第17話 ヘタレ魔王少女は意地でも逃げない
前回のあらすじ:ルドの迂闊さで危ない目にあったかと思ったら、リースの攻撃でそんなもの目じゃないくらい危ない目にあいました。
包囲網を一旦取り去り砦に入った俺たちを迎えたのは満身創痍のノトス王国の兵士たちだった。見たところ傷は少ないが表情は暗く予想通り士気は低くこれ以上の長期戦には耐えられないだろうという有様だ。どうやら俺たちの判断は間違っていなかったらしい。
砦の中を兵士に案内され、俺たちは隊長たちの集まる会議室に通されたがどうやらルドやアルが顔なじみだったらしく、面通し自体はスムーズに終わった。まあヒトに擬態する魔族なんて確認されてないし、煩わしさが緩和されるのは望むところだが。
「……緊張した。やっぱり人が多いところは苦手」
「だな」
会議室を後にしたリースも砦を行き交う兵士と同じくらい満身創痍になっていた。とはいえ俺も表情に出さないように努めているだけで多分リースと同じくらい疲れているだろうけどさ。なんせ俺もリースもこの戦況の中で闇の精霊の加護を持つ者だと知られたらどうなるか分かったものじゃない。
「リースは先に休んでてくれ。俺はちょっとルドにお説教したら行くから」
「…………分かった」
やや間が空いたがリースはそう言って去って行った。パーティーで1室使えるよう案内はされたが、果たしてリースは無事に部屋まで辿り着けるだろうか。……流石に心配しすぎか?
とはいえ今はリースのことよりも俺の後ろで項垂れているルドの問題が優先だ。悲鳴に気を取られたとはいえ、初めて魔族・魔物を相手によそ見をしてその命を危険に晒したのだ。
勿論パーティーである以上死ぬのが1人ならいいなんてことはない。何せ俺たちは運命共同体だ。大袈裟でもなく、前衛が1人欠ければ俺1人では後衛のリースとアルさんを守れない可能性は高くなる。結果誰かが自分を顧みないことでパーティー全体の首が締まっていくのだから、ルドにも少し厳しいことを言わなければならない。
「ルド、敵から目を逸らすな。俺たちがやってることは狩りじゃない。命を賭けた戦いだ」
どうやらアルが言っていたように、ルド本人の腕はそれなりに立つが戦闘経験は本当に少ないらしい。味方のピンチに気をとられて敵から注意が完全に切れるなど本来冒険者にあるまじきミスだ。
そして注意力もお粗末で戦い方も力任せで洗練されていない。未熟も良いところというのが俺の見立てだ。
「今回は俺が間に入れたからよかったが、あのままじゃ死んでたぞ?」
「傷なんてすぐに治るのに?」
「生きていればな。即死してしまえばどんな強力な加護でも働かない」
「フォンさんはなんでそんなこと知ってるの?」
それは勿論それなりな期間冒険者やっていればそれを知る機会も出来てしまうからだ。ルドが戦いに出たのはこの1,2年以内といったところか。俺は多分もう10年近く魔物を、魔族を殺して回っている。
「ルドとは年期が違うってことだ」
なんて格好つけてみたところで、実態は殺し合いをしている期間が長く、それだけ魔物と、守れなかった人の死体を積み上げてきただけだ。誇れたことではない。『未来の勇者』なんて持て囃された奴がゴブリンの不意打ちで頭を地に落ちた果実のように潰されて即死する様だって見たことがある。こうして今生きているのも偏に生き汚さと運が良かっただけだ。
「……ちなみに、あの場合の最適解はなんだったんですか?」
「目の前の敵を殲滅するか一旦距離が離せるくらいに撃退してから見ることだな。もしくはリースもいるし仲間の対応を信じてそもそも見ないというのも選択の内だ。少なくとも冒険者のパーティーというのは全員最低限自衛戦が出来る備えはあるし、アレに関しては剣を抜きもせずに叫んだアルさんも良くなかったけどな」
「アルシアのことは悪く言わないで」
少しだけ頬を膨らませてルドが抗議して来る。まあこれで当事者以外に飛び火させても後の禍根にしかならないか。
「そうだな。すまない。あくまで俺とお前の話だったな。次は上手いこと対応出来そうか?」
「ご指導、ありがとうございます。次はフォローなしでも巧くやって見せます」
そう言い前を向くルドの表情にもう迷いはなかった。切り替える力も冒険者の資質の1つだ。そう言う意味では間違いなくルドは冒険者という原石としての大きさは最高級だろう。おそらくは、俺以上に。
「そうだ、フォンさんにお礼をしないといけないですね」
そう言ってルドが胸当てを外すと乳牛を思い出させるような豊かな胸元が抑えを失いこぼれ出て来た。……いや、どうしてここで胸当てを外す必要があった?
