異な例を除けば大抵隠匿の必要すらない強大な魔力を持っている場合がほとんどだが。

 微かに開かれた城門の影から、何者かが出てくる。細身の身体に纏った丈の長い暗赤色のローブに同色の山高帽。剣を帯びているようではないし、クージスがリースを追い出した後に引き入れた代わりの術者か。


「いやあ、まさか勇者のパーティーを相手取って無傷とは、まさかこちらもこれほどの逸材とは思いませんでしたよ」


 低いとも高いともつかない声。そして魔力の隠蔽を諦めたか、放たれた巨大な魔力に反応して奴の周りを黒雲のような影が踊り出す。……闇の精霊の加護か? 少なくとも、ヒトではないらしいな。


「魔族か……」


 ヒトの中にもこいつくらいの魔力を持つ存在がいない訳ではない。事実リースならこの倍ほどの規模の魔力の余波が起こる。だが、微かに山高帽の下から覗く奴の瞳の色は紅い。ヒトであればこの規模の闇の魔力を開放すれば、今の俺や普段のリースのように光彩などの体質の変化を誤魔化せなくなるはずなのにだ。


「貴方も手に入ればよかったのに、案外勇者というのも情けないものですね」

「安心しろ、多分お前もその“情けない”の分類に入るだろうから――な!」


 言葉で挑発を掛けながら、影外殻で強化した脚力を以て一息に駆ける。奴も影を身体に纏わせこちらの槍穂を避けようとするが、遅い!


「危ないじゃないか!」


 槍で頭を打ち抜いたつもりだったが、思いっ切り身体を振って回避されたか。貫けたのは帽子だけだった。そしてついさっきまで山高帽子に覆われていた頭部のそこには小さくも螺子くれた角――やっぱり魔族。それもデーモン族だな。

 鮮血のような紅い瞳にアッシュグレイの髪。パッと一見した印象だけなら紅顔の美少年と言ってもいい佇まいだが、その角が明らかに、こいつが人外であることを物語っていた。


「影甲殻(シャドウエンチャント)。これならどうでしょう」


 影を束ねて自らの外殻とする術を見せびらかせてくるが、こいつは俺に何を見せたいんだろうか? 既に影外殻で身体強化を掛けている俺が、その術の存在を知らないとでも思ったのか?


「これで、仕舞いです!」


 そう一喝し、外殻を纏わせた腕で心臓目掛けて抜き手を仕掛けてきたが、今の俺ならある程度余裕をもって対処出来る。影外殻で補助された筋力を以て抜き手を弾き、槍穂の刃で、交錯の際にその右腕を切り飛ばした――


「……いや、やってねえな」


 ――一撃入ったように見えたが、やれたような手応えがなかった。

 この間襲われた際、クージスを切ったと思った時のそれに似ている。確かに何かを切ってはいるが、固体を叩き切った感じがない。


「影囮(シャドーデコイ)か」

「ご明察! そしてこれで終わりです。ヒトの精神は脆い。故に闇を恐れ光に縋る。さあ貴方も眠りなさい! その力、私が役立てて差し上げましょう――闇飛沫(ダークスプレッド)!」


 奴の魔力に応えて闇の中に幾つか黒い塊が浮遊し、俺目掛けて降りかかって来る。本来被弾した者の気力と体力を削ぎ落し意識を落とす術だが、何の痛痒も感じない。影外殻の表面で哀れに弾かれ霧散するだけだ。


「……俺に、効くとでも思ったか?」


 今の俺の影外殻は奴の放った闇飛沫を一分として通しはしない。練り上げられている魔力の密度も、量も、比較にすらならない。真っ直ぐに飛沫の弾幕を突っ切り、槍穂を喉目掛け突き出す。


「ひっ!」


 悲鳴を上げて逃げられるが、只人なら一撃で仕留められただろうその突きを回避出来るあたりは流石に魔族か。タイムリミットもある。あまり時間を掛けている猶予はない。

 槍穂を奴に向け構え直し、影外殻を脚に掛け直す。周囲に感知できる魔力の反応はこいつが最後だ。デーモン族の外皮を裂き頭と心臓を潰すには、影潜で背後を狙うより、身体強化の正面圧しが有効だろう。精霊さまも言葉はないが首肯した気がする。


「行くぞ」


 気合と共に、影の密度が更に増す。周囲の景色が霞むほどに速く、槍が奴を捉えられる間合いに侵入出来た。これで――!


「影囮(シャドーデコイ)!」


 苦し紛れにも思えるタイミングで奴が術を放った瞬間、目の前がほぼ真っ暗になった。咄嗟に槍で囮にされた人型を切り裂いても、2体3体と視界を閉ざすように飛び込んできて前に出られない! 鬱陶しいな!


「チッ! 目くらましかよ!」


 3体目を突き刺し地面に縫い付けながら魔力探知してみると、常人よりは大きな魔力が索敵範囲ギリギリまで遠ざかっているのが分かった。脚力は影外殻込みのこちらの方が上だろうが、追うのは時間が勿体ないな。


「逃げられたな。まあいいか」


 この距離、今の脚力なら追えないこともないが、俺の目的はあんな奴をどうこうすることではない。リースだ。リースを取り戻しに来ただけだ。


 勇者のパーティーはこれで全滅させた。誰も死んではいないが、とりあえずクージス以外がこの夜の内に起き上がって来ることは無いだろう。【勇者】に関しては加護で抵抗して起き上がって来る可能性も考慮したが、まあいいか。後はリースを奪い返して、夜が明けない内にヒトの世界とおさらばするだけだ。

 アミュレットと風の箒を3人の装備から奪い返し、マントの裏に仕舞いこむ。対魔のケープもリースのために奪い返したかったが、引っぺがそうとしたらウィルが下に下着しか着けていなかったので諦めることにした。……リースにはちゃんと謝って、後で可愛い服の一着でも買おう。


次回:最終決戦開始

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