第24話 斥候
前回のあらすじ:敵の目論見を暴くために偵察することになりました
日が沈み、波が引くようにゴブリンの群れが後退していく。
もう間もなくか。マントの裏地に挟み込んだ水入りのスピッツや背に負った剣、術のコンディションを確認し、見張りの塔から身を乗り出す。まだレッサーデーモンの大群が接近して来るような感じはない。行くなら今だろう。
「それじゃ、ちょっくら行ってくる。ルド、アルさん、留守は頼みます」
「はい、こちらの方はお嬢様と私にお任せください。お2人も無理はなさらないよう」
「これで無茶したら今度はボクからお説教ですよ」
「……私がついている限り大丈夫」
リースがそう返すが、実際おそらくそうだろう。リースよりも明確に強いのは全能力を発揮した勇者のパーティーくらいだ。現に欲に目がくらんだ勇者のパーティーはリースに埋められた訳だしな。
「夜明け前には戻る。砦の防衛は任せたからな」
そう言い残し、砦外に飛び降りる。着地に関しては勿体ないが手持ちの水に魔力を通して受け止めた。
リースを抱えて飛び降りたが、普段風の箒で飛んでいるリースには自由落下する感覚は慣れないものらしく、地面に降り立った時にはほんのりと涙目になっていた。
「……こんな事しなくても、私の箒で出ればよかったのに」
「それも考えたが、リースに箒を操作してもらうと、もしも地上から魔法で集中砲火を浴びた場合俺が1人で受けることになるからな。安全のため地上から攻めようってわけだ。よしリース、もう少し近くに寄れ。俺の修行の成果を見せてやるよ」
そう伝えリースの小さな肩を引き寄せ、俺が考案した姿を完全に闇に同化させる隠密術で姿を隠す。
勿論魔法で影や夜闇を操作している以上、魔力探知や音による探知からは逃れられないが、ほとんど魔力を荒立てない今の俺に気付ける者など、勇者や魔王、それとリースくらいだろう。
「……可視光だけを遮る術? 初めて見た」
「なんせ俺のオリジナルスペルだからな。音は消せないけど、魔力は極限まで抑えてあるからよっぽどの手練れでもない限り魔力で位置を特定されることはないと思う」
魔力は隠蔽出来ない以上あまりパーティー行動で使えるような術ではないが、魔力の操作能力の高いリースとのコンビでなら、使い出はある。
「……上手く使えば色々出来そう。私も覚えたい」
何故かリースが習得に乗り気だったが、攻撃能力に劣る俺ならまだしも、目の前全てを平らげながら制圧前進出来るだろうリースに必要か? 作った身で言っては何だが、これほとんど暗殺用の術みたいな側面があるぞ?
「……でも、察するにフォンが使うこれにはまだ問題がある。そうだよね?」
「そうだよ。これ張ってると攻撃出来ないんだ」
流石リース。俺の力量とこの術の特性を見ただけでこの術が未完成であることまで看破するか。
魔力を荒立てない慎重な操作をしているだけに、姿隠しの術を展開しながら水属性の魔力を練り上げたり、影外殻に魔力を回すといったことは困難だ。故に、攻撃するときは解除しなくてはならない。こればかりは今の俺の操作能力ではどうにもならなかったゆえの未完成だ。
「……分かった攻撃は私に任せて」
リースのその言葉を最後に最後に会話は止まった。次第に密度を増していくレッサーデーモンの群れの中を、声を出すことなく2人肩を並べて逆行する。極微量の魔力を最小の限界ギリギリでコントロールする技術を、未だ俺は走りながら行うなんてことは出来ない。砦の防衛のため残して来たルドやアルさんのことを考えると焦りはするが、歩くしかない。
**
どれだけ歩いただろうか。湧き出してくるレッサーデーモンがやって来る方を目指し歩き続けて、垂れ込めた雲を月明かりが彩り始めた頃、俺とリースは月光すら届かない木々の中にぽっかりと開けた窪地を見つけた。
そこがまるで奴らの出現箇所の起始部であるかのように、レッサーの流れが止まり、ただ窪地を見守る様にレッサーが徘徊する様は、奴らにとってここが何らかの重要拠点であることを暗示しているようだった。
「リース、下に降りるぞ」
そう耳打ちして、リースを抱き上げて身の丈ほどある段差を飛び降りる。これくらいなら魔力も必要ない。足音に1匹がこちらに目を向けたがすぐに去って行った。知能も魔力感知も所詮はレッサーか。
