第36話 イレギュラーズ
打ち合わせ、視線が噛みあう一瞬、妙な違和感があった。妙な粘り気を感じるクージスの視線、術併用下とはいえ、クージスの一撃はここまで軽いか?
『勇者クージスでしたっけ。どうにも彼の光の加護は劣化する一方みたいですね。以前リースを襲った時よりも更に加護がくすんでいます』
「加護がくすむ?」
『光の精霊と【心結び】をしたとは思えないほど、光の加護が活きていない』
夜だとか光の無い洞窟だとか、そんなものにも屈することがない魂の輝きがあるからこその勇者――という風に言われているが、精霊さまに言わせればその輝きがくすんでいるということか?
『そんなところね。その代わりに妙な魔力を感じるわ。慎重を期すに越したことは無いでしょう』
「了解です」
確かに精霊さまの言う通り、かつてのクージスにあった夜の中ですら燦然と光輝くようなオーラはない。夜闇のせいかと思ったが、どうやらそれだけが原因ではないらしい。
「お前も物好きだな。折角逃がしてもらったんだから、あんな女のこと忘れて魔物でも狩って好きに生きればいいものを」
奪っておいた身でよくもいけしゃあしゃあとそんなことが言えたな。
「好きに生きた結果、やりたいことがコレだ。クージス、お前を倒して、リースは連れて帰らせてもらう」
目的はクリアに見えている。そして加護で闇に慣れた目が、遠方の空に影を1つ見つけた。それに近くに感じる広域に拡散する魔力はラフタの爺か。どうやら篝火の明かりを用いて闇払いの術を発動して俺の術を止める気か。
「国威掲揚のためにもやらせねえよ。ソーラライ王国と、教会の名誉にかけて」
そう口にしてクージスは剣を構え直した。長引くのは数に劣るこちらに取って分が悪い。
膠着状態に陥り掛けたこちらに飛び込んで来るのは、風術で自由に空を駆けるあれは風の箒――? だとしたらアレを使ってる術者は――
「……リース?」
――口に出した一瞬、精霊さまの否定より早く脳が否定した。いや、違う。肩を覆うケープと三角帽子、風の箒の存在で一瞬誤認したが、そもそもリースの胸部はあんなに豊かではない!
「あの陰気臭い貧乳魔法使いだと思った? 残念! ウィルちゃんでした! 火焔槍」
高速接近からのフードを取るや否や放たれた熱線を、影外殻で強化した脚力で以て強引に回避する。そう言えばこの子は炎と風の二重属性者だったっけ。手元にきらりと光る宝玉は炎のアミュレットか。
「……面倒なことになったな」
耐魔のケープ、それに5属性の神蔵のお守りと風の精霊からもらったと言われる箒。これらは間違いなくリースが身に着けていたものだ。それらがこの3人に渡っている。リースのお母さんから彼女に与えられた伝説にもなる代物は全てこいつらに暴力で奪われたということか。教会の思惑はともかく、奴らの狙いはやはりコレだったか。
見やればクージスの腰にも燐光を放つアミュレットがぶら下がっている。詳しくは知らないが、奴の属性からして雷のアミュレットだろう。
『分は悪いわね。相手には神蔵装具が7つ、しかも使い手は勇者とは』
「とはいえクージスの奴は3属複合、ウィルは風と火の2属複合、ラフタに至っては光単一属だったはずです。相手にする属性数は増えていない」
『聡明で何より。多分一番貴方が気にするべきは――』
「勇者の持ってる聖剣でしょうね」
この世に21ある神の宝物庫からこの世界のヒトと魔族が賜ったとされる形を持った奇跡。精霊の力を直接宿した力の媒介者たち。それが奴ら3人の手元に5つのアミュレット、風の箒、勇者の聖剣という形で7つも揃っているのだ。
それぞれが凡人を英雄にすると言われるだけの品で、持つ者が持てば1つ1つが都市1つを更地にすると言わしめるこの世の至宝だというのに、それが7つ。持つのは勇者。国1つ灰燼に帰しかねない過大戦力だな。元来、とても格落ち冒険者1人で立ち向かう相手ではない。
「何をボソボソ言ってるんだ? 詫びるならもっとはっきり詫びろよ、あの女みたいだな」
「お前に詫びなきゃならないようなことなんかないんでね。むしろ俺のリースを連れ去ってくれた代償を命で払わせてやりたいところだ」
