第25話 そして朝が来て
前回のあらすじ:敵拠点で敵の大物を発見しました。
術による追撃の砲撃を潜り抜け、朝日が大地を照らす頃ようやく砦に戻ると、砦の中は荒れに荒れていた。
見て回った感じではさほどの負傷者もいないのに、昨日より明らかに士気が低く、見る顔全てが生気無く沈んでいた。
「あ、フォンさんおかえりなさい」
俺たちに与えられた休憩室からルドが姿を現すと、淀んでいた廊下の空気の幾らかが振り払われた気がする。これも光の精霊の加護か。場の空気さえ変える力は勇者もそうだったが、中々慣れるものじゃないな。
多分、適応出来て無いのは多分俺とリースだけなんだろうけど。
「ルド。一体何があったんだ? みんな様子がおかしいぞ」
「2人が出て行ってからフォンさんの言っていた通り襲撃があったよ。下層で私と一緒に防備を固めていた人たちは何事もなかったけど……」
「けど?」
「……お嬢様も死力を振り絞りましたが、巨大な2本の角を持つ悪魔がどこからともなく大量のレッサーデーモンを呼び出してきたために、術で明かりを守ることが手一杯な状況に追い込まれました」
「レッサーデーモンを? それで、人的被害は?」
「この砦に残っていた部隊長が全員攫われました」
アルさんが沈鬱な面持ちで言う。実際ルドもアルさんもこの砦にいたお偉いさん方には顔が利いていたあたり、領主であるというルドの親父さん繋がりで元々顔見知りだったんだろう。ルドも黙って唇を噛み締めていた。
知人を奪われた2人の焦りや、隊の指揮を行う隊長が奪われた兵士たちにとっての痛手も理解は出来る。ただ俺が部外者だからか、腑に落ちないことが残った。
「……なんかおかしい」
「やっぱりリースもそう思うか?」
ギルドのデーモンに関する報告書を読ませてもらった限り、アークデーモンも飛竜と同じような複合加護を持っているのが通例だった。大抵は希少な雷と闇。しかもただのヒトである俺とは違い雷に関してもその身に触媒を宿している。
そんなものがまともに襲撃してきたら冒険者の階層で言えばB級以上のメンバーでパーティーを組んでようやく痛み分け、ルドがいたところで兵士たちが“何もなかった”なんてことにはならないはずだ。
「なぜ……?」
「…………ふぉんに分からないのに私にわかるわけない」
リースが俺の独り言に律儀に返してくれる。三角帽子の先端がふわふわと揺れるあたり、朝日が昇って疲労感が表に出始めたか。俺も確かに段々と頭の動きが鈍くなっている気がする。
それにしても、強大な身体能力と魔力、それに知恵を持っているはずなのに、あのデーモン一味のやり口は妙に手緩いな。ここにいる人間を殺せるだけの力を持ちながら敢えてこの戦いを引き延ばしているような気さえしてくる。
「そんなの、皆の心を挫くために決まってる! あいつ等は揃いも揃って卑怯者なんだから!」
「悔しいのは分かるけど抑えろルド。ルドがそうやって苛立ちで復讐とかを考えるほどに、得をするのは奴らだ。怒りや悲しみ、清らかな心から遠ざかるほどに光の加護はその効果を削がれる。今のルドに必要なのは心を落ち着けて次に備えることだ」
「ぐぬぬ……!」
分かりやすく歯を食いしばって出かけた次の言葉を自主的に封じながら、ルドは顔を真っ赤にしていた。確かにルドを挫くなら確かに奴らの打ってきた手は気が利いてると言っていいな。幾ら人や物資が残っていても心を攻められれば、ヒトは時として簡単に転ぶ。
「とりあえず、お昼ご飯までお2人も休んできてはどうですか? デーモンが再度現れるまでにはまだ時間があることですし」
「ボクとアルはもう休んだからね。2人が休んでる間にボクは皆に声を掛けてくるよ」
「……そう言うことなら休ませてもらう。ふぉん、いこ」
そう言いながらリースは若干ふらふらした足取りで俺の袖を引っ張りだした。アルさんが少し含みを持たせた笑みを浮かべながら仮眠室の扉の方を指し示した。
「斥候の報告は後ほどお願いします。リースさんも相当消耗してるようなので、早く寝かせてあげてください」
「分かりました、行ってきます。それとアルさん――」
「大丈夫ですよ。私の主は強いです。正義感で突っ走ってしまうことはありますが、ちゃんと賢いですから」
暗に俺が心配しているような短慮は起こさないと言われたのだろう。士気の低い兵士たちに話しかけて回るルドは数秒の内に荒ぶる心を抑え込んで、その艶やかな頬に柔らかな笑みを浮かべていた。
分かっていてもやれることとやれないことはあるが、今ルドがやって見せた“辛い時に笑って見せる”ということは、俺やリースには出来ないことだった。
☆☆
