第20話 迫る魔の手
前回のあらすじ:悪夢を見ました
人心地着くとなんか急に恥ずかしくなって来て、俺はリースの身体を離した。なんというか酷く精神的に不安定になって母親に縋りつく幼子のような醜態を晒してしまったな。リース以外誰も見てはいなかったことは不幸中の幸いと言っていいか。
「悪いリース。ちょっと気が動転してた」
「……悪くはない。むしろうれ――。たまにはフォンの方から来てくれるのもいい」
良い淀んだ割には、その小さな口角はどこか優し気に緩やかなカーブを描いて上がっていた。どうやら気分を損ねたと言うことはなさそうだ。
「……それに、フォンの気分がおかしくなったのは、多分敵の攻撃のせい」
「攻撃?」
「……フォンがおかしな様子で私を呼ぶから、唇から粘膜経由で魔力を流してみたけど、私でもフォンのものでもない魔力を感じた。おそらく眠りに落とし悪夢を見せる黒霧。多分他の人たちも……」
「「「「「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」」」」」
リースが指摘するが早いか、そこら中から断末魔のような叫び声が一斉に上がる。
石造りの砦の中を反響し続ける叫び声は、果たして何人分のモノか。さっきまで槍を持ち防備のために哨戒に回っていた兵士も、槍を携え、兜を被ったまま地面に伏せていた。
微かながら薄闇の中に微かに見える黒い霧は、俺やリースが闇や影を触媒に生み出す催眠の闇霧と酷似していた。
「アルシアぁぁぁああああああああ!!」
声のする方に目をやればルドがアルさんの腰に抱き付きながら涙を流して絶叫していた。
確かに世界が夜の帳に包まれている今ルドの加護の力は大きく下がる。だがそれにしても光の加護持ちがあっさりと落ちすぎだろ。俺も人のこと言えないけど。
「……私は落とされるところまで行かなかったけど、眠気くらいはあった」
「アルさんはともかく、闇術耐性のあるルドや『精神攻撃耐性』のある俺やリースまで眠らせるって相当な術の強さだな……」
「……私も闇術で眠りかけたのは初めて」
どうやら敵の闇術使いは、俺より強く、リースと遜色ないくらいの使い手みたいだな。
昼間は物理的に砦を落としにきて、闇が深まれば闇術で中の戦力の精神を削る。幾ら防衛設備が生きていても戦うのは人間だ。その人の心を削りに来るとは悪魔の連中らしい狡猾な手だ。
「……規模的に術者は複数人で、この砦全体に掛けられてる」
「術者が複数ということは、実際に術をやっているのはデモンプリーストあたりとして――いるな。アークデーモンクラスが」
デーモンの社会には明らかな階層の差があり、かつ上からの命がない限り積極的な『共闘』という形をとることがない。中位層であるデモンプリーストが複数人で『協力』して術を行使しているとしたら、その『協力』を命じた更に上位存在のデーモンがいることは想像に難くない。
「ところでルドとアルさんどうするんだ? 2人ともまともに術に落ちてるけど」
「……放置で。一応解除方法はあるけど、やりたくない」
「この状況下でそんなこと言ってられないだろ?」
いうなれば今パーティーの可動状況は2/4だ。傷こそないが戦力的には半壊していると言ってもいい。まあ夜中に加護の働かないルドと戦闘が不得手なアルさんを起こしても無駄かもしれないけど。
「……起こすだけなら私がやったように粘膜経由で魔力を伝えればいい。闇か光の魔力ならそんなに力も要らない。でも私の唇はフォン専用なので、出来ればしたくない。ましてあんな光の精霊に愛されまくっている子とその従者なんて」
なんという嫌いっぷり……。多少リースの態度は軟化したと思ったのに、全然そんなことなかったみたいだな。やっぱり属性の不一致による気性の差ってあるのか。
「……ただこの場でフォンと私以外に解術出来る人はいない。これは困った」
「まあ、確かに困るな。朝までみんな悪夢で悲鳴を上げ続けることは俺も聴いてて辛い」