「根暗共が……」
クージスが吐き捨てたが、それがどうした。そんなことはお互い知った上でお互いを選んだんだ。お前の感想なんて、要らない。
さて、次はどうする。ラフタの爺は既にこちらを補足出来、かつ俺が視認できないところに隠れている。ウィルも魔力の再練り上げのためか少し距離を離してきた。勇者に背を向ければ背後から切られ、勇者から片付けようとすれば遠距離砲撃と闇術の弱体化でジリ貧に陥らされるか。全く、嫌なパーティーだ。
『貧しいとか言わないの。それで、やること、分かっているでしょう?』
「勿論」
そう語りかけてくる精霊から授けられた術は、既に信じられないほど体に馴染んでいた。恐ろしいのは【心結び】の力か。闇払いの影響は確かに感じるが、問題ではない。
ラフタの術による闇術への抑圧など跳ね除け陰に潜り込み、背後から無防備な背中に槍の石突を叩き込む。後で人質として使うかもしれない以上、今殺す訳にはいかないか。
「ガッ!?」
「悪く思うな。闇術――暗夜の帳!」
夜闇が凝集し帳となって完全に死に体になったラフタの姿を隠す。禿げ頭の照り返しすら起こらない闇の中で、ラフタの力が抜け地面に崩れ落ちた。まず1人。
「そこ! 炎術――火焔槍!」
「闇術――影潜!」
俺が現れた地点を探知で素早く見つけ出したか。ウィルが詠唱飛ばしで熱線を放ってくるが、こちらも詠唱破棄の闇潜りで回避する。火種がただの灯でもこの術が使えていたウィルだが、精霊所縁の宝玉で発動する術は規模も火力も上がっている。現状ではたとえ水があったとしても受け止めることは困難だろう。
受け止めることは、な。
たとえ受けられないとしても、影に紛れ闇から討ってしまえば、どれだけ単純に術が強くても問題にはならない。上空に風術操作で浮いているウィルの背中を槍の太刀打ちで一撃殴打し、バランスを崩させる。魔力の流れが乱れて術は維持できないし、術抵抗も落ちる。もはや一節の詠唱すらなしに【暗夜の帳】を発動させ、覚めない眠りの中に叩き落した。これで2人。
「なんだよ今のチートくせえ術は……」
ウィルを肩に抱えて重力に轢かれるまま地面に降り立った俺のことを、クージスが奇妙な物でも見るかのような目で見ていた。ったくどの口でヒトのことをチート呼ばわりしてんだよ。
「チートくせえとかお前が言うか?」
少なくとも存在自体が世界の異物のお前にだけは言われたくねえよ、【勇者】。
さて、俺からしてみればここからが本番だ。今の一撃もクージスに魔力の流れを見切られて転移先に攻撃される事態になっていたら拙かった。
「やっぱり『教会の槍』を半分くらいはこっちに回しておくべきだったか……? いや、それでは意味がないか――どうやらアイツの言ってたことは正しいらしいな! 来いよ、フォン! 魔王との前哨戦だ。勇者として、お前のことを討伐してやるよ!」
「……別に俺はお前との決着なんざ望んでないけどな。ウィルちゃんの代わりにリースとリースの持ってた持ち物だけ返せば俺たちにしたことは我慢して水に流してやるけど」
『そんなこと言って通じる相手なら貴方たちはあんな目に逢ってないでしょうが。交渉は相手を見てしなさい』
俺も通じるとは思っていなかったが、精霊さまにヒトを見てしろと言われるのは少しショックだった。
「ウィルを人質にしようが無駄だ。俺たちは魔王を倒すために集まったパーティー。命を惜しんでお前に譲歩するメンバーはいねえ!」
「……そうかい」
なんか微妙に話が噛み合わない不快感を覚えるが、まあ無駄だろう人質を抱えて戦っても仕方ないか。ウィルを地面に寝かせて槍を構え直す。魔王を倒すために集まっていようが何だろうが、ヒト同士の争いで一歩の譲歩さえされないとはな。
これは本格的にリースを奪い返した後、早急にどこに住むか考えないといけないかもな。
「今の術、確かに凄いが目の前で2回も見れば術の概要は読めた。ウィルとラフタには効いたかもしれないが、俺には効かないぞ」
「知ってる。お前の実力も加護もスキルも、多分お前よりも詳しいよ」
