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第32話 勇者

※ピンチ回です。他人によっては嫌いかもしれません


不快な場合はBB推奨です。

 普段内心どれだけ揺れていても表情にまで出すことは少ないリースにしては、この変化は重大だ。


「リース? どうかしたか?」

「…………」


 足を止めたリースの視線の先を追ってみると、あまり視界に入れたくない集団の姿があった。リースの足が竦んだ原因はアレか……。小さくリースの口が動いてはいるが、うまく言葉になっていない。


「あの制服は――」


 ジャラジャラと喧しい音を響かせるチェインメイルに山吹色のサーコート。天を突くように並べられた光る槍穂。多分リースが今この世界で8番目くらいに逢いたくないだろう集団がいた。


「――ソーラライ王国の教会お抱えの武装聖職者だな。しかしなんでこんなところに……?」

「早く行こう……。私、あの連中あんまり好きじゃない」


 吐き捨てるようにリースは言うが、俺だって好きではない。

 あいつ等は闇の精霊の加護を受けている存在であればヒトか否かの区別なく断頭台に送るスタンスを国家ぐるみで貫くソーラライの、『国家の敵』を貫くための槍。光の精霊を異様に崇拝する宗教国家ソーラライの武装聖職者、『教会の槍』だ。

 ソーラライの国内で俺やリースが見付かれば奴らの攻撃対象になるが、何故そんな連中がノトス王国の領土を闊歩しているんだ? 確かにノトスにおける在野の冒険者の戦力は手薄だが、ノトスの王が要請を出したとしてソーラライが虎の子の『教会の槍』を出してくるなんてあるか?


「リース、帽子しっかり被れ。やり過ごすぞ」


 リースにそっと耳打ちしてギルドから離れる進路を取る。うっかり攻撃の口実を与えるよりは、最悪この場から逃げてしまう方がいいか? 

 最近リースに習ったヒトの思考を浚う術を一団の誰かに掛けてみる。これは軽率か? だが、こいつらのここにいる理由によっては、あらゆる手を使って逃げることを視野に入れる必要があるからまずは探りを入れたが、脳裏に響いて来るのは断片的で雑多過ぎる音の奔流だった。


『女ねえ――』

『見つけたら――』

『黒い髪――』

『精霊様に――』

『勇者のため――』

『あいつらか――』


 術の対象の選定が甘いか。数人の思考が混ざりあっているようにごちゃごちゃと音になっていない声が聞こえる。だがその雑踏の中のような言葉からでさえ、容易に読み取れる情報がある。これは不味いな。


「リース、走るぞ!」


 リースの手を引き駆け出す。リースの方も一団の中の誰かの思考を読んだらしい。異を唱えることなく俺に手を引かれるまま走り出す。

 術で姿を隠すことも考えたが、この陽光の中では使えない以上、脚力で逃げる他ない。


「影外殻! リース掴まれ!」


 剣は抜けなくなるが、リースを横抱きに抱えて走り出す。さっき思考を浚った時の感触からして、おそらく奴らの目的はリースだし、おそらく1人か2人、俺たちの存在に気付いている奴がいる。『教会の槍』に所属する光の術者100名以上を、陽光の中で相手にすることは――俺だけでは出来ない。触媒である水が足らないし、この晴れ渡る空模様では闇術が真価を発揮しない。

 リースが本気で戦う気になったら街ごと吹き飛ばして更に俺たちを追って来る相手が増える。完全に八方塞がりだな。


「……この感じ」


 逃げ出すその脚が速度を失う。目の端で見やると、下肢に纏っていた影が霧散していた。

体感的には魔力切れではない。何らかの介入で影外殻が掻き消された。影外殻が使えないとなると、リースを抱えて走って逃げるのは無理だな。そしてあの集団からは未だ魔力の反応はない。

 どうやら、リースの恐れていたことが現実になっちまったみたいだな。


「チッ……!」


 思わず舌打ちが出る。身に纏った影さえ散らすこの術を俺は知っている。『教会の槍』筆頭の光術者。あの禿(ラフタ)の闇払いだ。そして逃げ出そうとする俺たちを正面から抑え込むように巨大な魔力。これだけデカい反応だ。忘れもしない。こんなもの持ち得る存在は魔王と、もう1つ――


