第33話 ここから
今回は短めです
フッと催眠の術が切れたかのように視界が広がる。どうやら眠っていたらしい。暮色に染まるカーテン、何故か見覚えのある木目の天井、いつかもこんな風に天井を見上げていたっけ。
誰かが掛けてくれた掛物を除けようとしたら、背中から左腕に身が裂けそうな痛みが走った。
「気付きましたか? おはようございます」
声がする方に目をやると、見知った女性の顔があった。名前は知らないけど、ミトラギルドの職員の方だ。受付に立っていたり、報酬の受け渡しだったり、俺もミトラギルドを拠点に修行していた頃はかなりお世話になった人だ。だが、何で彼女? そもそもここはどこだ?
「おはようございます。ここは……?」
「ミトラギルドの医務室ですよ。……言いにくいことかもしれませんが、フォンさんは何で空から煙突に落ちて来たんですか?」
「え……?」
……えっと、何だ? そもそも何で俺はミトラに戻って来てるんだ?
確かミトラにはもうめぼしい敵も依頼もなくて、そこにリースが現れてノトスに行って、ようやく魔王の足取りが掴めるかもしれないってところで――
「大丈夫ですか? 職員の見立てでは頭に外傷はなかったとのことでしたが、結構な勢いで落ちてきましたし、記憶が……」
「……いや、大丈夫です」
「しかし今度は何をされたら煙突から飛び込んで来るんですか……。職員も他の冒険者さんたちもびっくりでしたよ」
「……仲間が攫われました――勇者と、そのパーティーに」
「え?」
大きく息を吸い、起ったことを時系列順に思い返していく。リースが刺され、最後の力で俺を勇者の前から術で離脱させた。かなりの長距離を身体の自由も利かずに飛ばされたが、最終的にはどうやらミトラギルドの煙突から緊急の依頼文さながらに投函されたらしい。
咄嗟になんかしらの術を発動して頭を守ることは出来たらしいが、背中はかなり痛い。
「その眼と髪は……」
「ああ……。黙っててすいません」
思い返すと勇者たちに対する憎悪が揺り戻ってくる。どうやらもう加護の適合を誤魔化せないほどに黒く染まっているらしい。
「……たまに、普通の人ではないのかなって思うことがありましたが、こういうことだったんですね」
「普通のヒトですよ。勇者のパーティーからは力不足で追い出されるくらいには。それで、どうします? 人狩でも呼びますか?」
武器は持っていないが、最悪荒事になることは覚悟しておこう。いつでも逃げ出すことが出来るよう、影外殻に回す魔力だけは練り上げておく。
シンと静まり返った部屋に、夕闇が迫って来る。身体は本調子に程遠いが、これだけ影が強く魔力も練ることが出来れば、人狩程度に遅れは取るまい。
「そんなことする訳ないじゃないですか。ギルドは所属する全ての冒険者たちの寄り合いであり、仲介所です。加護や信条、身上による差別はありません」
受付嬢さんはそう言って手を開いた両手を挙げた。
「それで、フォンさんはどうするんですか?」
「もう決まってます。ソーラライ王国に乗り込んで、仲間を取り返す」
「……本当に出来るんですか? 勇者さんたちの足手纏いでパーティーから外れたせいで『落伍者』なんて2つ名でしたのに」
「その名前はもう今日ここに置いていきます。では」
というかその名前もう忘れてくれないかな。或いは勇者を打倒すれば2つ名も変わるか? 変わったところでヒトの世界の爪弾きになるから何の意味もないけどさ。
医務室のドアを開けようとしたら、受付嬢さんから待つよう止められた。
「馬鹿正直に表から出て行ったら、それこそ賞金稼ぎや人狩を引き付けてしまいますよ。落ち着いてください。ここからなら人目を避けて裏通りに出られます。ら――フォンさんの無事を祈ってます」
受付嬢さんが開け放してくれた窓からは夕闇に沈んでいく街が見えた。もう間もなく、俺にとって一番力が発揮できる時間が来る。それと、次会うときには言い間違いすら出来ないような2つ名を手にしてやるよ。
「ありがとうございます」
感謝の言葉を述べギルドの裏庭に降り、影外殻を発動して駆け出す。
ここからまた始めるしかない。俺たちの冒険も、俺たちの生活も、全部取り戻すために、俺は走り出す。
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