第26話 選ばれた者とそうでない者
前回のあらすじ:何かが繋がったと思った瞬間リースに強制入眠させられました
……目が覚めたらやっぱり俺の上にはリースが布団のように覆いかぶさって来ていた。
ノトスはミトラードの方に比べたら少しは冷えるが、流石に人肌ほどの温度に発熱する布団はやっぱり暑いな。当のリース本人は俺に闇術をぶっ放したことなんて忘れたように安穏な表情で眠りこけているし……。
「……いや、リースに感謝すべきか」
戦略的に考えれば確かにこちらが急いだところでデーモン達の侵攻して来るタイミングが変わる訳でもなし、睡眠もとらずに報告を行う必要はなかった。俺も少し冷静さを欠いてたらしい。リースに助けられた結果になったし、ルドのことをとやかく言えないな。
「……ん、にゅ。……もうたべられにゃいよ」
リースはリースで幸せな夢を見てるらしい。とりあえず今回の一件が片付いたら、リースには腹いっぱい美味しい物を食べさせてやらないとな。
「どれくらい経ったかな」
リースを隣のベッドに転がしてベッドから起き上がり、防具を着込む。頭の中で回り続けるここまでノトスで集めた情報は、今確かに1本に繋がりつつある。
「……ふぉん、もう行くの?」
ローブの裾が太腿まで捲れあがり、肉感のない鳥類のような足を思いっ切り晒したしどけない姿で、ほぼ夢見心地のような声でリースが訊いてくる。どうやらまだ寝足りないらしい。
「いや、とりあえずルドとアルさんに俺の意見を伝えに行くだけだ。作戦を練るのはその後でいい。リースもちゃんと起きたら来てくれ」
「……そのままいなくならない?」
「ああ、当然だろ」
勇者のパーティーにいた頃からの独断専行や、リースに何も告げないままパーティーを追い出されたことを未だ根に持っているのか、眠そうな目を擦りながらも、注意深く視線は俺を追っていた。
「……嘘ついたらちのはてまでおいまわすから」
「それは怖いな」
嘘ではない。何せ俺の脚力じゃ影の補助を得てもリースからは逃げられないだろうからな。実際は追い回される前に契約魔法で俺が縛られて一件落着なんだろうけどさ。だが今の敵はリースではない。
「先に行ってる。消耗した分ちゃんと休んでくれよ」
リースにそう言い残して廊下に出る。開けた扉の向こうで、太陽はすっかり空高くに輝いていた。
☆☆
会議室にはルドとアルさんと俺しか集まらなかった。そもそもここにいた部隊長たちが揃って攫われてしまったのだ。ルドにデレデレになっていたおっさんたちもいなくなり、殺風景になってしまった部屋に、俺の推論だけが染みて行った。
「——おそらくだが、奴らの目的はここに俺たちを閉じ込めることだ。その上で少しずつ確実にヒトを奪った上で、特殊な魔法薬で心を穢してその魂を上位種の餌にしている。斥侯で見つけて来た情報を統合すると、おそらくこういうことだ。……要約すると今の俺たちは生簀の中の魚だ」
眠りに落ちる前に繋がった一本の線は、今集められた情報から、もうこれ以外に考えられなかった。
レッサーデーモンは肉食で、アークデーモンは魂食だ。あらたに植えられたエンザイ草の群生地はヒトに使わなければ奴らにとって意味がないのに、奴らはそれを守っていた。ヒトの心に干渉するためだけの草を、だ。
「……いや、流石にそれは突飛すぎやしないでしょうか」
「それだったら、どうしてそんな強い魔物が悠長に数人ずつ攫って行くなんて手間のかかることをしなきゃいけないのさ? ドカーンと大群で来ればいいのに」
アルさんもルドも一様に渋い顔だ。仕方ない。提唱している俺すら奴らの行動理論を推察しているだけに過ぎないのだから。きっとヒトの世界にこの状況を説明出来るような奴など、それこそ【賢者】のスキルを賜ったような、万物を見通す英雄くらいだろう。
俺には推論を述べることしか出来ない。それが不確かでも、考えもないまま座していればいずれ仮説通りに餌になる未来が待っているだろう。
