第31話 『次』の旅立ち
ノトスギルドの酒場で別れの杯を交わし、パーティーは解散した。戻って来たリースと2人だけの静寂も、何故か妙に新鮮な気がした。2人だけのことを気にする時と、パーティーとして動くことはやっぱり違うな。1人とは違う。パーティーとも違う。リースと2人だけで指針を考えていくこの時間は嫌いではない――いや、好きだな。
デーモンの軍勢に冒険者を食われ過ぎて魔物の処理の手が足りないノトスのギルドには出立を遅らせられないかと打診されたが、生憎と大規模群れでもないゴブリンや大猪ごときに掛けられる時間はない。少なくともそんなものを相手にしても何の修行にもなり得ない。
「我が魔王の戦に馳せ参ずる前の、かぁ……」
「……勇者が魔王との直接対決に臨むなんて話、私は聴いてない」
結構最近までパーティーにいたリースがそう言うということは、戦う相手はクージスたちではないか。とはいえこの世界に勇者は7人いる。他の6人が何かしらの行動を起こした可能性は否定出来ない。
だが、それなら魔族の領地との境界にあるノトスに7勇者の誰も来ていないのは、正直おかしいと思うけどさ。果たして奴らは誰と戦うつもりなのか。
「だとしたら、何らかの理由で魔王がこちらの世界に戦争を仕掛けてくるってことか……? どうする、リース?」
実のところ俺の胸中はもう定まっているが、リースにも訊いておく。
術で既に俺の思考を浚っていたらしく、俺を見上げて少し咎めるような視線を飛ばし、リースはただ頷いた。
「……分かってる。フォン、無茶だけはしないでね」
リースは只俺の思考を肯定してくれたが、実のところ、今の俺たちに取れる選択肢は2つあった。
そもそも敵が魔王達であることが予測されるなら、ギルド経由で知り得た情報を国王に上奏し、国王の勅令の下で勇者を差し向ければそれで終わる話だ。勇者たちに付いて行くには力不足の俺を他所に、きっと7人の勇者の誰かが解決してしまうだろうが……。
実際にそれをせずに、ノトスを発ち、魔王との決戦に臨もうとしているのは偏に俺自身の我が侭のような物だ。俺が追って来た相手を、自分の手で斃したい。他にも理由はあるが、一番大きな理由はこれだ。
「無茶しなくて勝てる相手だったら無茶なんてしないさ」
無茶したところで俺と魔王でのサシでの戦いになれば生き残れることが出来る可能性は良いとこ1割。いや、もっと低いか。俺は奴の力の全容を知らないわけだしな。
リースがいるとは言え、敵は悪魔の王だ。レッサーデーモンやデモンプリーストの随伴は果たしてどれだけいるだろうか。加えてアークデーモンも出てくるかもしれない中では、必然的にリースに無理をしてでも周囲の敵を殲滅してもらいながら俺が魔王を討つ――アークデーモンとの戦いと同じ構図を作ることが不可欠だろう。必然的にその無茶を通す必要がある。
「……それ、無茶しますって宣言してるよね」
「そうだな」
「……仕方ないから、契約に基づき助けてあげる」
リースはそう言って首肯してくれたが、それが無茶という自覚はある。哀しいほどに、痛いほどに自覚はある。
実際俺の身体に刻まれた魔王との力の差は恐怖という形で残っている。ありったけの魔法も、剣も何も届かない隔絶した力量差を感じて10年、強くなったつもりでもどこまで追い縋ることが出来ているかなんてわかったものではない。それでもやらずにただ息をしているだけの生なら、俺は要らない。
「……無茶も少しは許すけど、命だけは譲れない。フォンの命は――フォンの全ては私の物。勝手に投げ出すことも、勝手に失うことも許さない。そんなことがあれば精霊様の下に魂が届く前に楔の術でこの世界に繋ぎ止めるから」
「……リースだって同じだ。俺は離す気なんてないからな」
仮に王に上奏するのであれば、少なくとも俺の名義を出せばギルドの階級的に話は早いはずだ。もっともそれをした場合俺の居るところにリースがいることに気付かないクージスたちではないだろう。むざむざ手掛かりを与えてリース目当てに勇者に追われる可能性を考慮しても、王に上奏するという選択はない。
結果的に俺たちのこの判断が誤りで、ヒトの世界が悪魔の軍勢に蹂躙されたとしても、その時もうこの世界にいないだろう俺たちには何の関係もない話だ。多少の罪悪感くらいは残るかもしれないが。
「……手、握って」
リースに促されて、横に並んだ彼女の手を握る。剣を握る俺とは違う小さく柔らかな感触に少し戸惑っていると、リースの方から細く冷たい指をそっと絡ませて来た。……街中でやることじゃないな。数日前と比べて危機が去ったことで街中の活気も増している。人気がない訳じゃないんだからさ。
「……出立は夜まで待つ?」
「俺はどっちでもいいけど、リースがその方がいいならそうするか」
「そうしたい。とりあえず宿で休憩しよう。早めに」
もうすぐ新月だっけ。光の加護を受けている奴らには今のような雲一つない晴天で、太陽が南中している刻が最も強いが、俺やリースの本領は新月の夜や光すら届かない洞窟の中だ。どうせ明日以降も夜間行軍で昼間はどこかの日陰で隠れている生活だろうし、リースの言うことの方が正しいだろう。
「……久しぶりに2人でゆっくり星を見られそう」
「だな」
最後にのんびり星なんて見たのは何時だっけ。再開してからはずっと夜通し急いで移動しているか戦っているばかりだったし、本当にゆっくり出来るのは久しぶりかもしれない。
勝ち目が薄い戦いに臨む日が、日増しに近付いてきている以上、これから先心から落ち着くことが出来る夜がどれくらいあるだろうか。
「……フォンは死なない。私が死なせない」
リースが文句を言うように唇を尖らせてそう告げてくる。また思考を読まれたか。油断も隙もあったものじゃないな。
「……この旅が終わったら、ずっと一緒。剣も捨てて、戦いも忘れて穏やかに生きるの」
「そうだな。そんな風に――」
『なればいいな』
真っ黒に淀んだ魂が突き動かす魔王への復讐と、リースと穏やかに生きることを天秤に掛けても、復讐だけは止められないことは分かっている。何度か思い留まろうとし、剣・槍を捨てようとしたこともあったが、結局俺は精霊様に与えられたスキルすら活用することなくこうして剣を握っている。多分もう完遂することでしか生き方は変えられない。
「……またフォンがしょーもないことを考えてるのは分かってる。そんなことより今は早く宿に行く。太陽だっていつまでも上ってる訳じゃない。日が沈んだら出発」
「あ、ああ、そうだな」
リースに手を引かれ歩き出したが、歩き出すや否や、唐突にリースが足を止めたことで、繋がれていた指が解けてしまう。振り返った先でリースの表情が明らかに強張っているのが分かった。
※次回ピンチ回です




