第30話 別れの盃
仇討ちを果たし、ヒトの世界に帰ってきました。
決戦から3日後、俺たちはまた4人揃ってノトスのギルドに戻って来ることが出来た。最悪の場合、冷静さを欠いたリースの一撃で敵味方区別なく更地になる可能性もなくはなかったが、ひとまずこうしてみんな欠けることなく戻って来られたことは精霊様の導きに感謝するとしよう。
「皆さんお疲れさまでした」
「お疲れ様! フォンさんとリースちゃんのおかげでこの国は守られたよ!」
ノトスギルドの片隅でパーティー一党揃って円卓を囲み、ルドはめっきりご機嫌になっていた。……正直、光属性全開の輝くようなオーラで眩しいな。隣を見ればリースも凄く眩しそうに目をすがめていた。
溌剌とした笑顔のルドから敵意は感じないし、やっぱりいい子ではあるんだけど、俺たちとは属性が合わないんだな。たったこれだけのやり取りの中でさえ、そう実感してしまう。
「それで、2人はこれからどちらへ?」
ルドに急にそんなことを訊かれたが、この後のことについてあまり深くは考えていなかったな。とりあえずやらないといけないことはノトスの近辺を荒らしにうろつく魔物・魔族を狩っていくことと、勇者たちの動向を探るくらいか。
後は魔王たちの――特に悪魔王の動向を探らないといけないかもな。わざわざ10年越しに人間界まで侵出してきたくらいだし、何か俺たちも知らないところで事が起こり始めているのかもしれない。優先すべきはこちらかなあ。
「……私は決めてない。ただフォンに付いて行くだけ」
リースはただそう返した。実際リースがやらなきゃいけないことと言えば、全てが終わった後、俺やリースの帰るべき場所を見繕うくらいだしな。
俺とてそれあいずれやっていかないといけないことだが、まず差し迫った問題として、何から手を付けて行くべきかね。
「そういえば聞きそびれていましたけど、リースちゃんはフォンさんの何なんですか? 食客? 傭兵?」
「……」
なあルド、自分から訊ねておいて、人が真面目なこと考え始めていたのに目の前で大剣振り回すようにスッパリ断ち切るの止めてくれない? 思考の腰が折られるんだけど。
「……フォンにとって私が何なのかは分からない」
「それなら、リースちゃんにとってのフォンさんは?」
「……人生」
そして戦槌のような重いリースの発言に場が凍り付くのが分かった。
凄いな。魔力の反応もないのに時間が止まったように誰も声を上げねえ。いや、俺だって頭の中真っ白になって何も言えないんだけどさ。
「「「……」」」
俺からは何も言えない。決してそういう風に思ってくれていることを嬉しくないとかそういうことではないが、自己中心的でこれから自分のやりたいことだけやって、魔王と刺し違えることを望んでいる人間を人生と称してしまうのはリースにとっても悪影響ではないだろうか、いや確かにリースはそれを知っているはずだし、それでもいいと言ってくれたけど、それと俺がリースにはいい人見つけて生きていて欲しいと思うのは別問題であって、いややっぱりリースの隣に他の誰かがということに抵抗感がないわけではないけど、それとこれとは――
「……嘘偽りない、私の人生」
わざわざ言い直さなくてもみんな衝撃で固まってるよ! 果たしてこの空気をどうやって払拭しようか考えあぐねていたらルドが口を開いた。どうしよう既に嫌な予感がするぞ。
「もう2人は誓いの契約も交わしたの? 精霊様への誓いの言葉は?」
予想的中だが、ルドは俺とリースのそんなことを訊いてどうするつもりだ? 俺とリースの契約は本当に相互協力に関わる文言しかないし、仮にも貴族様の子女であるルドが憧れるような甘酸っぱい言葉はなかったぞ? まあそんなことをルドは知らないけど。
「……契約は交わした。精霊様への誓いはない。私とフォンの相互所有の契約」
「えー……。それじゃあぷろぽおずの言葉はないの?」
「……なかった訳じゃない」
「え? どっちから? フォンさんの方から?」
ルドに目を輝かせられても正直罪悪感を覚えるくらい、相互所有の契約魔法を結ぶ前には大したやり取りしてなかった気がするんだけどな、俺たち。
それに、俺としては言葉よりもリースの唇の柔らかさとかの方が先に脳裏に浮かんできて正直、ヤバイ。顔が紅くなる。だから止めろルド。
「教えてくださいお願いします!」
「……ん。私から言った『……私の全部をあげるから、私のものになって』って」
「「……」」