真っ暗な仮眠室に入ると、加護の働きでやはり少しだけ目が冴え、思考力が戻って来る。ほぼ一晩慎重な魔力操作と隠密に徹した身体的な疲労は拭い去れるものではないのに、頭は冴え眠気が和らぐというヒトの本能的な特性と加護の作用の乖離はいつものことだ。
「……フォン、起きてる?」
「ああ、起きてるよ」
どうやらリースも目が冴えてしまったらしい。こればかりはこの世界に生きる以上仕方ないか。加護を与えてくれた精霊様を恨むわけにもいかないしな……。
「……これからどうするの? 私があのデカいデーモンを倒してこればいい?」
「いや、アークデーモンに関しては俺がやる。……倒さなきゃいけないアークデーモンがいるから、その前哨戦だ」
「……フォンの手に余って、事が大きくなった場合には、私が全て終わらせるね」
闇の中でリースが決然とした面持ちでこちらを見ているが、出来ればそんなことさせたくはないんだけどな。俺の修行という意味でも、リースの心身の消耗を考えても。
そんな俺の思考を浚ったかのように、リースが小さく首を横に振る。闇の中の僅かな光さえ吸い込むような長い漆黒の髪が、小さな肩の上を踊る。
「……もしフォンの意志を無視していいなら、私が魔王も魔王の配下も全部まとめて焼き払って、フォンと2人だけで人里離れて暮らすことが私の希望。……私は、それくらいしかフォンにしてあげられないから」
「考え過ぎだ。俺の復讐なのに、付いて来てくれただけで――」
「……ついて来ただけ。私はまだフォンに何もしてあげられてない」
「そんなことは……」
まあ代償として破ったら魂まで拘束されるような契約を結ぶことにはなったけど、そのあたりのことは言いっこなしだ。
実際1人で修練と称してギルドの依頼を黙々とこなしていた1年に比べれば、状況自体が厳しくても今の方がずっと充実してはいる。
「……あのデーモンを見た瞬間のフォンは、ちょっとおかしかった。ルドのことをとやかく言えないくらい攻撃的だったのに、同時に少し怖がってるようにも」
リースが心配そうに言ってくるが、まさかそこまで表に出ていたか。まだまだ修行不足だな。
「……無理をさせるくらいなら、私が全部――」
「昔一度アークデーモンに魂を喰われかけたから苦手なだけだ。今はもうあの頃の俺じゃない。大丈夫だ、心配いらない」
「……うそ、だよね? 魔法は使ってないけど、うそついてる気がする」
手足を縛るような過去の記憶が噴き出し、思わず多弁になっただけで、リースには見抜かれていたらしい。
軋むベッドの上で、俺の後頭部にリースが手を回す。平たい彼女の胸元に抱き寄せられると、何故か妙に安心した。
「……フォン、苦しければ頼って。私は、力以外フォンに何もあげられないから」
「もう色々貰ってるよ」
そう囁き返し、リースの背に手を回す。小さく息を呑んだ彼女に「具体的に何を」と問われれば返すことが出来ないけど、俺は助かっている気がする。今はそれだけで十分だ。
分かるその時まで俺が生きている確証もないしな。
「今回のアークデーモンの件は俺に任せてくれ。アレ1体倒せないんじゃ、目標には程遠い」
「……分かった。……そう言えば昨日攫われた人たちはもう食べられちゃったの?」
「いや、俺やリースのような闇の加護と親和性の良い人間ではない常人の魂をそのまま食ったところでそこまで奴らにとって意味があるとは思えないし、多分魂が奴ら好みになるまで心身共にいたぶられる間は生きて——」
そこまで口にしたところで、寒気が背筋を駆け抜けた。そうだ、わざわざ精神的に追い詰め、いたぶり入念に魂を蹂躙しなくても、あの場には使えばすぐさま人間の魂を穢し、堕とし、奴らにとってヒトを美味しい餌にする触媒があったじゃねえか。
「そうか、だから……!」
「……フォン? いきなりどうしたの?」
「奴らがなんで俺たちをこの砦に足止めしていたのか、分かった気がする。すぐにルドとアルさんに伝えよう」
もうある程度は手遅れかもしれないが、今日の夜のデーモン達の前進の前であれば対応出来るかもしれない。
「……フォン、今は休んで。相手がデーモンなら休んでからでも対応は出来る」
「いや、俺の仮説が正しければ早くしないと――!」
実際リースの言う通り、一度休んでからでも未だ猶予はあるだろうが、頭の中で繋がった仮説に、完全に目が覚めてしまった。今から眠るなんて無理だ。
「……褥の帳」
全ての前詠唱を飛ばして、リースの生み出した催眠の黒霧が起き上がった瞬間俺の視界を完全に塞いでいた。え? 早すぎだろ?
「……寝ないと死んじゃうから、ちゃんと寝て」
その言葉が耳に触れるとほぼ同時に、俺の意識は完全に黒に塗り潰された。
一切の抵抗さえ出来ない圧倒的な力量の差だけがそこにあった。




