第22話 夜明け
前回のあらすじ:ふたりきりのよるだった
砦全体に掛けられた黒雲が朝日に追い出されるように散っていく。デーモン達が掛けたであろう闇術とリースが上書きした闇術、その一切が砦から払われていき兵士たちが寝惚け眼を擦って目を覚まし出した。
「おはようございます。なんかいつの間にか寝ていたようで申し訳ありませんでした。フォンさんもリースちゃんも寝ずの番を?」
やっと起きたアルさんがそう訊いてくる。闇術の上に闇術を掛けて無理やり眠らされていただけに、まだ眠そうだ。
「俺は寝かけたけどリースが起こしてくれた」
「……フォンがいないと困ったから」
「ボクも起こしてくれればよかったのに」
そう言いながら既に差し込む朝日の中で誰よりも表情が締まっているのはルドだった。日さえ登れば彼女の持つ光の加護はほぼ全ての闇の猛威を断つ。
術を食らった怠さがまだ残る俺、術の反動と敵の術の影響に晒されたリース、2重に闇術を受けたアルさんをはじめとした砦全ての人員の中で、おそらく今一番元気なのはルドだろう。
「……起こしても、使い道がなかった」
「ほら、ルドは光の加護持ちだろ? 夜中に起こしてもしんどいだけで戦力としては心もとなかったからさ」
バッサリと切り捨てるような発言をするコミュニケーション能力に難があるリースを、俺は全力でフォローする。
つーかリース、言い方ってものがあるだろうが!
「だとしても、サポートくらいは出来るんだから起こしてくれてもいいじゃないですか?」
「その、起こす方法がちょっと特殊でな……」
リースは確かに俺の唇に口唇経由で魔力を送り込むことで闇術を解いてくれた。目覚めた瞬間のリースの顔の位置や、唇に残っていた感触からしておそらく本当だろう。
だがその事実があって、実際それを選択しなかったことをどう説明すべきだろうか……?
「……私もフォンもルドにキスしたくなかった」
リースゥゥゥウウウウウウウウウウウ!!! こいつ俺が全力で誤魔化したかったことを平気で言葉にしやがった! なにこの人を絶望に叩き落とす魔王クオリティ!?
「キス、ですか…?」
キョトンとした表情を浮かべるルドだが、ルドが魔法に明るくないのは昨日の戦闘を見ても何となく察しがついていたので補足する。
「えっとな……、魔力を人から人に通すためには汗以外の体液の接触か、粘膜の接触が必要なんだ。表皮経由で流し込むのは中々大変だからな。術者の練度によっては拒絶もされやすくなるし」
「そんなこと常識ですね。だから婚礼の場で口付けを交わして術を用いた誓約と契約にするんじゃないですか。幾らボクが子供だからって、婚印の儀のことも知らない訳ないじゃないですか!」
ルドはそう言ってあっはっはと豪放に笑っていたが、その笑いは数秒で砂漠に垂らした水一滴のように、跡形もなく乾いた。
「……あれ? ということは、お2人は幸せなキスをしてボクとアルは寝転がされてたってことですか……?」
「ぶっちゃけた話、言い方悪いとそうなるな。後幸せだったかは俺も知らないぞ」
なんせ俺も俺も寝てたからな。
リースは顔を見せることを拒否するようにぷいっとそっぽ向いたあたり、気分が悪い訳ではないらしい。
「ボクたちパーティーじゃなかったんですか!?」
「……だからこそ寝かせることにした。敵の精神を蝕む悪夢の魔法にやられないように、私が夢も見ないように深く眠らせる魔法を使った。体がすっきりしてるのはそのせい」
「何もなかったからいいですけど、もしも魔族が押し入ってきたらどうなさるつもりだったのですか?」
アルさんの抗議も予想はしていたが、一応人間界に後2人しかいない闇術師2人で思案し出した結論だ。おそらく今の人間世界にこれより正しい判断はなかったと自負できる。
「……アルさんの心配は最もだけど、昨日の魔法はこの砦全域を対象とした悪夢の魔法だった。少なくともフォンやルドが悪夢に落ちて、私が眠りそうになるくらいには強力な魔法。多分踏み入れたら対魔力がそれなりに高い魔族でも容易に悪夢にはまりこむほどの術だった」
「術の範囲を考慮しても、中位層に当たるデモンプリースト数体掛かりでの発動だと思う。連中が共同しことに当たると言うことは、おそらく上位存在のアークデーモンがいる。まだ仮説だけどな」
「だったらそんな奴日中の内に私が探し出して――!」
「だから早まるな、ちょっと待て。そもそもアークデーモンならこの砦の見張りの塔でも上層階の会議室でも突入し得るだけの飛行能力も強靭さも魔力もあるんだ。そんな奴がちまちまとヒトに悪夢を見せて精神を削ろうとしていること自体が既におかしいだろ?」
少なくとも強大な力と魔力で敵対するもの全てを平らげ、敗者の心身を魂魄も骨の一片も残らず食らいつくすのが奴ら悪魔だった。
状況証拠から考えてアークデーモンがいる。だが手段はアークデーモンのそれではない。この食い違いは一体何なんだ?