「今は未だここが陥落してないから旗色が悪いなりに風術での定期報告が出来るが、もしもノトスの常備軍が敗北し定期報告が途絶えてみろ。その時はおそらく北方ギルドの連合からA級レベルのパーティーや勇者――S級のパーティーまで出てくる可能性が高い。それを警戒している可能性がある。何せアークデーモンの上にいるだろう悪魔王は10年前にヒトの世界に侵攻を掛けて当時の勇者連合に撃退されているからな。当時以上の力を得るためにこの砦を生簀として、勇者たちも知らない内に力を付けるつもりだったのかもしれない。まあこれもほとんど状況証拠からの推論だけどな」
根拠と言うにはいささか弱い。だがこれ以外にオーガ、ゴブリン、デーモンからなる軍団が俺たちに全面攻撃を仕掛けて来ないという事実を説明出来る理由がない。
「……外部との情報のやり取りを向こうが監視しているなら、救援が来る可能性を考慮するのでは?」
「それは考慮されていただろう。それで来たのが俺たちだ。ノトスのギルドは下位から中堅に掛けての冒険者の行方不明や原因不明の死が相次いでいたらしいし、パーティーを瓦解させてギルドの介入を遅らせる目的もあったのかもしれない。まあ全部推論だけどな」
「仮に私たちよりも強いパーティーが介入に来た場合彼らはどうするつもりだったんでしょう?」
「勝ち目がないと見たらすぐに撤退する用意を進めていたと思うぞ。何せ奴らの拠点はここからかなり離れていたからな。おそらく勇者なんか介入してきた日にはすぐに荷物をまとめて逃げただろうさ。勇者がやって来てもゴブリンやオーガを盾にしてデーモンの一族は大陸奥地まで無事で逃げ切るだろうな。現場の頭として昨日俺とリースが見たアークデーモンが据えられていると思うが、おそらく今回の侵攻、バックには魔王がいると俺は思ってる」
悪魔を束ねる魔王――その姿を脳裏に浮かべると、今でも絶えることない憎しみが湧き上がって来る。加護に忠実などす黒い感情を務めて抑える。そんな俺の内のことなど知らぬようにルドが疑問を口にしてきた。
「……あのデーモン達の向こうに魔王が?」
「いや、ヒトが献上されているだけで魔王本人はこの地にはいないと思う。俺もリースもアークデーモンに接敵するところまで行ってあれ以上の魔力を感じなかったからな」
「それなら、そのアークデーモンって頭さえ潰せば後は勝手に散るんでしょ?」
「おそらくな。デーモンは徹底した縦社会が形成されている。この場に悪魔王でもいない限りは、アークデーモンを倒せばあの軍団は瓦解するはずだ」
「ならボクが行って頭を落として来るから!」
相変わらずの脳筋思考だな。相性は俺やリースよりもいいかもしれないが、基本的にアークデーモンが日中の光の中を堂々と闊歩するなどあり得ないことだ。日中どこに隠れているかまでは俺やリースにも分からないが、アークデーモンに近付こうとすることは必然的にルドの加護の力を削ることに他ならない。まあ勇者ともなれば物理的触媒なしでもその輝かしい魂だけでアークデーモンくらい虐殺するけどさ。
「やめろルド。その役は俺が行く」
「なんでさ! フォンさんのかっこつけ! ボクのことがそこまで信じられないの!」
「違う。ルドの力は信じてる」
「だったら!」
ルドはその背に背負った大型の長剣を抜き出そうとするが、その手を取って止めたのは俺ではなくアルさんだった。
「お嬢様。お嬢様のやるべきことは理解されていますか?」
「ボクのやること……?」
「光の精霊様はお嬢様に何を望まれ、スキルを賜れたとお思いですか?」
アルさんが真っ直ぐルドを見据え諭す。主従ではなく、姉と妹のように優しくも厳しい調子の言葉に少しだけルドの目がまん丸に見開いていたが、やがて得心の行ったように1つ小さく頷いた。俺もそれを見届け口をはさむ。
「ルドはその加護で土地と領民を守るんだろ?」
「……そうだね。少し軽率だった」
「今の砦の兵士たちの中にどれくらいリンスレット領の人がいるか俺は知らないけど、隊長たちみたいにルドと親しい人も、守りたい人もいるんだろ? だったらルド、精霊に与えられた役割の名において役割を全うしろ」
