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第35話 誰のための勇者

 膝や足首に感じる衝撃と重量感で、現実感が戻って来る。遠景に見えていた景色の中に、俺は1人で佇んでいた。


「……ここは、ソーラライの都市城壁前?」

『その通り。うふふ、闇潜りは闇と陰を行き来する術。おめでとう、貴方はもう人界の勇者でさえ持っていない力を手にしたわ。コレ、使いこなせる子はだいまおーちゃん以来だね』


 精霊さまがさらりとそんなことを言ってくれるが、これは俺が聴いて大丈夫なことだったんだろうか? 俺が大魔王依頼ってことは、この十数年の間に世代交代した魔王達はこの術を使えないってことだが……。


『ただしまだまだ要修行ね。もっと巧く使いこなせるようになれば、闇の中に於いてあらゆる物理的な干渉を受けることすらなくなるわ。目標はだいまおーちゃんくらいね』

「出来る限り精進します」


 そうは言ったが、俺は本物の大魔王を知らないんだけどな。契約魔法とその魅力で俺の人生全てを拘束したちっこい大魔王さまなら身近にいたけどさ。


『……あ、そうだ! 折角私の声が聴こえる戦士が現れたんだから、貴方が今から闇の勇者ね。フォン。私の声が聞こえない6魔王の小僧共に代わって、光の精霊の選んだ勇者を殲滅しなさい! 勇者狩りよ!』


 精霊さまも言うことが唐突だな。

 でも、俺も勇者名乗っていいんですか、やったー……。嬉しくて白目剥きそうだ。どうせ今やろうとしていることを完遂したら人の世界にいられなくなるのに、勇者の肩書とかもはや意味ないんだけどなあ。つーか、その命令って……。


「精霊さま同士の確執バリバリじゃないですか……」

『全部あのおっぱい自慢が悪いの! あのおっぱいの眷属狩りよ!』

「俺には精霊さまの姿は見えないですけど、そういうことなんですね……」


 ……幾ら闇に目を凝らしてみても、やっぱり俺には精霊さまの姿は見えないが、どうやら闇の精霊さまは貧乳らしい。リースもぺったんこだったし、闇の精霊さまの眷属になるとみんなぺったんこなんだろうか? 説の補強として光の精霊の加護を受けているルドの胸部は豊満だったし。

 つーか勇者の殲滅なんてその件の大魔王がやればいいじゃないか。俺はリースを奪ったアイツ以外に興味もないんだが。


「リースが賛同するようなら考えておきます。多分やりたがらないと思いますけど」

『しょぼん……』


 確かに俺は精霊さまの姿は目視出来ないが、だからと言って落ち込んでいることを声で伝えてくるか。意外と精霊さまのコミュニケーション能力って斬新だな。


『……私にはもう貴方くらいしか頼れないのに。だいまおーちゃん、7勇者とその仲間たちに袋叩きにされて死んではいないけど封印されちゃったし……』


 そう言えばそんな話聴いたな。10年前の魔王たちと勇者たちの戦いが収束した起点は大魔王が討たれたことだったとか聴いたが、封印だったのか。ま、いいか。そんなこと。


『それで、どうするの? 今私専用勇者になって、光の勇者を狩る任を負うなら、契約特典として私の槍も貸すわ!』


 もう精霊さまではなくどこかの商人のノリだな。勇者たちが血眼で探した挙句、リースを殺してまで奪おうとした精霊の至宝をこんな簡単に賜れていいのか?


『いーのいーの。炎の精霊が同じことやったら神の爺から鉄拳制裁入るかもしれないけど、私の場合だいまおーちゃん封印されちゃったからもうフォンくらいしか使う子いないし……ぐすん』


 ……話がどこに飛んでも痛いところに刺さる闇の精霊さまは全身が急所なんだろうか。とはいえ利害は一致している――ように思える。俺はクージスを討ちたいし、精霊さまは神託を受けた光の勇者を討伐して欲しい。そして特記事項として、今俺は闇の精霊さまの加護が強すぎて、ヒトに紛れて買い物をすることすら出来なかったせいで、丸腰だ。

 選択肢はあってないようなものか。


「……受けます、その任を」

『契約成立ね。受け取りなさい』


 その言葉と共に、前方の地面に虚空から落ちて来た槍が刺さった。飾り気のない姿ながらも、闇の中でぼんやりと闇色の光を放っているようにすら錯覚する存在感。穂先が両刃になっているこの形は所謂パルチザンか? クージスの持っていた『聖剣』と同じように、人の世界の金属ではないのは一目で理解出来た。


「これは……」

『聖剣みたいな立派な銘はないわ。闇の槍とでも呼んでちょうだい』

「魔槍とかではないんですね」

『私にしてみれば、自分の武器に聖とか邪とか魔とか付ける奴の気がしれないわ。私たちが保有する強い力を秘めた逸品とは言え、武器は武器。聖も魔も、持つ者の心に依る。貴方が見た光の精霊の剣は、言うほど神聖な物に見えた?』


 精霊さまに誘導され地面に這い蹲るリースの背に刺された『聖剣』を思い出してみる。確かにあんなもの、ただの人切り包丁と変わらないな。光線が出たり傷を癒したり出来る訳でもない、ただ固くてよく切れるだけの剣だ。


『多少持ち主を選ぶことはあるけど、所詮武器は武器。貴方も、それだけは自覚しなさい』

「心得ておきます」

『よろしい――とりあえずお喋りはここまでのようね』

「そのようですね」


 精霊さまの言葉と共に、俺も頭を切り替える。巨大な魔力の反応が探知に引っ掛かった。規模と属性からして勇者だろう。随伴するように3つ、やり手の術者だろう反応もある。

どうやら気付かれているようだな。魔力抑える工夫もなしにかなり大規模な魔力を振り撒いて転移したし、仕方ないな。


『貴方の可能性、証明して見せなさい。あの子のために』


 精霊さまの声に応えるように、槍を手に取る。影外殻で全身を強化するが、いつもとは術の出力が桁違いに強力なのが自覚出来る。どうやら槍そのものが強力な触媒になっているみたいだな。流石は精霊さまの秘蔵の逸品だ。

 飛び込んで来た勇者の、圧倒的な膂力で脳天を叩き割りに来た一撃すら、今の俺は弾き、押し返すことが出来た。大丈夫だ。戦える。


次回:チートvsチート

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