第23話 昼寝のあと
前回のあらすじ:未だに敵の目論見が良く分かりません
きっかけもなく目が覚めると体が妙に重かった。というか体が重いのではなく、単に体の上に何かが被さっていただけだ。それでもすぐにそれが何であるかは分からない。
幾ら加護があっても<勇者>のスキル発現者のように起きて数秒で万全とは言わない。ただ目を開き闇に目を凝らして5つ数える。その間に目が闇に順応し、体が加護に順応し闇の中でも目が利くようになる。
無理やりベッドを押し込んだ納屋のような部屋の中、布団さながらに俺の上に乗っていたのはリースだった。なんか胸元が冷たいなあと思ったら肌着に至るまでリースの唾液でべっとべとになってたし、どうするんだよ。食料はまだしも、流石に肌着の替えは持って来てないぞ。
仕方ないので体勢を変えてリースを俺の上から降ろして、よだれ塗れの肌着をそのままに鎧を着こむ。少なくともチェインをベースにしている分だけまだ乾きやすいだろ。ルドのようなプレートアーマーではこうはいかなかった。
「……ぅん? ……もうあさ?」
「おはようリース、少なくとも朝ではないと思うぞ。俺たちが寝たのが朝だしな」
結構な時間眠っていたような気はするが、その割には気分が冴えない。なんか微妙に倦怠感が残っているが、それほど昨夜の悪夢の影響が強かったんだろうか。
「……ご馳走様」
リースは剣士兼術師をやっている俺と違い寝る時に外したのは帽子と靴くらいだ。小声で一言呟き、仮眠室を出て行ってしまった。……出て行ったところでルドたちに合流できるんだろうか? 俺も後を追うために急いで身支度を済ませたが、部屋を出るとすぐのところにリースとルドとアルさんと、3人揃って待っていてくれた。
「あ、お2人とも目が覚めたみたいですね」
「おかげさまで体調ばっちりだ」
日の下にいるルドほど溌剌とはしていないが、少なくとも思考能力が怪しくなるほどの眠気はない。戦うに不足はない。
「リースさんは?」
「ちょっと疲れ気味。フォンが寝かせてくれなかったから」
ちょっと待てリース、俺何もしてねえよ。
「……フォンの寝相、すごく激しかった」
なんか今アルさんにゴミを見るような目で見られたんだけど、俺は何もしてないからな? 天地の精霊に誓って!
「寝相のこと言ったらリースも大概だろ? なんか目が覚めたら俺の上に乗っかってるし、おかげで服よだれでべたべたになっちまったんだが」
「……濡れてるなら脱げばいい」
「いや、素肌にチェインメイルは着たくねえよ……」
「脱げばいいと思う」
「逆になんでお前はそんなに俺に裸にチェインメイル着させたがるの? イジメ?」
「濡れてるなら風邪をひくかもしれない。すぐに脱ぐべき」
「いや、お2人ともいつまでも遊んでないでそろそろ頭を切り替えて頂かないと……」
何故か執拗にリースが食い下がって来て、良く分からない押し問答になりそうだったが、見かねたアルさんが仲裁してくれたおかげで事なきを得た。
「それからお2人の耳にも入れておきたいことが1つ。さっきまでの会議で発覚したのですが、昨夜、脱走兵が出ました」
「「脱走兵?」」
「はい、全軍の中から見回りの時間帯も違えば、個人的な交遊もなかったという2人です」
妙だ――昨夜夜の番の初めから俺たちはずっと正門の大扉の前にいて、途中俺は眠りに落ちたがリースは本当に一晩寝ずの番をしている。あの敵の魔法が充満しているさ中で通り過ぎて行く奴がいたなら覚えていないはずがない。
「……少なくとも私の前は誰も通ってない」
「大扉も動かした形跡はないそうなので、おそらく証言通りだと思います」
「……だとしたら、砦の上層から飛び降りた?」
「少なくともロープなどで降りたような形跡はありませんでしたし、風術の線も疑ったそうですが、台帳に照らしたところ2人とも加護は炎だったそうです」
次から次へと妙なことが起こるし、ここは一体どうなってんだよ。問題を分割して行けば一応答えらしきものは見つかるが、その答えが合致していたところで、敵の目論見が分からないのは一緒だ。
今まで黙っていたルドが豪放に声を上げた。
「はっはあー。これはその2人が最初から魔物に化けられていたんだな!」
「ルド、擬態の魔法では『種族を偽る』程度が精いっぱいだ。特定の誰かに成り代わるなんて無理だぞ……」
「……そんなものを魔物が使えたら、人間はとっくに滅亡してる」
「お嬢様、そんな今更……」
俺たちが魔物を種族でしか見分けられないように、魔物・魔族も俺たちを『人間』としか認識出来ない以上、そこまで精度の高い擬態は不可能だ。
大規模徴兵された無数の“誰か”の中になら潜り込めるかもしれないが、この砦にいるのはノトス王国の常備軍だ。そんな手当たり次第に集められた人々でもない。ルドの回答には三者三様に呆れ顔だった。
「擬態じゃないなら他に何があるっていうのさぁ。ボクだって色々頑張って考えてるのに」