勇者が選ばれる基準は基本的に光属性の加護――つまり魔法の属性に依存する。それにも拘らず勇者が揃って前衛で武器を振るうのは光属性の加護の象徴である『身体活性』がズバ抜けていて、ヒトを超えた肉体の強さを得られるからだ。だから勇者は人界の誰よりも強い。勇者を越えるものは勇者だけというのが世の不文律だ。
「確かに選ばれた勇者に比べれば俺なんて弱い者だったよ――でもお前は俺からリースを奪った。奪い返すまで俺は止まれない」
何より、止まる気がない。ただ魂の甘い疼きに従って、その想いで貫くだけだ。
「闇術――影外殻。これだけの魔力でやるのは初めてだな」
「大した魔力だな。デカいだけじゃなく濃密だ。魔王の使いなんかより遥かに闇に染まってるじゃねえか」
量・密度とも過去最高に高められた影の外骨格が、駆け出す脚を、槍を振るう腕や体幹を強化する。1合打ち合わせるが、大丈夫だ。やはり力負けしてはいないし、武器も悲鳴を上げていない。
「やるな……!」
クージスがニッと口角を引き上げ笑って見せるが、俺はお前の感想に興味はない。振り下ろし、突き、払い、矢継ぎ早の攻撃で崩しに掛かる。だがクージスとて伊達に勇者なんてやっているわけではないか。術の強化も得てスタミナの続く限り力と技術で攻め立てる俺の槍を凄まじい身体能力で捌き、突き、払い、踏み込んで来る。
「影外殻、もっと来い!」
だが、それがどうした。振るわれた横薙ぎの一太刀を鼻先の寸で回避し、更に一歩、神速の勢いで攻撃を捻じ込む。突き出した槍穂を払われはしたが、蹴りの一撃を浴びせることは出来た。とはいえ、強化した脚力でも、鎧の上からでは効き目が薄いか。
「何故俺が押されている!? 俺は勇者だぞ!?」
「ああ、そうだな。お前は強い! それでも、ここだけは譲れねえ!」
飛び込みつつ足を刈る下段薙ぎは跳躍で避けられたが、跳んでしまえば空中では向きを変えられまい。だが、振り上げた槍の太刀打ちを奴は空いた左手で握りつつ、突きを敢行してくる。身を翻して回避しつつ中段を薙ぎに行った一撃は、今回はこちらが止められた。流石に一筋縄ではいかない相手だ。
距離が短ければ取り回しに勝る剣を持つ奴が有利か――ならばこそ、奴は俺が離れると思うだろう。流石にこのタイミングで思考を浚う術は制御出来ないから使わないが、考える間すらなくそう思った。踏み込んだ一瞬、定石ではありえない槍を持った戦士による敢えてのインレンジ選択に、意図を理解出来ていないクージスの視線が刺さった。
「はっ!?」
思わず口を突いたであろうその言葉に武力で応えるように、その頬に思いっ切り右拳を叩き付ける。
逃げに回ったら崩されるだろうと判断したからこその、攻めの一手だったが流石に相手は勇者だけある。交錯の瞬間に左腕にうっすら傷が入った。影外殻も相当強く張っていたが、流石に勇者の聖剣の一撃は不完全な形でもそれなり以上には痛かったか。だが、それだけだ。
「これで――!」
更に踏み込み突き出した槍穂が、クージスの左肩を捉える。鎧に遮られ穿つことは出来なかったが、影外殻で補助した膂力を加えた一撃は完全にクージスの出足を挫いた。抵抗させる間すら持たず太刀打ちの振り下ろしが聖剣を握る右手を打ち、その手から剣を捥ぎ取る。
剣を取り戻させる間もなく一撃――完璧な形で入った横薙ぎがクージスを吹っ飛ばし、地面に這いつくばわせた。
「クソがぁ……」
『しぶといわね。流石光の精霊の忠実な従者といったところかしらね』
並みの人間なら着込んだだけで動けなくなるような鎧の防御力では、如何に筋力を補助し、優秀な武器を使っても、吹っ飛ばすことは出来ても切り捨てることは出来なかったか。今の一撃で決めるところまで行ければよかったんだがな……。
剣を奪われたクージスが腰から何かを取り出し呟くと、手元に紫電が迸り出した。
「チッ、これが出てくるか」
青い目を似合わないほどに充血させこっちを威嚇してくるクージスの手には、叩き落とされた剣の代わりに今や黄金の光を放つ雷の槍があった。
「雷術――雷投槍だ! 消し飛べや紛い物がぁぁぁああああ!」
