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第16話 光の中を生きる少女は

前回のあらすじ:お腹いっぱいの乙女は強靭で無敵で最強でした。

 リースの大火力、広範囲の魔法はこちらに差し向けられた敵の大多数を焼き払いはしたが、1~2割の残敵はまだこちらに向けて進行を続けていた。(リースに言わせれば俺が揺らしたせいで照準がズレたらしい)

 一度空になるまで魔力を使えば再度放つには時間が掛かる以上、たとえ人の脚で逃げても向こうは追い付けるという算段か。まあ流石に日中だろうがゴブリンごときに追い付かれはしないだろうけどな。


「オーガが4体突出してきてます!」


 俺から遠眼鏡を受け取ったアルさんが状況を伝えてくるが、既に目視で確認できる程度には敵も近付いてきている。先方は大鬼(オーガ)が4体。常人離れした筋力と戦闘を好む特性ゆえかそれなりに攻める、引くの戦術程度は心得る鬼たち。D-Cランクくらいの冒険者だけで構成されたパーティーなら全滅させてお釣りが来るだろう中々の大物だが、こっちも凡愚の集いではない。


「俺とルドが前衛だ。流石にアルさんとリースを前には出せない。2人で4体だ。やるぞ」

「フォンさんの方こそ、昼間だからってヘマしないでくださいね!」


 そう軽口を叩くルドの実力ははっきり言って未知数だ。強力な加護を身に宿していて、おそらく太陽の下まともに力をぶつけ合うような戦闘をすれば俺よりは強いだろう。

 しかしさっきまでの道のりを見るに、不意討ちへの無警戒や術理への疎さを見れば実際にどの程度戦えるのかは分からない。最悪リースが第2波の魔法を発動するまで俺が前衛全てカバーすることも考えておかないとな。


「リース、前衛は俺に任せて少し休んでおいてくれ」

「……うん、頼りにしてる」


 スルスルと俺の肩の上から降りながらリースが耳元で囁いてくる。本当に頼りにしてくれていることが伝わって来る衒いのない言葉が魔法のように耳から入り込み、妙に背筋がこそばゆかった。いや、背筋がこそばゆいのはリースが降りる直前に俺の耳を舐めたからか。


「……こんなところでべたべたと」

「お嬢様見てはいけません」


 なんかルドとアルさんからは非難の声が上がっているが、リースのやることに一々ツッコミを入れていたら敵がやって来るどころか日が暮れてしまう。無視してさっさと背に負った鞘を払い片手剣というには長く、両手剣というには短い愛剣を抜き出す。

 水も大量にストックしてきたことだし、修行がてらリースの真似でもしてみるか。


「魔の気よ退け、水の帳を以て災厄を断つ。俺の属する世界の全てを守るために」


 身体を満たすのは濃密な水の魔力。流石に魔術書通りの詠唱など全文覚えてはいない我流の魔法だし、類似の術を見たのもリースが使った1度しかないが、俺の打倒しなければならない相手を考えたら必ず必要になる術だ。

 限界まで束ね、練り上げた魔力を視野前面に流し込み、領域にオーガ4体が侵入したことを視認し、発動させる。


「水術――水牢血界!」


 大気に放たれた魔力に水という触媒が与えられたことで天幕のように体積を増した水が先行する魔物の群れを捉え、捕まえた! 

 ……捕まえたはずなんだが、オーガを阻んだ水の壁は4体の全身でぶちかましてくるような体当たりを食らいほぼ間を置くことなく突破された。


「……あれ? 確かに発動したのに……」


 結界術は只の盾の術とは違う。完成すれば空間を遮断して対象を別次元に隔離し閉じ込めることも出来だけの術だ。


「……触媒の純度も、魔力も足りてない。しかもわざわざ遠隔魔法なんかで発動するから」


 リースがメッチャ駄目出ししてくる……。実際駄目な魔法だったことは否定出来ないが、敵前でやることか?


「……完全な強度不足」

「フォンさんのアホ―! ヘマしないでって直前に言ったのにー!」


 ルドは叫ぶが、駄目だったものは仕方ない。中堅どころのパーティーならオーガ4体の初撃で崩され壊滅することもあるだろうが、あくまで俺は剣で身を立ててA級に至った“元”紫水の剣士だ。

 振り下ろされたオーガの地面を打ち砕く拳を避けつつ、その拳の小指から上腕を切先で裂く。オーガも所詮大小の差はあれ人型(マンシルエット)魔族だ。初撃に使う利き手を握ることも出来ないほどに傷みつければ攻撃力は大幅に減少する。

 怯んだ隙を見て足元に潜り込むように踏み込み、渾身の一太刀で右膝を断ち切り、地に落ちたその不細工な頭部のすぐ下、頸部にバスタードソードを突き立て、絶命させる。

 再生力が高いオーガとて、四肢に指示を出すためには肉体に首が着いていなければならないことは確認されている以上、これで1体無力化した。首を貫いた剣を捩じり、その頭を球蹴り遊びのように接近して来る1体に蹴りつける。


「ちょっ! フォンさん早すぎじゃないですか!? 何でそんなに冷静に1体殺ってるんですか!?」


 自分も1体のオーガを相手取りながらフォンが叫んでくる。なおルドは真正面からオーガの振り下ろした拳を鉄板そのものの剣身で受け止めていた。可愛い顔してなんて脳筋な戦い方だよ……。


「こいつで――どうだ!」


 そんな彼女の1体目討伐もあっけないものだった。最後は大上段に振り被ったところからの全力で振り下ろした一刀を前に、頭を守った両腕ごと頭を丸々叩き潰され、オーガは血溜まりに伏せた。これで後2体。

