第29話 帰路
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ようやく帰ってきた砦は、遠景にも煤けて、一部が崩落し、大扉も破城槌のようなもので強引に割り入った痕跡が窺えるもはや廃墟さながらの様相を呈していた。
それでも、ヒトの魔力は消えていない。砦は最後まで外敵を退け、そこに立ち続けていたらしい。幾らリースがアークデーモンの召喚したレッサーデーモンたちを直ちに殲滅していても、元々大地を平らにするほどに召喚されていたレッサーたちはどうにもしきれなかった以上、ここに押し寄せた敵の数は相当だったはずだが、ルドは約束を守ってくれたらしい。
「……ボロボロだね」
「なんせこっちに来たのは俺たちが倒した奴ら以外のほぼ全軍だ。最初の一撃でアイツの首を落とせなかったときは全滅すら頭に過ったよ。本当にルドもみんなもよく耐えたな」
本当は魔力をちらつかせて相手が油断した隙を突いての速攻で、頭たるアークデーモンを討伐し短期決戦にするつもりだったが、初撃を防がれたことでかなり時間を食ってしまった。
昇り出した月が傾き始めるまで戦っていたのだから、最悪後方の砦が陥落して殲滅戦になっていた可能性も否定は出来なかった。ルドも強いが俺と同じで、決して『規格外』のヒトではない。
「……私の心配はしてくれた?」
「……ぇ? いいや、全然」
「…………私のことは?」
そしてその規格外が俺の外套の袖を摘みながら訊いてくるが、正直リースに関しては心配する余地すらないな。
本気で逃げる気になればおそらく勇者や魔王ですら追い切れないほどの術者なのだから、レッサーやプリーストをそろえたところで物の数ではない。俺という足枷が無ければたとえ彼我戦力比が1万対1であろうが逃げおおせるだろうしな。
「いや、そんなこと言われても俺の心配なんて余計なお世話になるくらいリース強いし……」
「……私だって、心配されたい」
また随分とぶっちゃけたなおい。実際リースのことを心配してやれるほどに俺が強かったらよかったんだけどなあ……。今の俺では彼女のことを心配することすら烏滸がましいから。
「……これ、わがままかな?」
「いや、我がままっていうか、そんなことがありうるのかなって……」
俺がリースの身を案じて焦りを覚えるようなことがあるとすれば、相対する敵がリースより強い可能性があり、かつ俺がまだ生きていることが条件になる。果たしてそんなことがありうるのか? 俺とリースはいつも一緒だし、倒れるとしたら俺の方が早いはずだ。
「私だって、術が使えなければか弱い女の子、少しくらいは心配してくれてもいいと思う」
「術が使えなければって、リースの力量なら地上にいる限りほぼどこでも術が使えるだろ」
光以外の6属の精霊の加護を受け、その上で遠隔発動、詠唱破棄すら可能なリースなら、仮に簀巻きにされて、猿轡を嚙まされようと、おそらく地術や風術の遠隔発動や自分の血を用いた水術が使えるし、更には物理的な触媒を必要としない闇術までリースにはある。
リースを拘束するなんて真似をしようと思ったら、空間遮断するだけの結界魔法で閉じ込めるしかないだろう。まあそんなもの使える存在自体が極めて限定される上に、同じ結界術の使えるリースに突破できないとも思えないしな。
「……ぐすん」
「おーいリース?」
「ぐすん」
すっごく棒読みの泣き真似だが、それでもリースなりに思うところはあるのだろうか。少なくとも俺は『強い』ということは、凄く価値のある事だと思うし、俺自身は心配されるようなことにはなりたくないが、リースはまた違うのかな。
「リースは心配されたいのか?」
「……どうせ私は心配する価値もないですよぉだ。ルドのことは心配するのに……」
「いや、だってリースよりも強い奴なんて封印されたっていう魔王くらいだろ?」
「それとこれとは別なの」
思った以上にピシャリと言われてしまったが、まあいいか。これ以上はただの蒟蒻問答につながりかねない。要はリースも心配して欲しいってだけか。術でリースの頭の中を浚えればこんな不便はないんだけどな……。俺もリースの使っている思考を読む術取得しようかな。
「仮に今のフォンが私の頭の中を覗こうとしても、私には効かないけどね」
そしてそんなことを思っている間にあっさり頭の中浚われたよ。おかしいな、俺にも一応闇の精霊の加護である精神干渉耐性があるはずなのに、あっさり頭の中身に触れられてるよ。おかしいね!
「それより、さっきの失言に対する謝罪とばいしょー? を要求します」
「何に対する謝罪と賠償だよ!」
「……全然私のことは心配してないって言った。……私とフォンはいちさんたくしょーだって言ったのに」
「それを言うなら一蓮托生な」
前に一緒のパーティにいた頃、2人で夜の哨戒をしながら言ったことだ。俺たちには、お互い以外にその境遇を心から理解し、協力し合える相手がいない。
たまたま力があったから勇者に付いて魔王討伐の仲間なんて名乗っていられただけで、『勇者』という看板の力がなければ、俺は少し腕の立つ一介の冒険者でしかないし、リースに至ってはギルドの登録すらない正真正銘の根無し草だった。
「そうそう、それ。一蓮托生。一生托生」
……訂正したのに既にリースは間違えてるが、強ち間違ってはいないのか。俺が魔王に挑む時――即ち俺の命日になるだろう日まで、俺はリースの力に、リースは俺の生活基盤にそれぞれ依存していくだけだろう。……目的を為すためにはリースの力に甘えていてはいけないことは分かっているけどさ。
「それで、そんないちねんたくしょうの私を蔑ろにしたフォンには、その分をちゃんと返してもらう」
そして今度はまた随分と短くなったな。少しからかって指摘してやろうかと思ったが、まあリースの機嫌もあまりよくないし、また今度でいいか。今臍曲げられても困るし。
「で、返してもらうって何で返せばいいんだ? 砦に戻らないことには金もないし飯もないし、俺の持ち物でリースの欲しがりそうなものなんて……」
おそらく、ないだろうな。精霊がこの世界に下賜された言われる21の至宝の内の6つを保持するリースが欲しがるような特別なものなんて、俺は持ち合わせていない。
「おんぶ」
「え?」
「おんぶしてほしい」
え? そんなことでいいの? なんか凄く問答してまでリースが言いたかったことってこれ?