「まさか人目もある白昼堂々仕掛けてくるとは思わなかったぜ――クージス」


 ――勇者の持つ圧倒的な魔力の規模は、たとえ光を捻じ曲げ姿を隠したところで、力量のある術者に対しては胡麻化せない。俺の腰にしがみつくリースも虚空にいる何者かの動きを注意深く凝視している。……しがみつかれると背負った剣が抜けないんだけどな。


「なんだ、もう気付いたのか。折角ネタバレのために待機してたのに」

「そりゃあお前以外にソーラライの教会なんて動かせる奴なんて勇者にもそうはいないからな。魔力もデカいし、気付かない方が間抜けだ」


 術を解除したらしく光を捻じ曲げていた力場が霧散し、クージスが姿を現した。相変わらず腹立たしいほどの整った容貌、美しい立ち振る舞いだ。尊大な態度で、なおかつそれが似合ってしまう。やっぱりこいつのことは好きにはなれないな。


「相変わらずムカつくくらい冷静だな、フォン。もっとビビれよ」

「正体が分かってて、敵対する可能性があった奴が魔力荒げて出て来たところで、ビビるほどのことではないからな」


 普通人攫いや襲撃なんて夜分町が静まり返ってからやると思っていたが、国家権力と教会権力の後ろ盾があるような奴なら俺たちごとき白昼堂々襲撃しても国家や教会が彼らを正当化するわけか。本当に敵に回すと面倒くさい存在だな。勇者ってのは。


「フォン、そこを退け。お前と事を構えるつもりはない」

「お前の狙い次第だ。お前らが俺の仲間を狙うつもりならこちらもそれ相応の対応をさせてもらう」

「はあ……。これだから闇の精霊の加護を受けてる奴は面倒くせえんだよなあ。妙な仲間意識持ちやがって。……まあいいや。それならお前もそこの陰気な女と一緒に断頭台に送ってやるよ」


 素が出たか? いや、そもそもクージスってこんな事言うような奴だったか? なんかもっと品行方正で堅苦しい言葉遣いだった気がするが、俺がパーティーを追い出されてから何があった?

 とはいえ今はそんな益体のないことを考えている暇はない。向こうは【勇者】を筆頭に、以前の俺とも一線を画す術者が2人、加えて『教会の槍』の戦力100余名を従えての大所帯。さらに街中でこちらは大技が使えないが、向こうは教会と国王の名を出せば、そこまで建造物の破壊等に慎重になる必要はないという枷がある。


「リース、逃げるぞ」

「……フォン、私を置いて逃げて」

「駄目だ。逃げるぞ!」


 実際、どうやって逃げたらいいのか俺には分からない。光の精霊の加護による『身体活性』で強化された光の術者100人以上と勇者から闇払いの影響を受け強化すら出来なくなった脚力で逃げ切るのは不可能だ。ならば追手を全滅させるか? 勇者以外ならやれなくもないだろうが、やってどうする? これから先ずっと襲撃に怯え、剣を振り回す生涯を送るのか? 何が正しいか、俺には判断が付かない。それでも、確かなことがあるとするなら、今俺の背に掴まるコイツだけは俺が手離してはいけないということだけだ。


「お前も馬鹿だな。こんな女のために」

「お前にリースの価値を理解しろとは言わねえよ――リース、少し離れてろ」


 リースを遠ざけ、剣を抜き出す。俺の握る無骨なバスタードソードと、飛び掛かって来たクージスの抜き出した純白の細身の長剣がぶつかり合い、甲高い金属の衝突音と共に、ミシミシを嫌な音を立てた。

 クージスのそれは光の精霊がこの世界に下賜されたと言われる精霊由来の剣。対するこちらは確かに腕のいい職人の作品ではあるが、ただの剣。装備の格差は歴然としている。長期戦は俺の身体的にも、武器の強度的にも望めない。


「ウィル! やれ」


 クージスが虚空に剣を振り下ろした瞬間、遠景に小さな火が灯った。それは瞬く間に大きさを増していく。拙い、避けるのは無理か。咄嗟に懐から水入りのスピッツを2本投げ出して無詠唱で水竜の盾を使い、飛んできた熱線を受ける。


「あっつ! ウィルちゃんまた腕を上げたな……」


 だが、熱が水の盾すら貫いてジリジリと皮膚を焼いてくる。せめて短縮程度でも詠唱出来ればよかったが、流石に勇者の前の前でそんな悠長に魔力を練っている暇はない。それでも盾は蒸発したが、辛うじて身は守れた。

 勇者の妹――ウィルも明らかに1年前よりレベルアップしていることが分かる。手元を照らす程度でしかない小さな灯を、直撃すれば消し炭すら残らないだろう熱線まで引き上げるとは。確かに外見からも成長期ということは分かるが、元から強かったものが1年でこうもなるとは、これが選ばれた者の力か。

勇者をやり過ごしつつ可視範囲ギリギリからの長距離砲撃を捌く。果たしてそんなことが出来るか?