 次の犠牲者となる1体に目星を付けて、俺は駆け出した。蹴り込まれた同胞の頭を抱えて多少の狼狽を見せるあたり“良い魔族”なのかもしれないな。もっとも良かろうが悪かろうが俺の目の前に魔族が出て来た時点で殲滅するだけだがな。


「仲間のところに逝くんだな」


 後退ろうとしたオーガの目を水術――水滴矢で潰して、悶絶する奴の首に刃を突き立てる。

 多数との戦いになる時は先頭に出て来た奴を可能な限り惨たらしく殺す。怯めば儲けもの、及び腰になった奴など幾らでも先手を得られる。もはやどちらが悪魔か分からないがそんなことを気にしていて勇者(じんがい)に追い付ける訳がない。これで、残り1体。


「きゃあぁぁぁあああ!」


 唐突に後方で悲鳴が上がる。リースじゃない、アルさんか。振り向いた先でアルさんに襲い掛かっていたこいつは――ゴブリン!? とはいえ驚く間もなくリースの放った魔法に焼かれて消し炭になっていたわけだが。

 むしろそっちよりも問題は――!


「アル!?」

「ルド! よそ見するな!」


 俺と同じようにアルさんの悲鳴に振り向いたルドの方だ。俺と違ってルドは目の前の敵への対応を疎かにしたままアルさんの方を見てしまった。オーガの目の前の彼女の身体は完全に死に体だ。

 駄目だ! 今から詠唱するには時間が足らない! 俺の魔法より早く、オーガの拳はルドの頭を地に落ちる果実のように飛び散らせるだろう。


「ッ!」


 仕方ない――舌打ち一発全詠唱破棄で影外殻(シャドウエンチャント)を発動。乏しい闇の魔力と全詠唱破棄、日中という悪条件で範囲も強度も乏しい術でしかないが、それでも小さな影の力を足元に集中して発動すれば筋力補助くらいは出来る。

 世界がスローに見えるほどの速度でルドとオーガの間に立ちはだかった俺の剣が、オーガの棍棒の一撃に弾き飛ばされた。だが当のオーガも視野外からいきなり割って入って来た闖入者に明らかに浮足立っていた。武器も失った俺ごとルドを殺りに来るか、武器を持ったルドと俺の魔法を警戒し2対1になったことを不利と判断して逃げるか。明らかに迷いがあった。

 実際体格差のままに膂力の違いは明確だ。オーガとまともに武器を打ち合わせるなんてせめてもう少し日が傾いて十分な影の面積が出来るまでは無理だろう。

もっともその程度で俺は止まらねえけどな。


「いてえじゃねえか、糞鬼(オーガ)が」


 剣は飛ばされたが、今俺のマントの裏地には30本を超える水入りのスピッツが用意してある。多少飛ばしても大丈夫だろう。闇の魔力の練り上げを中止するとすぐに影の鎧は日差しの中に霧散した。

 体の中身を入れ替えるようにすぐに水の魔力を練り上げる。後退りするには遅かったな!


「水術――水じ(ウォーターカ)」

「私のフォンに何してるの?」


 何故か背後から聞こえる怒気を孕んだ小さな声。何故か空気がチリチリと首の後ろを焼くような熱気を放っている気がするが、気のせいではないだろう。何せリースのやることだからな。


「……私のフォンに傷を付けて生きて帰れると思わないで。ただでは殺さない。貴方の罪を数える猶予くらいはあげる――燃えろ焔のアミュレット、渦巻け風のアミュレット。火焔を束ね燃え盛り、骨さえ残さず灰塵に帰せ。煉獄火焔!」


 普段怜悧な光を放っているリースの目が、明らかに濁っていた。アレは破壊衝動とかそういう類じゃないのかと思うほどに、荒々しい詠唱により魔法が発動する。

 小さな火種が地面に落ちたかと思った瞬間、世界を裂くような轟音と共に、巻き上がった青い火焔の渦が天高くまで伸びる。一瞬で巻き上がった高温の火柱の中で、多分オーガは何かを考える前に絶命し、骨さえ残さず溶け果てただろう。そして――


「リースあぶねえな! 俺まで一緒に燃やす気か!」


 咄嗟に水刃(ウォーターカッター)にしようとしていた魔力を盾に変換しなかったら俺もルドも今頃余波だけで真っ黒焦げだっただろう。俺の最強の防御術——水竜の盾が余波一撃だけで蒸発したぞ!?


「……大丈夫。最悪フォンだけは守るつもりだった」


 ……モロに直撃圏内にいたルドはどうなるんだろうな。まあ訊かないが吉か。俺やクージスが度々真っ黒になっていたことを思えば結果はほぼほぼ予測がつく。

 見やれば砦を包囲していたはずの魔族の軍勢はまるで霞か何かだったように姿を消していた。それでも大地に広がる足跡と無造作に投げ出された奴らの武器と、砦に残された戦の傷跡が奴らの存在を叫び続ける。今までの常識に照らし合わせてもあり得ないことだ。


「それにしても、撤退が妙に早いな」


 リースの攻撃力は絶大の一言に尽きる。仮に軍全体でリースを襲ってきたとしてもリースの魔力ならそれらを粗方焼き払うことが出来るだろう。

 それこそ飽和攻撃や体が着いてこなくなるまで魔力を繰り返し空にさせるような波状攻撃でもしなければリースはそうそうやられはしない。その攻撃の手立てがないから引いたのだろうが、だとしたら誰がそんなことまで判断して群を引かせた? 間違いなくゴブリンやオーガ程度の知能ではない。


「……不気味、だね」

「ああ。俺もそう思うよ」


 放心するルドとアルさんを引っ張り上げ、包囲が解除された砦に俺たちは入ることにした。正直、敵の規模も、親玉も未知数の相手だ。俺たちだけでは手が足らなくなる危険は考慮しておくべきだろう。


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