「正直、今夜は中々厳しかった。ただそこにいる敵全てを焼き払うことは出来ても、持久戦はあまり好きじゃない」
リースが妙に早口でまくし立ててくる。実際数も数えられない増え続ける敵に胃が痛くなるような持久戦をさせたのは俺の采配だし、それを指摘されても文句は言えないけどさ。
「もう箒を使うほどの魔力も練り上げられないくらい全身カラカラ」
言われてみれば戦場跡からここまで、リースはずっと俺の隣で歩いてくれていた。加護が切れて疲労感がのしかかってきていたせいであまり気に掛けていられなかったが、リースもかなり体力的に厳しかったのか。
リースの顔を見遣る。術の爆風の余波で煤けた頬は確かに砦からの出立の時より瑞々しさを失っているし、表情にも生気がないように見える。風よりも早く街々を飛び回る『風の箒』を繰る魔力すら練り上げられないって、膨大な魔力を持つリースからしてみたら相当な消耗だぞ。……ついさっき術で頭の中を浚っていったリースの言を信じるならな。
「……」
……真意を測りかねたので、とりあえず頭の中を空っぽにしてリースの姿を眺めてみる。朝の陽射しの中で少し恥じらうようにローブの袖で顔を隠す仕草が可愛いな。思考読まれてたら双方大火傷するかもしれないが、そこは魔力が枯渇寸前というリースの言を信じよう。
「な、なに……? 人の顔じろじろ見て……」
どうやら俺の思考に対しての反応はないか。今の素のように見える反応からして、リースは今俺の思考を読んでいない。やるなら今だね!
「え!? ちょっと待って、まだ心の準備が……!」
リースの小さなお尻に触るなり抗議されたが、聴いてやらない。お尻と膝の下を支え持ち上げつつ、小さな背中に腕を回して抱き上げてやる。やっぱり軽いな。体感的には背負ってるバスタードソードより軽いぞ。
「ほら、これでいいですか? お姫様」
……在りし日の父曰く、大事に思っている女の子にすることらしい。よく覚えていないが、父はよく母をこうやって抱き上げていたような気がする。それを見ていたリィズがことさらニコニコしてたから単に記憶に焼き付いているだけかもしれないけど。
「……ん」
帽子を目深に被り直しながら、肉感のない両頬を薔薇の花のように真っ赤に染めて、リースが小さく首肯する。やられっぱなしは性に合わないからリースの術発動より速く仕掛けてみた不意打ちだったが、やってみた甲斐はあったな。リースの思わぬ可愛い表情が見られた。
「リースは可愛いな」
「んな……。……ふぉんは、たまに恥ずかしいこと言う」
「仕方ないだろ。事実なんだから」
多分身内(?)の欲目もあるんだろうが、リースは可愛い。陽射しの中で加護が働かないせいか、寝起きのせいか頭が未だ胡乱な中で、ただ頬を赤らめて帽子で顔を隠そうと抵抗するリースがひたすら可愛かった。もう他のことなど、一々考えていられなかった。後の事は、後から考えよう。
さらりとリースの三角帽子から黒髪が流れ、風に踊った。
「さて、お姫様はちょっと寝てろ。ちゃんと連れて帰るから」
「……捨ててかない?」
「捨てて行くわけねえだろ」
「ならぁ……」
何かを言いかけてそのままリースは黙り込んでしまった。どうやら眠ってしまったらしい。
果たして砦まであとどれくらいあるかな。まあいずれにせよ傘下に収めていたデーモンが居なくなった今、ゴブリンなど組織的戦闘は出来ないし俺たちを阻むものは何もないか。無人の野を往く道中、聞き知った――今2番目に聴きたい声が聞こえて来た。
「2人とも、おかえりなさい!」
日が出たことで既に加護が全力で働いているのか、俺がまだ向こうの姿を視認出来ていないのに、ルドの声が砦から響いてきた。やはり日中の光の加護持ちは凄いな。
「ただいま」
どうせここから話し掛けたところで、砦にいるルドまでは声も届くまい。ルドへの返事代わりに俺は腕の中で満ち足りた幸せそうな顔で寝息を立て始めたリースにそう呟いた。
ヒトの世界に於ける、俺の帰る場所なんてものがあるとすれば、きっとそれはここだろう。
紆余曲折はあったが、それでもこれで一件落着だ。そら集められたオーガなりゴブリンなりの残敵掃討は必要になるだろうが、後のことはノトスのギルドに頑張ってもらおう。