リースから奪った雷のアミュレット――雷属性の宝玉が放つ小さな放電を触媒に形成した雷の槍は、当たれば落雷の直撃と同じように全身の血管が、内臓が、筋肉が焼け爛れ、被弾者の5割は即死、残る4割以上もじきに死ぬという物だ。対策の無いヒトに限れば致死率10割だろう。
『術で身を固めても、アレに耐えられるかは五分五分ってところかしら。アレは食らうわけにはいかないわよ?』
「分かってます」
属性加護による心身強化は法則性があるが、光属は『活性』による万能の身体強化が与えられる反面、闇属は『精神攻撃耐性』であり、物理的な攻撃に対しては魔力を用いて影を媒介に防ぐしかないというのが実情だ。ましてや本来影で防ぎ得ない雷撃など受け止める手段はない。
今は相当闇術が強化されているが、それでも精霊さまの見立て通りいいとこ五分五分か。
「喰らわなければいいだけだ」
影潜りも考えたが、仮に偽投された場合には影潜りの出口を直撃されるリスクが高いだろう。奴はここまで2回俺の術を見ている。その上で、無策でこんな隙の大きな術を使うようなことでは勇者廃業だろう。俺の見せた術に対する対策を考えてこれを選んだと考えるのが妥当だろう。
「これで――終わりだぁぁぁあああ!」
クージスの一投を水すら切らした俺の術では“受け止める手段”が乏しい。回避も容易ならざる速度だが、何故か巧く行く確信があった。
一旦影外殻を解除し、魔力を新たに練り直す。雷属性の魔力を練り上げ、投げられた雷の槍にそっと手をかざす。雷が散り、衝撃と共に目の前に視界を白く塗り潰すような閃光が迸った。
「やったか!」
濛々と立ち込める砂塵でこちらが視認出来ていないようだが、そう言って本当にやっていたケースがあったか、クージス?
「いてて……。もう少し距離を離すべきだったか」
直撃こそ受けなかったが、静電気で髪の毛がぼっさぼさになるくらいには雷術の影響は受けたか。だがそれだけだ。感電もしていない。全身にしっかりと力が入る。
「何で……。何で生きてる……?」
「お前らからリースを取り戻すまで死ぬわけにはいかないからな」
「そんなのは理由になってねえだろうが! お前、本当に魔王になったっていうのか?」
未だかつて見たことのないクージスの狼狽。そして、俺は魔王になんてなった覚えはない。一体何の話をしているんだ?
いずれにせよ、完全にトドメにしようとしていたらしい一撃が不発に終わって、明らかにクージスの顔色が変わったのが分かった。俺の魔力の練り上げに気付いて慌てて再度魔力を練り直すが、もう遅い。たとえ活性の脚力で逃げようと今の俺なら逃がしはしない――!
影外殻で強化した足の一駆けでクージスの眼前まで迫り、槍で腹を鎧ごと打ち抜いて地面に縫い留める。多少手荒だが、【勇者】のスキルを持つ者ならそうそう死にはするまい。
「ゴフッ!?」
「お前には後から訊きたいことがある。しばらく眠っててくれ――褥の帳!」
詠唱と共に槍から生じた黒雲の中で、クージスが眠りに落ちるのが分かった。手応えは間違いないし、魔力の反応が急激に乏しくなった。
かつてリースに教わっただけの闇術だったが、今は神託の勇者でさえ案外簡単に眠り落とすことが出来た。腹部への一撃で術抵抗力が落ちていたせいか、或いは精霊様がすぐ傍にいるからだろうか? いずれにせよリースの言葉を信用するなら半日は目が覚めないだろう。
『最後のアレ、巧くやったわね。遠隔魔法の術者は今の世の中あまりいないけど、その中でも最後のアレは驚嘆に値するだけの技術だったわ』
精霊さまはそう言ってくれるが、やったことは特別変わったことではない。単なる遠隔魔法だ。雷の槍が飛んでくる場所に高濃度の雷属性の魔力を練り上げ、術がその領域を侵入した瞬間に高濃度の魔力で術を形作っている魔力を乱して霧散させる。ただそれだけだ。
術を放つより魔力的なロスは大きいし、術の規模によっては回避も出来ずに直撃を受けるような賭けには変わりなかったが、結果オーライだ。ここはかつてのパーティーメンバーのメンタルを見習うことにした。
続きます