「1つ俺には思い当りそうなことがあるが、保留にさせてもらう。ただ俺の予想通りだとしたら今夜も失踪者は出ると思う」
「失踪者ですか……? 今していたのは逃亡兵の話では?」
「逃亡なんて出来る訳がないだろ。少なくとも光の加護を持つルドや、俺が行動不能に陥るだけの術が掛けられていたんだ。ヒトが自力で動いて出て行った訳ではないだろう」
「自力では――ってことは」
「おそらく、誘拐だ。俺やルドが落とされたあの術に抵抗しうるだけのデーモンが直接乗り込んできてな」
そう言っては見るが、口にした瞬間からやはり理に適わないモノを感じてしまう。
仮にヒトを餌にするためだとしても、それだけの力を持つ奴がいるのならこの砦を、全戦力を注ぎ込んで攻め落とした後でゆっくり喰らう方がずっと楽だろう。もう何度も考えたが、毎度最後に残る疑問は何故本気で攻めてこない? ということだ。
「……辻褄は合わなくもないけど」
「フォンさんの言ってることは現状から考えられることに辻褄を合わせただけじゃない! それこそ乗り込んで来られるような奴がいるなら、昨日の皆が眠りに落ちた時点で全滅してないのはおかしいでしょ?」
「それは俺も今考えているところだが、生憎と俺もこれは考えても今の時点では分からない。とりあえずこの仮説については裏付けが取れるまで忘れてくれ」
リースにもルドにも渋い顔をされたし、とりあえずこの話は一旦これで終わりだ。少なくとも今考えるには材料が足らない。
「それと、日中の攻防はどうだ?」
「火力は十分とは言えませんが、一応こちらに被害なく相手を押してますよ? それがどうかされましたか?」
「敵戦力を削れているならいいんだ。デーモンは昼間出てこないと思うが、大鬼と小鬼くらいは削っておきたい。ここで敵の頭を叩いて集団を瓦解させた場合、そいつらはほぼ間違いなく食い扶持を得るために近隣の街――リンスレット領を襲うだろうからな」
デーモン種は全てが闇の精霊の加護を受けており、俺やリース以上に日を苦手とするが、それでも本当に上位のデーモンに攻め込む気があるのなら利己的なゴブリン勢なんて主戦力に充てず、使い捨てのレッサーを大量に呼び出し、それこそ見渡す限りの大地を均す勢いで進撃してきてもおかしくはない。
それがないのだから、デーモンを指揮する何者かはまだ何かを待っているのだろう。少なくとも目論見を明らかにし、破壊するだけの猶予はまだ残されていると思っていいはずだ。
「ルド、日没を迎えたら砦の入口で可能な限り燭台や篝火を使って光量を確保してくれ」
「良いですけど何でそんな?」
「もしも侵入して来るデーモンがいれば下層で迎撃するためだ。流石に日光ほど照らすことは無理でも、光量さえ十分に確保されていれば並みのデーモンは力のほとんどを失うからな。ある程度くらいの相手なら、ルドなら倒せるだろ?」
光術の術者が何人もいるなら燭台を触媒に“影無き灯の術”や“闇払い”を使用して闇の加護を持つ者を確殺するための舞台を誂えるだろうが、そんな加護自体が希少だ。
ルド1人に一晩魔力を放出し続けろとは言えない以上、燭台や篝火で大本の光を強くするに越したことはないだろう。
「ルド、今夜俺とリースは敵の拠点を探すため斥候として打って出る。砦の防衛は頼むぞ。アルさんも残ってルドを支援してください」
「私では足手纏いでしょうが、お嬢様ならお2人についていくことは出来ないでしょうか?」
「生憎だが、ルドが術を行使するために光源を持ち歩けば間違いなく居場所がバレて攻撃を受けると思う」
「……はっきり言って、環境を踏まえたら邪魔にしかならない」
「リース、言い方。ごめんルド。リースも悪気があって言ってる訳じゃないんだ」
「……ごめん」
素直にリースは謝るが、相変わらずのコミュニケーション能力だな。俺に対してもたまに辛辣だが、「吐いた術は戻らない」という格言を知らないのかよ……。
「分かりました。すっごーく不本意ではあるけど、フォンさんの言うことに従うとするよ。ボクは砦を守って、2人の帰りを待つ。これでいいんでしょ?」
「ああ、頼むぞ。今日も昨日のような術を掛けられたら明かりを増やして対策してもルド以外の皆がどの程度が術に抗しきれるかは分からないからな」
「……私たちが帰って来た時に寝てたら顔に落書きするから」
「リース、一言余計だ」
「……ごめん」
リースはちゃんと謝ることが出来る子だ。勇者のパーティーにいた頃は軽口の1つ口にする以前に俺以外に碌に口を開かなかったことを思えば、さっきからの失礼にも聞こえる発言は、不器用な彼女なりにパーティーに近付こうとしているということだろうか。
「とりあえず飯にしようか。しっかり補給して、奴らを迎え撃つぞ」
窓から差し込む陽光は既に傾き、もうほどなくして奴らの時間が来ることを示唆している。だが、それは俺とリースの時間でもある。