「おかしいからと言って、どうするつもりですか? 悠長に待ってる間も民は魔物と魔族の暴威に怯え、ノトスでは今日も冒険者が死ぬんですよ?」
似合わずも皮肉っぽくそう言うルドの苛立ちも理解出来ないことはない。ただ意図も戦力も読めない相手に正面から殴り込みを掛けるのはリスクが高すぎる。
「ルド、それに関してはここで俺たち誰かが勇み足で倒れても同じことだ。お前とアルさんがギルドでメンバーを募集したとき他に受諾する奴がいたか? ギルドは人員集めて送るとは言ったが、あくまで冒険者の寄り合いをまとめるギルドに依頼を強制的に割り振る強権はない。ここにいる俺たちが倒れれば、他に誰もお前の故郷を守ってくれはしない」
「それは……。分かってますよ……」
「それならまずやるべきは下っ端の群れを散らすことじゃない。敵の目論見の看破と、攻撃先の選定だ。これが出来なきゃ幾ら雑魚を倒しても次から次へと湧いてくる以上意味がない」
デーモンの生態は未だ解明されていないことの方が多いが、一部の冒険者たちの報告の中で厳密な階層管理がされたコミュニティを形成することと、上位存在の命令には絶対順守ということだけは認知されている。もっとも知っている冒険者はそこまで多くはないが。
「それから、これは俺の仮説だが、ノトス近郊で最近起きている人拐いもデーモンの息の掛かった仕業なんじゃないかと思う。肉体損傷なく人を死に至らしめるとしたらおそらく闇術の術者の仕業の線が濃厚だと思う」
「つまりデーモンがこの砦の人間の精神を摩耗させて肉体を生かしたまま確保しようとしていると? 今ノトスで起こっていた冒険者を狙った人攫いもこの戦も魔族にとって目指すところは同じということですか?」
アルさんの察しが良くて助かる。分かっている2つの事柄の共通点は殺された形跡や、見つかった遺体にも戦闘痕がなかったという話だ。
「確証はないけどな。それでも死因不明で転がっていたという死体の話も気掛かりだったし、敵に何かしらの目論見があってこの状況を作り上げているようにしか思えない。全く関係はないのかもしれないが、何も関係ないというにはここのところのノトス近辺では変わったことばっかり起きてる」
実際オーガを先頭に立てて損傷無視の強行攻撃を掛けられれば、俺たちが到着した時点で既に砦は陥落していただろうという士気だった。
ノトスの常備軍をここまで完封に近い追い込みを掛けられるような何者かを頭に頂いて、その締めがただ人を弱らせるだけ――というのはやはり何かおかしい。
「フォンさん、それであってもボクは日中の敵が闇術の本領を発揮できない間に主だったデーモンを倒せばいいと思います! そいつ1匹片付けることでリンスレット領に寄って来る脅威が排除出来るなら、ボクはそうした方が絶対に良いと思います! 迷惑は掛けません、たとえ刺し違えてもボクは人々を守りたいです!」
「……勇ましいのは結構だが、保留」
「お嬢様……」
「……無謀な正義に脳筋理論ね」
豊かな胸を鋼の鎧の胸当てに押し込んで言い放ったルドに、三者三様の呆れが跳ね返る。ことはそこまで単純ではないと分かってるのかなあ……。
「脳筋上等だよ。待ちに尽くして皆を脅威にさらして自分たちもジリ貧に陥るよりは!」
「……貧しいとか言うな」
リースがぼそりと呟くが、ルドが貧しいとか口にすることがそんなに気に障ったんだろうか。
「ふぉんうるさい。れでぃにそういうことを言うのは失礼」
少し眠そうにリースがそう言うが、既に日も上り闇の加護が弱まって来たというのに、さらっと俺の頭の中を浚いやがったな。
とはいえここでリースとリースのぺったんこについて押し問答しても仕方ない。ルドに向き直り、諭すとしよう。
「ルドは確かに強いけど、敵の数も狙いも未知数だ。下手をしたら出て行ったところを物量任せの孤立無援にされて、ルドやアルさんあたりを囮に使われる可能性もある以上、俺は絶対に賛成出来ない。それにリースはともかく俺は術の使用数がなあ……」
どうしても俺には術の使用回数の制限がある。雷属性は触媒がないし、当該術での実戦経験もそこまで豊富ではない。
「もしかして、私たちはこの砦に閉じ込められたのでしょうか?」
「確証はないけどもしかしたらそうなのかもしれない」
最初の会敵で俺たちはリースの広域魔法もあってゴブリンやオーガの群れを殲滅して砦に入ることが出来た。
会敵が日中だったこともあるがその時点ではデーモンはおらず、おそらくB級相当の数人からなる少数パーティーでも包囲を突破することは出来ただろう。その後夕暮れと共に再包囲した際には敢えてデーモンを俺たちの目の届くところに晒して来た。森に貼り付くような布陣であればそう簡単に見つかりはしなかっただろうが、あの3体のレッサーデーモンは遠眼鏡を使えば加護の切れたリースにも見つかるようなところにいた。
思い返してみればそれも変だ。なら敢えて姿を見せた? それこそ何のために?
「……フォン、何か考え事?」
「考えてたけど、太陽が昇って来たせいで集中力持たなくなってきた……。俺も眠い……」
日光で加護を失った以上、俺もそろそろ眠気が限界だ。日光に目も体も心も焼かれそうになりながら俺は既に質問投げっぱなしで寝息を立て始めていたリースを伴って立ち上がる。
「とりあえずルド、隊長たちがどういうつもりか会議で話を聞いて来てくれないか? 俺とリースは今から少し寝る」
「分かりました。お嬢様は私が抑えます」
「アルさんお願いします。……ルド、無茶なことだけはするな。俺はパーティーは誰も死なせないし、お前の故郷も絶対に守るから、軽率な行動だけはするんじゃねえぞ?」
それは母がくれた俺の行動の指針だ。曰く『仲間を守り、人々を守る』
そう唱えて努力すれば精霊様は見てくれていると、母は言っていた。もう母の声すら覚えていないのに、その言葉だけが今魔王への復讐を掲げる俺を支えていた。
歪な想いだと分かっている。それでも俺は――