そう。スキルとはこの世界の根底にいる精霊様が人に与えた役割だ。そして俺にはルドのようなスキルはない――与えられていない。
「何かを殺す、壊すは俺の本領だ」
何かを守る、救うは残念ながら俺の本文ではない。今俺がどれだけ「守る」と口にしたところで、加護も、スキルも俺がそういった存在ではないと――精霊様がそう言っている。つまりは守護者ではなく破壊者であると。
「ここは戦力を2分する。俺とリースがオフェンスに回る。俺たち2人で敵の頭とその取り巻きを殲滅してくるから、ルドとアルさんはこの砦とみんなを守ってくれ」
「ごめんフォンさん。2人に厳しい役回りばっかりさせて申し訳ない……」
「何言ってんだ。今夜辛いのは防衛の方だと思うぞ?」
「「え?」」
ルドとアルさんの疑問符が重なり響く。あ、そうかそこまで話してなかったっけ。
「アークデーモンはここまで姿を見られないように人攫いを砦の内外で行っていたが、昨日はルドのおかげで下層部の兵士たちがみんな術に落ちなかったからな。みんなに姿を見られて、拠点で俺とリースに姿を見られている。つまり現時点で悟られない内に自身や魔王を強化するという目論見は破綻してるんだよ。俺の仮説が正しければ今夜あたり奴らはなりふり構わず人間を捕らえるだけ捕らえて勇者たちでも追えない大陸奥地に逃げて行く方向に行動を変えていく可能性が高い。少なくとも完全に力を取り戻していないだろう魔王と、アークデーモンごときで勇者と直接事を構えられるほど向こうには余裕がないんだろうしな」
「つまり今夜総攻撃を仕掛けてきて、そのまま逃げられる可能性が高いってこと……?」
「……その可能性が高いと思う。怖いか?」
「怖くないと言ったらうそになるけど……。それ以上に、闘志が湧いて来たっていうのかな? 自分がみんなを護るために何をしたらいいのか朧気に見えてくるような、頭がクリアになる感じっていうのかな……?」
「スキルがしっかりと働いてるみたいだな」
人々を守護するときにその最大の力を発揮する【聖騎士】のスキルが、ルドの全身を強化しその全知全能を発揮できるよう呼び覚ましているのだろう。おそらく今やり合えば彼女は今の俺よりも強いはずだ。
「残った皆を奮い立たせデーモンの軍団と戦うことはルドにしか出来ないからな。俺やリースはここの皆と肩を揃えて戦うことは出来ない――俺は普通の人が戦うような環境では全力が出せないし、リースは全力を出せば回りを巻き添えにするからな」
「……そういうこと。私とフォンは、私たち2人だけでしかいられない」
「リースいつからそこにいたんだよ!?」
「……ないしょ。それよりフォン、続けて?」
なんか調子狂うが、仕方ない。聴いているリースには配慮するが、俺たちにとって辛い事実を伝える。
「……要するに俺たちは敵を倒すことは出来ても守るための戦いは苦手ってことだ。だからこそ光の精霊様からスキルという形で守護者に任じられたルドにここの防衛は任せたい」
おそらく今夜も敵の数は圧倒的だ。守勢に回っていつまで防衛できるかなど分かったものではない。それでも、ここにルドがいてくれるだけで安心だ。
俺やリースに人を束ねて導く力はない。精霊様がそんなことを俺たちに求めなかったからだ。だが、それでも逆に、俺たちにしか出来ないこともある。
「心配するなルド。デーモンはきっちり俺たちが殺すから」
きっと本当の勇者なら1人でも辿り着けるだろう。俺にその代役が務まらないのは仕方ない。精霊様が求めていなくても、俺が俺自身に求める物のため、やるだけだ。
「フォンさん、ご武運を。私も光の精霊様の名に懸けて、全力でみんなを護るよ」
「ああ、頼む」
「……こっちは任せて。ルドたちも、武運を祈ってる」
これから決戦が待っている以上、酒は飲めない。代わりに4つの杯に白湯を注ぎ、静かに杯を交わす。願わくば、別れの盃を交わすまで、皆が健在であるこを祈って。