「やるねえ。お前も腕を上げたじゃねえか」

「そらどうも」


 確かに1年前の俺なら今の一撃で盾もろとも黒焦げになっていただろう。だが俺とてこの1年遊んでいたわけではない。相手が悪いことは悪いが、戦えない訳ではない。

 剣を構え直す。クージスに加えて『教会の槍』とウィルちゃんとラフタの爺が相手だ。仮に勇者を落とせたとしても、烏合の衆ではない。それでも単独での脅威度が最も高いのは勇者だ


「水滴矢(ドロップボルト)」


 スピッツから水を投げ出し、水の矢を飛ばす。だがそれはクージスの聖剣の前に軽々と弾かれ、消された。出の速さ、殺傷力と命中力に特化した術すら切り払うとは、相変わらずふざけた動体視力と剣捌きだな。だが――


「目くらましだろ、お前の手は読めてる!」


 ――クージスは完全に俺の次の手を読んでいた。術を囮に飛び込み、首狙いに振り上げた俺の一撃を叩き伏せにきた。せめて影外殻の補助さえあればもう少し差し込めたかもしれないが、現状勇者の前では相対的に動きが遅いことが仇になった。

 下段から振り上げた俺の剣に合わせるように振り下ろされた聖剣の一撃に、バスタードソードの刀身が水を散らすように砕ける。ならばその柄をクージスの顔に向かって投げつけつつ飛び退さる。咄嗟に剣で防がれたが、仕切り直す。


「フォン、剣が」

「まだ武器はある。それよりリース、来るぞ!」


 残った水を全て出し、魔力を通して1本の槍にする。ラフタの妨害で闇術の使えない今の俺では、剣の距離でクージスには勝てない。少しでもこの状況を打開出来る確率を上げるための、水術による防御を捨てた選択。放つより魔力の消費は重くなるが、そんなことを気にして対抗できる相手ではない。

 また遠方で魔力が弾けた。ウィルの術の2発目か。人1人完全に呑み込むだけの熱線にしてはサイクルが早い。やはり強くなっている。


「……大丈夫、やらせない」


 それでもウィルの遠遠距離から放ってくる苛烈な熱線の砲撃を、リースの血竜の盾が完全な形で防ぎ切った。俺の放った盾は蒸発したが、流石リースだな。

 立ち込める水蒸気が陽光を遮り闇払いの効果を弱らせるが、並行して2種の魔力を練り上げられるような器用さは俺にはない。闇術は諦め、水術で作り上げた槍を構え 濛々と視界を埋め尽くす水蒸気の中、魔力探知を頼りにクージスに肉薄出来た。


「これで、どうだ!」


 横薙ぎに振り払った槍の刃が、クージスの頭を切り飛ばした――いや、出来ていない? 魔力の反応が消えていない。なんだこれ? 

 状況が分かるよりも早く、見えない力に引き倒されるように地面に突っ伏した。今クージスから魔力の反応はなかった。水蒸気が晴れてもラフタの爺は闇払いを張ったままだし、ウィルは遠方に今も見える。なんだこれ?


「なんだ……。これ?」

「悪く思うなよ、フォン」


 そう言って俺の前に現れたクージスには傷1つない。何故だ? 今確かに奴の頭が宙を舞う瞬間を俺は見た。可能性があるなら『闇術――影囮(シャドーデコイ)』か、もしくは光を捻じ曲げ虚像を作る術か? いや、光を捻じ曲げる術では槍の刃は只すり抜けるだけだ。一体何をしやがった?

 考えようにも、良く分からない術で身体を地面に縫い留められ、じっくりと身を焼かれるような熱が背中や腕を這いまわる。


「どうだ? 光の術者100人からなる捕縛術を食らった感想は? 物理干渉出来ない光でさえ、大勢の術者の力を束ねれば魔王すら封じる鎖になる。前回と同じ轍は踏まねえよ」

「……数押しかよ。勇者の癖に、やり方が汚ねえな……!」

「相手が魔王以上の存在だ。綺麗も汚いもねえよ。お供のお前だって今の6魔王の一角くらいになら入るだけの奴だ。万全を期すのは当然だろ?」


 クージスがそんなことを言ってくるが、それは流石に過大評価だ。ギルドでA階級の半ば程度でしかない俺が魔王の1角を担えるようなら、世界は既にヒトが支配している。そんなことを言っても何の益体もないが。

 頭を振り絞って考えるが、武器もない、触媒も術もない今の俺に何が出来る……? 