「……なんか一面同じ草ばっかり。混ざり気がないしそう言う風に植えられたみたい」
窪地一面に生えた草を見てリースがそう零すが、俺はこの草に見覚えがある。
いや、情報が頭の中に噴き出してくる。スキルに起因するものか。
「リース、口と鼻を塞げ。この草――エンザイ草だ」
「……なにそれ?」
「毒持ちの草の一種だが、身体ではなく記憶と精神に作用するめんどくさい奴だ。焼いた煙や切った後の葉や茎の断面から出る水蒸気さえ、迂闊に吸い込むと気分が悪くなるぞ」
自分の鼻と口をマントで覆いながら、リースの鼻と口も覆ってやる。リースの耐魔力は大したものだが、薬理による精神干渉は魔力耐性の及ぶところではない。
「吸うと思考が自罰一辺倒になる。それと思い出したくもない嫌なことばっかり思い出させてくれる。煙だけでそれだ。抽出された液なんて飲もうものなら永遠に自分の殻の中に籠り、自罰を繰り返す物言わぬ肉の塊になる。人間としては死ぬと言っても過言じゃない」
稀に後ろ暗い錬金術師なんかが自白剤を作るために時折エンザイ草のエキスを求めているが、群生地は先の魔王と勇者の全面交戦でとっくに焼失したと俺も聞いている。つまり他の植物を押しのけて群生するこのエンザイ草は既に異常事態そのものというわけだ。
よく見れば葉先を切った形成もある。おそらく誰かが使うために植えたということか。
「……よくそんなこと知ってる。私も聞いたことない」
「【農家】のスキルの能力というのか、植物関連の名前や作用、育て方については精霊様が知識を直接授けてくれるからな。俺の知識ではあるけどさ」
最後にいつ見たのか忘れたくらい久しぶりに見た草だというのに、直ぐに頭に情報が吹き出してくるこの独特な気持ち悪い感覚はスキル特有のものだな。
まあスキルは条件付きとはいえ筋力や生命力まで強化するのだからこの位は序の口か。ルドのような力にまで強大な付加が掛かるようなスキルだとどんな感じなんだろうな。
「……結局これ、どういう風に使うの?」
「正直ヒトに使ったところで自白剤か、もしくは心の黒いところを肥大させて犯罪教唆に使うくらいしか出来ないと思うけどな。<薬師>のスキルがあればもう少し分かることも違うかもしれないけどさ」
ここを警戒している時点で奴らにとってこの草が何らかの意味を持っていることは分かるが、その何らかの意味が理解出来ないのではどうにもならない。これはもう少し調査が必要か。
——いや、そんな猶予はなさそうだな。
「……フォン、大きな魔力が近づいて来てるの、分かる?」
「分かるって。リースほど詳細には捉えられてないと思うけどさ」
「ほう、客人がいるようだな。姿は見えないが、匂いも魔力も感じるぞ!」
感づかれたか。今の俺とリースの極小にまで抑え込んだ魔力を知覚出来るとなると、中々の手練れか。
闇の中に降り立ったのは巨大な蝙蝠羽を背に広げ、山羊のような螺子くれた双角を持つ魔獣――デーモンの一群を束ねる者だった。
「アークデーモン……」
口を突いて出たその名に合わせ、心拍数が跳ね上がったのが分かる。別に倒せない相手ではないが、嫌な相手だ。苦手意識と同じくらいに殺意が湧き上がる。
だが剣を取り出すほどの猶予はない。アークデーモンを追ってきたプリースト、レッサーの大群がもう近くまで来ていることが、魔力の接近で感知できる。
「囲まれたか」
「……フォン、ここは一旦離脱した方がいい。少なくともここまでの探索でフォンが消耗してる」
「…………分かった。リース頼む」
リースの言う通り、今の俺は消耗しているだろう。アークデーモンくらいは倒せるだろうが、具体的な数さえ分からないプリーストやレッサーの大群を相手にしながらとなると、リースがいても相当厳しい戦いになるだろう。
未だ魔力やニオイで存在を感づかれただけだ。具体的な場所は奴にも未だ分かっていないのだろう。逃げ切るとしたら今しかない。
リースが取り出した箒に跨り、俺もそれに習ってリースの肩に掴まり箒に乗る。
「……しっかり掴まってて、最初から全力で飛ぶ」
リースのその言葉に風の箒が木々を裂き空高く舞い上がる。瞬く間に地上が離れ、さっきまで立っていた窪地が眼下に小さく見える。だが夜の中で俺の目は地面に転がる人影を捉えてることが出来てしまっていた。
それはアークデーモンの腕から転げ落ちるヒトの姿だった。




