第18話 魔族と夕闇の訪れ
前回のあらすじ:魔王の契約からは逃れられない
砦に入ってしばらくは平穏だったが、案の定日没と共に奴らは戻って来た。木々や長く伸びた草の影から這い出てくる小鬼。夕闇を背負いその身を赤黒く染めた大鬼。そして昼間にはいなかった黒く、ねじくれた1対の角と小さな翼を持つソレ。
「あれは、デーモン……?」
「そんなことだろうと思った」
日が落ちて来たことでルドも光の加護が弱まって来たか、目を凝らしている様子ながら敵を十分視認出来てはいないらしい。その分今は俺やリースの方が双眼鏡を使わなくても目が利く状態だ。
「……フォンはここまで予想してたの?」
「そりゃ何年も魔王の軍を防いでいた精強なノトスの軍で対応出来ずに冒険者ギルドに派兵依頼を出してたくらいなんだ。何か普通じゃないことが起きてることは予想してた。デーモンが出てくるとまではこの目で見るまで思っていなかったけどさ」
どこからともなく現れ、周辺を警戒しているのは頭が山羊に似た3体のレッサーデーモンだが、奴ら下級デーモンは基本単独では動かない。指揮役の中級以上のデーモンの指揮でしか動かないのだから、必然的にこの戦場には中級以上のデーモンがいることになる。
デーモンの中級レベルというと、ヒトで言えばB級下位相当くらいの強さか。少なくとも夜間の俺がサシでやり合って負けることはないだろうが、あくまで最低が中級というだけ。下っ端レベルを数体見ただけで組織の規模が分かるほどデーモンというのは容易い相手ではない。
「……下級も中級も関係ない。みんな蒸発しちゃえば一緒」
「まてリース、早まるな。敵はアレで終わりじゃない」
「……先手必勝。大丈夫、私が全部殲滅する」
「もしそれで上位のデーモンに魔力の切れたタイミングを襲われたら俺じゃ庇いきれないかもしれない。リースは強いけど、無敵じゃないんだからな?」
リースは卓越した魔法使いだが、一度魔力を全解放して放てば2発目には時間が掛かるし、肉体は俺もリースも基本的に人間のそれの枠を出ない。いるかは分からないが、上位のアークデーモンなんかの一撃などまともに喰らえばどうなるものか分かったものではない。
今は3匹のレッサーデーモン以外情報はない以上、アークデーモンクラスはいるかもしれないしいないかもしれない、か。判断が難しいな。
「打つ手に困るところだな」
「敵が無警戒の内に砦を打って出て損害与えて即撤収というのはどうでしょう?」
「アルは甘い、頭を落として指揮系統壊滅させるくらいじゃないと!」
アルさんの作戦は砦の防衛能力的に無理があるかなと思ったが、ルドはそれに輪をかけて無理なことを言って来たな。レッサーデーモンは1体姿が確認できれば10体は近隣に潜んでいると言われるほど頭数を揃えられる存在だ。対象首を取ろうと本陣突撃を行えばまず間違いなく完全包囲を食らうだろう。
レッサーデーモン単独での戦闘能力など武装したゴブリンに毛が生えた程度のものだが、総攻撃になれば我が身可愛さに味方を犠牲にするゴブリンと違い、服従するデーモンの命だけに従い躊躇いのない総攻撃が出来てしまう連中だ。
「敵が一体どれだけいるか分からない以上、2人の作戦は却下だ。それに隊長さん方から負傷した隊を再編する都合で俺たちだけで夜間の下層防備に当たって欲しいと依頼が来たからな」
「……フォン、それ体のいい犠牲駒扱いなんじゃ」
「問題ない、侵入経路を限定出来ている以上、アークデーモンでもオーガチーフでも何でも来いってんだ。どいつが来ようが魔王より強いってことはないんだからよ」
オーガ達を力でまとめ上げるというオーガチーフも、デーモンの統率者であるアークデーモンも、強いには強いといったところであって、生来最強の魔王や勇者に勝ることはない。
「……焦りは禁物。あの馬鹿面のところにいた時よりも今のフォンは焦ってる」
「俺は大丈夫だ。冷静に戦力を比較して勝てるから来いって言ってるだけだって、分かってるだろ?」
「………勝てる、とは思う。でもフォンが思うほど楽ではないと思うから、私はフォンが重傷を負うような戦いを敢えてするようなことはしてほしくない」
これが他の奴の言うことならまだしも、リースの言うことだけにおそらく俺の主観よりも冷静な戦力分析が出来ているだろう。それでも、やっぱり俺個人の意思としてはアルさんやルドの言うような打って出ることをしたいのが実情だ。
地を虫のように這いずり回り何かを探しているようなレッサーデーモンたちを強襲して討ち取ってやりたくなるが、ここは我慢するしかない。リースに我慢させた手前、俺が勝手に飛び出す訳にはいかない。
「……フォン、無理しなくてもいい。フォンが行きたいなら私はいつでもサポートする」
「いや、いい。ここでレッサーデーモン憎さで釣られてヘマしたら、ルドにどんな顔して指導すればいいんだよ」
「きこえてますよーだ。どうせもう指導されるようなヘマは踏みませんよー!」
リースに話していたつもりだがどうやらルドにも聞こえてしまったらしい。松明の明かりだけではルドはもう加護も弱まっているはずだし、思ったより大きな声を出していたみたいだな。
それにしても、ますます奴らの目的が分からなくなってきたな。そもそも人よりも魔物・魔族が強くなる日没に戦場にヒトが出歩くことなどない。扉を固く閉ざし、侵入する外敵を殲滅するためだけの兵力を残して交代で休息を取るのが常だというのに、あの動き。奴らは明らかに砦の外で何かを探していた。
「リース、今は絶対に仕掛けるなよ。相手の目的が広範囲の遠隔魔法を使えるお前である可能性も否定できないんだからな」
「……分かった。フォンの後ろに隠れてる」
そう言ってリースは俺の背中に吐息が掛かるほどの距離――というか俺の背中に甲虫の如く貼り付いて来た。
相変わらず体重を掛けられているのに軽いな。さっきの大出力の遠隔魔法でまた身を削ったせいだろうか。元が軽すぎていまいち分からないけどさ。
現状一番狙われている可能性が高いのは遠遠距離の遠隔魔法が使えて広域殲滅能力もあるリースか……? 人間同士の戦争であれば地方領主の娘であるところのルドは身代金目的に狙わるかもしれないが相手は魔族。その可能性は低いだろう。もしくは他に何か探している存在があるのか……。魔族や魔物の思考というのは度し難いな。
「……お嬢様は何をされているのですか?」
「……なんかあの子がすっごい満足そうな顔してたからやってみたくなっただけ」
思案を止めて声のする方を見ると、ランタンをかざすアルさんの背中にルドが張り付いていた。メイド服の少女というにはややとうが立つ女性に抱き付く鎧姿の少女。どう見ても異様な光景だが、きっとこちらも人のことは言えないくらい異様な光景を晒していると思うので敢えて言葉に出すのはやめた。
まるで「しょうがないですね」とでもいうようにアルさんが肩を竦めたので、俺としてもそれに頷くだけにとどめておく。
太古の土魔法で作られたという重厚な石造りの大扉とはいえ、壁を1枚挟んで向こうが敵地だというのに、なんと緊張感のないパーティーなんだろうな。
とはいえパーティーで行動するといつも置いてきぼりになりそうであっぷあっぷしていた俺には、この余裕が良いものなのか危険な物なのか、いまいち判別がつかなかった。