リースの言葉を聴いてルドとアルさんが揃って俯いてしまったが、そこまでインパクトのある言葉だったか? 世間の婚姻の儀に望むような人たちはもっと甘やかな言葉を交わしているって噂話程度に聴いたことがあるが。
「……ちなみに全部って?」
「お嬢様、人の繋がりに剣以て踏み込むような真似はお止めください。お父様に伝えますよ?」
「えー……。だってアルシアは気にならないの?」
「気になっても、他者のプライベートを下世話に暴き立てることを許すのは主の――ひいてはそのメイドの品位を損ないます。私の目がお嬢様を映している限り、お嬢様にそのような真似はさせませんよ」
アルさんの主人に対する陳言も明確だ。流石はスキルの為せる技と言ったところか。まあ今も興味津々で目を輝かせているルドがどの程度アルさんの陳言を真面目に聴いてくれるかも分からないが。
「……全部は全部。私の命も、力も全て。その代わり私もフォンの全てを持ってる。身も心も魂の一片に至るまで、全部」
「魂の一片は既に俺の物じゃなくなってるものもあるけどな」
「……探して奪い返すからいい」
探し出して奪い返す。それは即ち、俺を喰らったあの悪魔たちの王を討つということだ。……尖兵であり、厄介な指揮能力を持つアークデーモンは討った。討ちに行くとしたらやはり今を置いて他にないか。
「……さっきの答えだけど、俺とリースはこのままこの国を襲った奴らの頭――魔王を倒すために動く。だからノトスには留まれない。この土地の平和も、人々の平和もルドたちに託す」
色々と危なっかしい子だったが、その危ういほどに白い魂の輝きと、精霊から与えられた【聖騎士】のスキルは本物だった。きっとルドなら、この先もあらゆる災厄からこの国を、土地を、人々を守ってくれるだろう。
「では、やっぱりパーティーは解散なんですね」
「ああ。俺もリースもこんなだったからさ、ルドやアルさんたちと組めて良かったよ」
これは明確な決別の言葉。ルドもそれを察してくれたらしく、それ以上の追及はなかった。
言語化された返事の代わりに差し出されたのは、並々と酒を注がれた杯だった。
「ほら、精霊様への言葉。フォンさんからお願いします。序列に基づいて押し付けた感あったけど、一応リーダーやってもらったわけだし」
確かに気付いたら俺がリーダーのようなことしてたな。
ギルドから与えられた序列ではA級を格付けられた俺が一番上で、その次にB等級に位置付けられていたルド、聞けば今回の騒動が初クエストだった駆け出しのアルシアさんに、ギルド非加入のリースだった。
ルドが個人の武勇任せに行こうとするところがあったから、結果的に序列を盾に俺が手綱を握れたのは幸運だったかもしれないな。
「ルドはあの時パーティを組んでくれた奴がB級以下だった場合どうしてたんだろうな……」
「たらればの話なんてしても仕方ないよ! ボクは生きてる。みんなも生きてて、ノトスは救われた。その結果だけあれば十分だよ! そんな話より、今楽しみましょう!」
……なんつーか、凄いポジティブだな。
仮に途中でルドが玉砕覚悟でデーモンの中枢突破なんて試みて討ち死にした時には、数的不利の戦局を立て直すためにリースの広域殲滅術で敵陣を砦ごと破壊し、リースの巻き添えに耐えられうる俺以外全員殉職なんて道もあったかもしれないわけだ。
ま、確かにルドの言う通り全てはたらればだ。過程がどれだけ綿密でも死して屍拾うものなし。逆に生きてさえいたから俺たちは間違っていなかったのだ。だからもう何も言うまい。
「ほら早く。ご飯冷めちゃう」
「……フォン、お腹空いた」
ルドとリースに責められて、急いで乾杯の文言を考える。こいつら正反対のようでこんな時だけは仲良くしやがって……。
「では……。俺たちの武勇と、今後のリンスレット領の安寧と繁栄に」
「光の精霊様のお導きに!」
「お嬢様が淑女になられることを祈念して」
「……フォンの願いと、日々の平穏に」
めいめいにバラバラのことを祈念しているが、冒険を「する理由」なんてものは様々で、別れる理由だって様々なのだ。精霊様への冒険の無事の報告する宴だが、向かう先が違うなら、これから先に祈念することは全く別々の未来だ。
「「「乾杯!」」」
「……かんぱい」
杯が合わさり、心地よい音がギルドの酒場に鳴り響く。
冒険者の血といわれる酒を酌み交わし仲間になり、また酒を酌み交わして別れとする。
魂の交わりを交わした仲間との別れは飲み下したエールのようにほろ苦いが、向かう道が交わらないのだから仕方ない。
たった一口で船を漕ぎ始めたリースの小さな手の中で、重く揺れる酒の水面だけがいつまでもゆらゆらと揺らめいていた。