「こんなものがお礼になるか分からないけど、今はこれしか持ってないからこれでご寛恕いただきたい。また家に帰ったら何かお礼の品を渡そう。ボクもアルも君たちに救われた」
そう言うや否や、俺の視界が真っ暗になった。なんてことは無いただ真っ直ぐ突っ込んで来たルドの速度に対応できず、彼女の胸に視界が塞がれただけだ。砦の中とはいえ、最低限の採光設備はある――日中の今この瞬間、俺とルドの戦力差は加護の違いだけで埋められ押し切られるほどだった。いや、俺が反応も出来なかったって冷静に考えてヤバイ速度だな。敵じゃなくてよかったよ。後もう1つだけ言いたいけど言えないことがある。
あーもう! 小柄なくせになんでここだけは大きいんだよ。ふかふかなんだよ!
「ほら、男の人はこういうの好きなんでしょ? お父様の書斎にもあったから、堅物な男性もこういうのには弱いって、ボクは知ってる」
「落ち着けルド! もう少し自分を大事にして!」
「なあに、ただハグしただけでボクにはなんの不利益もない。誰も損しないでしょ」
損するよ! 主に俺の命とか、魂とかそういう物が!
「じー……」
ああルドさん、魔王がこっちを見ているよ? 杖を持って三角帽子を被った胸元大平原な魔王が。口から「じー」って言ってるよあの子!
『私と一緒に来てくれるんじゃなかったの? 私の目の前で堂々と契約違反?』
あ、ヤバい。直接頭に声を刻む闇術――脳裏記帳だ。こんなもの人前で使って俺に話しかけて来る時点で相当怒ってるよ……!
「ルドはこの声が聴こえないのか?」
「そうやって話を逸らすのはなし」
リースの声を対象の脳に刻む闇術は範囲内の人に無差別に聴こえるものだ。それが聴こえないルドはおそらく加護が勝手に術を弾いているのだろう。光の加護って便利だね!
『……この間の続き、してもいいから』
「ぶっ!?」
リースが俺の頭に刻みつけたその一言に、俺の緊張の糸が切れて噴き出した。
いやいやいやいや何言って――いや、言ってないけど、何を魔法で人の頭に刻みつけてんだよ! ルドが聴こえなくてよかったかもしれないけど、他の奴がこの近辺にいたら間違いなく気付かれてたからな?
「ちょっとフォンさん口から噴き出すなんて汚い!」
「悪いルド、ちょっと離れるぞ」
チリ紙を探すふりをしてルドから離れ、曲がり角を曲がったら案の定そこには三角帽子が揺れていた。真っ平な胸元を腕で隠すように縮こまり、いつもの全身真っ黒なリースが座っていた。
「……フォンの嘘つき。5条違反」
「アレは5条違反になるのか。覚えておくよ」
俺は止めたつもりだったが、リースから見てみればあれは契約違反だったらしい。中々線引きが難しいな。
「……あの時、確かにおっぱいにでれでれしてた。男なんて一皮剥ければみんなオークだから、あのわがままおっぱいは絶対男をオークにする。フォンも例外じゃない」
「お前の頭の中では男は全員オーク予備群なのか……」
「あんなうらやま……。品の無いものがあったら男なんてみんな転ぶくせに……」
あ、やっぱりリースはぺったんこなこと気にしてるんだな。
「……フォンの嘘つき」
正直たじろぐだけの感触だったのは事実だけど、ルドの方からやってきたことについてひたすら嘘つき呼ばわりされるのは何か気に障るな……。
「嘘つき連呼しやがって……」
「……フォンの罪。言い訳不要」
「じゃあ俺が嘘つきじゃないことを、リースの身体に刻み付けて証明してやろうか?」
「……身体、に? 上等。掛かって来なさい。魔王は逃げない」
俺なりの意地悪に、リースは冗談めかして応えたが、ごくりとリースは喉をふるわせていた。見上げてくるその両目が所在無げに震えていて、口にした端からなんとなく気が咎めた。
俺の方から手を置いた肩は小さく間断なく震えていて、彼女が言葉にするほど覚悟が出来ていないのは明らかだった。
「――なんてな。怖がる女の子を手込めにする趣味はねえよ。それに今は攻撃が止んでいるとはいえ、この砦の外は魔族の軍だ。気を抜いてる暇はねえ」
「……フォンのへたれ。やるやる詐欺」
「俺がへたれなら肩震わせてるリースだって似たようなもんじゃねえか」
「……似た者同士。ちょっとうれしい」
やっぱり俺とリースって似た者同士なのかもしれないな。ルドもいい子なんだが、落ち着けるのはリースと居るときだ。これも同じ精霊の加護を持つ者同士の波長によるものなのかな。リースも俺もお互い以外の闇の加護を持つ人間を見たことないから確証はないけどさ。
「フォンの指も震えてた。へたれはお互い様」
そこまで気づかれていたか。お互い相手のことには気付くくせに、自分のことへの対処は弱いんだな。まあ結局そういうところも併せて波長が合うってことなんだろうな。