「……フォン」

「リース、諦めんな。絶対何とかする」


 弱きに声を震わせるリースを一喝する。だが奴らの術の有効性は、リースすら抵抗の術なく地面に伏していることではっきりしていた。

 ジリジリと身を焼かれ、力場に囚われて魔力を練ろうにも霧散していくこの状況下では、リースなんて無力な女の子でしかない。まさかリースを封じるためにここまでしてくるか、勇者(クージス)。


「フォン、お前に別に恨みはないが、国家と教会に背いた罪でお前も処刑する」

「……やらせねえよ。絶対に」


 具体的な対抗策なんてもう何もない。剣も矢も槍も、全ての戦闘力を俺は喪失している。それでも、唯々諾々と従うわけには行かない。


「……だめ」


 身体を術で地面に抑え込まれながらも、リースが小さな全身で這いずって近付いて来る。光の術による緊縛は、おそらく俺以上に闇の加護が強いリースを苛んでいるのに。


「本当に見苦しい奴らだな。潔く逝けよ」


 クージスがそう吐き捨てる。ああ、どうせ俺たちは見苦しいよ。生きる指針も、その生き様も、とても美しくはない。それでも俺たちにとってはそれが全てだ。


「はあ、もうこれでいいか」


 面白くなさそうに呟き、クージスが俺を踏み越え、リースの傍に立った。手には聖剣――コイツまさか。


「一匹黙らせれば心も折れるだろ」


 ――俺の手を伸ばす先で、聖剣が、伏したリースの背に立っていた。

 ああ、明確な形で分かってしまう。今分かってしまった。クージスの言う通り、その姿を見せられただけで、心が折れた。リースを喪ってしまうのなら、その復讐を【勇者(クージス)】に向ける気力すらなく後を追うことを望むほどに。真っ黒に心が塗り潰される。


「その眼……。本性を現したな」

「らしいな」


 おそらく今俺はクージスがパッと見て分かるほど、リースと同じように眼も髪も漆黒に染まっているだろう。

 闇の精霊の加護が一段と強くなったせいか、緊縛の術の熱が更に上がったな。焔そのものに身を焦がされるような熱と激痛。だがそれが何だ。そんなもの魂ごと大事な物を引き裂かれたような喪失感に比べたら大した苦痛でもない。


「対魔王用に誂えた術式だ。どうだ、効くだろ? さて、お前もそろそろこいつの後を追ってもらうか」


 聖剣がラフタの闇払いで強化された日差しの中、陽光を受けて正義の執行を主張するように輝く。


「……それだけはさせない」

「リース!」


 息があったことに俺が驚くよりも早く、リースの手の中から緩やかな風が吹き出してくる。手にしているのは風の箒――風の精霊が下賜された至高の触媒だ。

 小さな口が詠唱しているのは風を用いて物を運ぶ術――


「風術――送物風(エアシューター)……」


 ――駄目だ。気付けたところで今の俺には抵抗する術がない。全身既に術に絡めとられ、吹き飛ばされるのを待つだけの身でしかない。地面に身体を縫い付けるような緊縛の術すら跳ね除け、身体がふわりと浮き上がる。


「リース! ふざけんな! 解除しろ!」


 この状況下でこの術を使うことの意図をくみ取れない俺ではない。だが、それが分かってしまうからこそ、リースには文句しか出てこない! これでは駄目だ。それが分かっても俺にはどうにも出来ない。手元にあるのは水すら使い切った空のスピッツだけ、とてもリースの術に抵抗しうる何かはない。


「……ばいばい」


 リースの唇が小さく動き、4つの音を紡ぎ出す。意味が分かる。分かりたくない。それを信じたくない。

 風は確実に勢いを増し、俺を押し上げようとしている。


「リースゥゥゥウウウ――!」


 全てが遠ざかっていく。リースも、ノトスの街も、どれだけ手を伸ばしても、声を荒げても、もう届かない。リースが最後に口にした4文字だけが、上空高く吹き飛ばされた俺の耳にいつまでも残っていた。


次回:5/13

奪われたらどうする? 奪い返しに行くだけだ。

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