「……でもフォンが解術するにはフォンがルドやその他大勢と唇を合わせなきゃいけない。契約を踏まえて私はそれを看過出来ない。でも私がやるのもなんか嫌だ」
「困った時はお互い様だろ?」
「……私は困ることはないし、困ったらフォンが助けてくれる。少なくともフォン以外に困った私を助けてくれた人はいない」
まるで虐待を受けた野良猫のような壁の作り方だな。とはいえリースの場合はほぼその境遇そのままか。
実際本当の俺たちの姿を見て、受け入れてくれる人間なんてお互い以外にいるんだろうかと、俺もたまに考えることがあるくらいだ。
応えあぐねた俺に、リースがもう1つと前置きして続ける。
「……第3の選択肢として、眠りに落とす闇術を重ねがけして安らかに朝まで眠らせて朝日で術が解けるのを待つ。どうせ砦全体を覆うだけの強力な術が発動している今、魔族が侵入して来ることはないはず」
「オッケー、それで行かせてもらうよ」
リースの助言に感謝し、頭を撫でると少しだけ俺の手の方に頭を摺り寄せて来た。なんかそんなところも猫っぽいな。
さて、発動範囲は砦全体と広いが幸い今は真夜中だ。触媒に不足はなし。俺でも力量的に不足はないだろう。
「暗き闇に安堵を求め眠りに落ちよ、闇術――暗夜の帳!」
石造りの砦の中、採光窓からの差し込みもない今ならおそらくこの砦の全体に術を掛けることも可能だろう。対象を眠りに落とす黒霧は俺の周囲から生じ、砦全体に広がっていく。
だが待てども悪夢を見ている人々の悲鳴は収まらない。固い石の内壁を反響し地獄の底の阿鼻叫喚のように木霊し続ける。この状況、考えられるとしたら……。
「術が弾かれた? こんなことあるのかよ……」
「……魔族の魔法は人間とは体系が違う。今回はフォンの運が悪かっただけ。ヒトに魔族の魔法が破れないこともあれば、その逆もあるからヒトは今日まで魔族に滅ぼされてないんだから」
そう言いながらリースは魔力を練り上げていた。どうやら助け船を出してくれるらしい。俺が毎回修行修行とうるさいから最初の1回は譲ってくれたんだろうか?
「……フォンが出来ないなら私がやるわ。眠りなさい――褥の帳」
俺よりも更に詠唱を短縮した術だというのに、桁が違うほどに濃密な魔力を宿した黒霧が砦の中を駆け抜けていく。闇が去った後にはただ眠りこける人だけが残っていた。
ただしルドに関しては掛かりが悪かったのかずっとアルさんの名前を呼びながらアルさんの胸元に頬ずりしていたけど。ま、いいか。俺は困らないし。
「ありがとうリース」
「私は契約の2条に従っただけ。ルドにならともかく、フォンからお礼を言われる筋合いはない」
「それでもありがとう」
リースは本来誰かが叫んでいようが泣いていようが無視出来てしまうメンタルの持ち主だ。それは彼女の生まれがそうさせている部分もあるし、勇者の武器として育てられた環境もある。こうして砦内の人々を敵の術から守るなんてこと、きっと俺が望まなければリースとしてはやる義理もなかっただろう。
だからだろう。少しだけ眠そうに目を擦りながらも言葉には出ない『労って』オーラを小さな体から発して近付いてくる。
「……朝日が昇るまでこの砦に掛けられた術は解けない。つまり私とフォン以外誰も起きない。魔族も入ってこられない」
「そうみたいだな。砦に近付いてくる気配もない」
「……結構たくさん魔力を使ったせいで、私も敵の術の影響を受けたみたい。ほんの少しだけど眠い」
確かに夜中のリースにしては珍しく、少しだけ目がとろんと、虚ろになり掛けている。
「……さっきのお礼が言葉だけじゃないなら」
リースの頭が俺の肩にもたれかかってくる。フードから解放された小さな頭が俺の肩に当たり、腕に、指先に闇を閉じ込めたような漆黒の髪が流れる。
「……ふぉんに、ひざまくらを、ようきゅうします」
真っ赤な顔でそんな可愛い要求をしてきた。




