第21話 2人きりの闇の中で
前回のあらすじ:悪夢から覚めました。リースとフォンの力量差は中々深刻です
ベンチに座った俺の太ももに頭を預けて、リースは少しだけ機嫌が良さそうだ。疲れていたという割には、今からもう一戦くらい出来そうなくらいには余力がありそうに見えるんだけどな。
「固い膝で悪いな」
「……岩でも木でも枕にする私にはむしろ柔らかい。ふわふわ」
実際俺やリースは勇者のパーティーにいた時も属性を利用して2人だけ夜間の哨戒がてらテントの外とかざらにあったからな……。まあ普段は加護のおかげでそこまで眠くなることもなかったが。
「…………またこんな事が出来るなら、生きててよかった」
思いがけず懐かしい気分になった俺に、リースが吐き出すようにそう言った。
「大袈裟だな――とは言えないか。俺たちの場合」
俺もその言葉を重く受け止めざるを得ない。リースから一応勇者が彼女に何をしたかは聴いている。アイツが常々リースが彼女のお母さんから受け継いだというこの世の至宝の存在を気にしていたことは知っていたが、そこまでの凶行に及ぶとは俺も思ってはいなかった。なんだかんだ、勇者らしく振舞うことくらいはすると。そう信じてしまっていた。
「……私は加護でフォンよりも夜は眠くなりにくいけど、それだけに朝が近づいてくると考えちゃう。ここで眠って、また起きることがあるのかなって――実はこうしてフォンが傍にいるのも私が死に際に見てる都合のいい夢なんじゃないかって」
「安心しろ。俺はお前の傍にいる。どうせ俺の行くところもお前の傍以外にねえよ」
少なくともあの世以外にはな。
――いや駄目だな。どうしてもキャラ的な問題なのか、俺たちが揃うと暗いことばっかり考えてしまう。もっと楽しいことはないだろうか?
「なあ、リースは将来の夢ってあるか?」
「……なんでそんなこと急に聴くの?」
「ただ何となく気になっただけだよ」
「……なんか誤魔化そうとしてる。なんでそんなことを今訊くの?」
リースが小首を傾げて俺にそう訊き返してくる。なんでと言われても、正直に言ってしまえば、ただ話を変えたかっただけだけどさ。
「いや、俺の旅って所詮復讐の旅だからさ、魔王に一太刀浴びせられたらもう他のことは正直どうでもいいと思ってたんだ。でもリースは……。こんな決死行前提な旅に付き合ってくれているリースはこの旅が終わったらどうするのかなって」
俺の旅の目的なんて徹頭徹尾自己満足のための旅だ。そして、話を切り替えたところで結局後ろ向きな言葉しか出てこないあたり、やっぱり俺の話術は駄目駄目だな。吐き気はするがクージスの爪の垢でも飲んだ方が良いのかもしれない。
「……私は、人気のない場所で静かに暮らしたい。今流行りのスローライフって奴」
「晴耕雨読で非効率でも心豊かに生きる……か。俺たちに一番足りてないことかもな」
俺はずっと魔王に焼かれた故郷と両親、初恋の女の子の敵討ちのためだけに剣を振るって来た。リースは勇者の武器として育てられた正真正銘の人造兵器だ。心が豊かなんて望むべくもなかった。
「……石を投げられる心配もなく、ただ大事な人とのんびり心豊かに過ごせたら、他には何も要らない」
「それなら魔王を倒すまでに土地の候補を見つけておかないとな」
「……うん」
「それと、お前のことを大事にしてくれる相手もな」
「うん、そういう事言うならここでフォンの魂を拘束する」
リースが小さく口を動かすと周囲の闇が一気に凝集し周囲で寝転がる兵士やルド、アルさんの姿が霞んでいく――これ空間遮断、所謂結界術だろ! 疲れた発言どこ行ったんだよ!? そしてこの結界でお前は何する気だリース!?
「ちょっと待て! 俺今何もしてないぞ!? 他の女の子になびいたりなんてしてないからな!?」
「その前の発言、明らかに別の誰かが見つかったら私から逃げて行くつもりだった……!」
「待て待て待て待て! 俺が何しようとしてるのか知ってるよな? 俺の目標は魔王だ。こんな決死行、帰って来られない可能性の方が高——」
「だったら私も一緒に死ぬ」
俺の膝に頭を預けたまま声を荒げるでも、魔力を荒立てるでもなく、ただ真っ直ぐにその言葉が俺の言い訳を貫いて来た。続ける言葉を失った俺にリースが祈る様に、溢すように言葉を紡ぐ。
「……フォンがいない時点で、私に残された選択はフォンの仇を取りに魔王を討つことか、勇者たちの裏切り者としてあの馬鹿面か別の勇者に殺されるだけ。それならせめて死ぬ時もフォンの隣がいい」
迷いも衒いもなく、リースはそう言い切る。
「フォンの全てを私が契約に基づき貰った以上、勝手に死んだりすることも禁止。文字通り、命全てを掛けて私の物になってもらう。その代わりに私の身も心も、全部フォンが好きにしていい」
「全部って……」
「言葉の通り。身も、心も、全部あげる」
リースの意図の読めない言葉に絶句しているところに、追い打ちを掛けるようにリースが小さな口を開く。
「……今、2人っきりだよ?」
闇の中に染み入るような蠱惑的な声を作ったつもりなんだろうが、びっくりするくらい棒読みだった。そう言いながらリースはローブの胸元をパタパタと煽るが、悲しいほどに扇情的な感は見られなかった。
「…………フォンもやっぱり、女の子はおっぱいあってこそだと思う?」
「別にそんなことはないと思うけど」
流石に断崖絶壁とかまな板とかその類いはちょっと寂しいと思うけどな。とはいえデカければいいと言えば別にそんな――
「そんなことあるじゃん…」
「ちょっ、リースまた人の心読んだな!? 大体なんでそんなこと……」
「……精霊様がね、やっぱりおっぱいが大事だって……」
「は、はあ…?」
……精霊様ってこの世界の生きとし生ける者全てに加護を与えてくれるあの精霊様か? 一体何のことだか要領を得ないが、まあ元々リースにはちょっと不思議なことがあるので追及するのはやめておいた。
「……きっとフォンを包み込めるくらい大きくなるから、捨てないでね」
的外れな心配事をしながら、リースはそれが本当に大事なことであるかのように縋り付いてくる。寄る辺がないのは俺もこいつも一緒だ。膝に頭を預けたリースが俺に身を寄せるだけ、俺はリースの手を強く握りしめた。
「ばーか、無駄な心配し過ぎだ。リースは笑えば可愛いんだから笑っていろよ。それだけで、俺は満足だ」
「こ、こうかな……?」
そうやって無理に笑おうとするリースの表情は飛竜に睨まれた鳥竜のような凄絶な様になっていたが、突っ込むのも野暮なので俺も作り笑いで誤魔化しておいた。
リースが心を読んでこなかったことだけが幸いだった。




