第27話決戦①
森の向こうに日が沈み大地が濃紺の闇に満たされていく。徐々に散発的に密度を薄めていくゴブリンやオーガ達の攻撃を数日間見ていたからには、もう少し早く気が付くべきだったな。そもそも身勝手なゴブリンなんかを組織化して頭を押さえるには単純な戦闘力や数の差以外に奴らを目的に向かわせる餌が必要だ。捕獲されたであろう人々の数程度では、砦の周りを埋め尽くすゴブリンやオーガの小腹も満たせやしない以上、奴らをここに留めて居る相手はデーモンの中でも、更に上位の存在からそれだけの物資を預かりヒトの世界を侵犯出来るだけの個体がいるだろうことは今なら分かる。答えをカンニングしたからそう思うだけかもしれないけど。
まあ今はもう何があっても関係ないか。アークデーモンの頭さえ落とせばノトス王国は守られる。俺たちが負けることがあれば国王が国庫を空けてでも勇者を召喚するだけだ。
「……飛ぶ?」
地の果てを睨んでいた俺の傍らからリースが訊いてくる。その手には風の箒がリースの魔力を与えられ、既にその真の姿を現した状態で握られていた。
粗食だが砦に残っていた糧食を兵たち全員で決戦を前に分け、量だけは充実した食をとったこともあり、今のリースの魔力はそれなりに充実しているように見える。
「ああ、そうしてくれ」
「分かった」
そう言ってリースはその小さなお尻をちょこんと箒の柄に乗せた。跨るではなく横座りだが、良くこれで目もくらむような高速飛行が出来るものだ。
俺は風の精霊の加護を受けているわけではないので、仮に落ちたら希少な水を使って受身を取るしかない。どうしても箒に深く跨り、リースの肩に強く掴まって落ちないようにするよう体が動いてしまう。
「……ふぅ」
リースが小さく息を吐いた。練り上げられた魔力が精霊の遺物という触媒を通して俺たちの周囲で渦を巻いている様が朧気に見える。
「……大きい魔力がある方に全速力で飛ぶ。全魔力を飛ぶのに回すから防御はよろしく」
「分かった。頼む」
「ぎゅっとしててね。多分落ちたら拾えないから」
今でさえかなり強く肩を抱きしめていてるのに、これ以上強く掴まったら潰れてしまわないだろうか……? まあリース本人がそう言うのだから大丈夫か。
俺がしっかり掴まるや否やリースの足がトンッと石床を蹴った。宣言通りのリースの全力飛行で瞬きする間に砦が遥か後方に遠ざかる。
暴風にしか思えない強風の中、下方から広範囲に魔力を感じる。ざっと400か、多くても600は無いだろう。
「……敵の魔力の反応」
「分かってる! 水竜の盾!」
リースの全速力飛行と敵の魔法が飛んでくる相対速度の差に詠唱も間に合わず不完全な状態で発動した術は敵の術の第一波で完全に触媒まで蒸発した。思ったより数の暴威が強い!
「……第2波」
「早い――な!」
魔力の練り上げが間に合わず、咄嗟にスピッツ3本分の水を触媒にもう一度盾を張り直す。着弾の爆炎と共に濛々と湯気を上げて盾が蒸発する。練り上げも術の展開も不十分な気休めのような物だったが、何とか凌げたか。次の——いや、次の集中砲火よりも早く何か来る。
「……この感じ」
「ああ、あいつだ」
思うが確信に変わる否や、空に魔力の残光が弾けた。俺が牽制に放った水滴矢と奴の放った何かが衝突したらしい。俺とリースを乗せた箒も魔力の流れに流されてしまった。仕方ない、仕掛けるならここか。
目下の木々の間からは既にかなりの数の敵がこちらを狙っているらしい。流石に加護があっても目視しきれる数ではないが、感知出来る魔力の総量だけで相当な物だと分かる。
「ここは私が一掃する」
それだけ言い残してリースの口元が小さく動く。広がる。手元には炎のアミュレットが、リースの術発動圏内には既に大地が含まれている。遠隔魔法と手元発動の融合って、どんだけ器用なんだよ。
「焼き尽くせ――火砕噴流」
リースの詠唱に応え、熱と砂礫が一塊となり、周囲一帯の有象無象共をなぎ倒し、木々も大地を覆う草すらも全て燃やし尽くして行く。こんなもの砦で使えば即座に砦が壊滅不可避だ。改めて強敵や大量の敵と対峙した時のリースは危ないな!
「フンッ!」
だが鼻息荒く踏み出してきた何者かが、リースの術を防いで見せた。リースの2属性を束ねた一撃、プリースト程度では物の数ではない一撃を止めるとしたらここには1体しかいないだろう。
術で人為的に起こされた砂礫と火災の流れを止め、そいつは超然と立っていた。
「全く、ヒトというのは常々勿体ないことをしてくれる。レッサーとて塵芥から生まれるわけではないというのに」
塵芥ほどの価値しかない奴が良くもそんなことを言えたものだ。そう思いながらリースを伴い箒から飛び降りた。未だ地面は術の残渣で熱されてはいるが、夜気の中ではそこまで不快な熱ではなかった。
「今そこの小さいのが消し飛ばしてくれた分、お前らの魂で払ってもらうぞ」
気配で俺たち2人ともが察していた通り、アークデーモンがそこにいた。安く見られたものだ。俺は勿論、リースの魂はお前如きに払うには上等過ぎる。
「テメエの餌なんざゴブリンで十分だ」
「ほう私を見ても口が減らないとはな——いや、この闇の魔力、昨日のニンゲンか。まさかヒトの身で我が配下の術師を欺き連日ここまで入り込んで来る者がいるとはな。人界の勇者とやらが仲間に埋められたと聞いてヒトの弱体化を噛み締めていたところだが、満更雑魚ばかりになったわけではなさそうだ」
「そう言うお前も弱く“は”ないな」
精々不敵に笑って見えるよう努めるが、焦りに手汗が滲む。
上位のデーモンがそこにいる限りレッサーは数も数えられなくなるほど出てくる以上、ルドやアルさん、砦の兵らがどれだけ持ちこたえられるかなど見当もつかない。
「リース、雑魚の相手をお願いしていいか?」
俺はリースや勇者たちと違って属性に恵まれてはいない。触媒である水は息も吐けないような移動中の防壁展開の繰り返しでかなり削られたし、元々一帯を焼き払い見渡す限りの敵を一網打尽にするだけの、戦況への決定力はない。そうなれば必然的に集まりつつあるプリーストやレッサーへの対処はリースに任せるしかない。
「……任された。フォンはそこの偉そうな奴をお願いね」
「ああ。勿論だ」
偉そうな奴――というか実際に偉いんだけどなコイツ。
俺の身の丈くらいありそうな大型のコウモリ羽に捻れた大きな双角を持つアークデーモン――魔族の中でも悪魔族は食らった魂の数で角が伸びるなどと言われるほどに角が位階に直結するらしいが、その中でも大層立派な物だ。レッサーは死肉を食らい、上位のデーモンは魂を喰らうが、俺の持つ大剣の刃渡りよりもその角が長くなるまでに、どれだけの人間の魂がその腹に収められたことか。
「……アークデーモンか」
目の前の個体の戦闘面での強さはさておき、やはりデーモンの種の中でも特に好きな相手ではないな。何せ俺の場合アークデーモンにはかつて1度魂を喰われかけたことがある。心身がバラバラになり意識が何もない暗がりに落ちていくあの感覚は忘れようがない。
「どちらから死にたいか、決まったようだな」
「アークデーモン風情が良く吠えるな。俺の用がある相手はお前の背後にいる魔王だ。お前如きに構ってる時間は本来ないんだから、来るなら御託は良いから来い」
それだけ言って俺は背に負ったバスタードソードの鞘を払う。その大剣を持ち出す姿に、奴が冷笑するのが見えた。並み一通りの剣士ではアークデーモンを打倒し得ないなんてヒトにとっても、魔族にとっても常識だ。だからこそ、魔力を練り上げる。魔法の力が必要だからだ。
「まだ小僧程度の若造が結構な自信じゃあないか。だが練り上げた魔力が見えているぞ? 生憎と、この程度の煽りに乗ってやるほど私も“良い悪魔”ではないんでな」
「口は達者だな。木偶が」
中位以上のデーモンの耐魔力は目を見張るものがある。強い魔力を持つ種に対する定石は一度術を撃たせその身に巡る魔力を放出させるか、もしくは物理的にぶん殴り瞬間的に耐魔力の肝となる体表相魔力の循環を止めるか。もしくは体表魔力の循環すら無視する超高密度、高火力の魔力をぶつけるか。3択目はそんな魔術の数や術者が限られる以上、基本は前者2択だ。
「せめてあの砦に残った有象無象を皆連れて来ればまだ少しは可能性があったものを」
確かに連続的に魔法を撃ち込み続け体表面の魔力のガワさえ剥げば並みの術者の術でも有効打にはなる。だが、それが通用するのはせいぜい中位に位置するプリースト程度だ。
過去のギルドの記録から見ても並みの術師では100人で打ち込んでもアークデーモンに傷1つ付けられなかったという逸話もあった。
「連れてきてもお前の前では餌が増えるだけだろ。それに、お前の相手くらい俺1人で十分だ。リースを当てるまでもない――な!」
「生意——きッ……!?」
デーモンなんかの舌戦に乗ってやるほど、俺も“いい奴”ではない。影外殻で強化した四肢に力を込め、一太刀、払い抜けた。
次回決着




