第15話 リースの大魔術
前回のあらすじ:アホの子に物を教えるって難しい。
登り切った丘の上から睥睨してみると、この世の終わりみたいな光景が飛び込んできた。
人族の最前線基地でもあるノトス王国の砦は見渡す限りの魔族に包囲され既に陥落が見えそうな状況まで追い詰められていると言ってもいい。高所に石造りの物見があっても弓矢の射撃や魔法の火線は散発的でお世辞にも士気が高いとは言えない状況だった。
「敵は、ゴブリンとオーガの混成か……?」
ゴブリンは明るい平地で戦えばさほどの脅威でもない。狡猾さはあるが闇からの奇襲が出来ない環境でのゴブリン狩り程度、慣れた冒険者には赤子の手を捻るようなものだ。ただ――
「オーガか……。あれは正直少々厄介だな」
「ボクはあれを倒したことはないなぁ……」
障害になりそうなのはオーガの方か。小山のように張り上がった筋骨隆々の身体は只人の持つ刃では一刀の下に切り伏せるのは難しいだろう。中にはあの化け物を熱したバターのように苦も無くぶった切る奴もいるにはいるが。
知ってはいるが身の丈は俺よりもかなり大きく、小柄なリースと比べれば倍くらいは大きいか。頭を落とすにせよ、足を挫かなければ難しいだろう。
「奴ら、こっちに気付いた……!」
光の精霊の加護に由来する『活性』で全身強化されているルドの目が魔族の初動を掴んだらしい。俺も持ってきた双眼鏡で確認するが、攻城戦に参加していた部隊の1部が砦に背を向けこちらに攻撃を仕掛けてきているらしい。この対応の早さからして、物見と情報伝達要員もいる。やはりただの魔物の集団ではなさそうだ。
数は――およそ100匹といったところか。依然ゴブリンとオーガ混成部隊という陣容は変わらない。それが余計に嫌な予感を加速させる。
普通ゴブリンはオーガと混成部隊なんか作らないはずだ。俺はゴブリンの専門家ではないけど、今までこんなケースを聞いたことはない。
「……お嬢様、フォンさん。心境を悪くされるとは思いますが、ここ撤退を推奨させていただきます」
「ルドはあの野蛮な奴らが怖いの?」
「大まかに見積もっても、あの戦力は1部割かれたものだけでもこちらの現戦力の25倍以上。どれだけ奮戦してもいずれこちらは力尽きます」
この真っ昼間の日差しの中でパッと見100体はいるオーガ、ゴブリン混成軍を正面から相手取るのは危険だ。
せめてこっちの戦力がC級以上の冒険者30人でもいれば対処出来るだろうが、頼みの兵力は包囲された砦の中。よってここにいる俺とリース、ルドとアルの4人でこの100体を突破して砦の兵士たちの救援に行かなくてはならないということか。
せめて夜だったら俺1人でも100体程度なら何とかなっただろうが。
「冒険者ギルドもあと6人は何とか募って送るとは言っていましたが、まずこの会敵では私たちだけで対処することになりそうです。そうなれば絶対数の差は如何ともし難いかと」
「アルさんの推測通りだが、ここで最前線である砦と常備軍を見捨てたらノトスは亡ぶ。俺たちがやるしかないだろ。それに、こんな雑兵共も散らせなくて、魔王が討てるわけがないからな」
どの道砦が陥落寸前なのは見ての通りだ。逃げればここからほど近いリンスレット領を魔族と魔物の軍団が蹂躙することは想像に易い。アルはあくまで主人であるルドの命を優先させたいのだろうが、ここまで首が締まった状態ではたとえルドが生きていたところで貴族のお嬢様には戻れなくなるだろう。
攻め込めばルドの命を危険に晒し、引けばリンスレット領は魔の手に落ちる。
「安心しろ。敵を打ち倒すことだけなら、俺もリースも慣れてる」
「……数が多いなら広域殲滅魔法で一網打尽。フォンの手は煩わせない」
「ひでえな。あくまで俺の修行でもあるって言っただろ?」
「……フォンの自己満足は好きじゃない。自分を大事にして」
「身を削って魔法をぶっ放すお前がそれを言うか」
「……しっかり食べたから大丈夫。お腹も魔力もいっぱい」
そう言って満足そうにぺったんこのお腹を撫でるリース。いとおしそうに撫でたところで中に誰かいるわけでもないのにな。
とはいえ魔力が漲るリースに倒せない物なんてこの世界にどの程度あるか。本気になればこの世界の7勇者の中の最優と言われた男を単独で沈めて見せる魔王少女は意図せずとも濃密な魔力を漂わせて立っていた。勝手を知ってる俺と、本人が強力な加護持ちで無意識にリースの魔力を断っているルドはともかく、感性が一般人寄りのアルさんは顔面蒼白だった。
「……数なんて100でも1000でも同じ。ルドとメイドさんは後ろにいて」
そうぽつりと溢してリースがルドとアルを押しのけて前に出る。丘の上から迫って来る軍勢を見て「高さが足らない」と呟いたが、呟きにしては妙に声が大きかった。
「フォン、肩車して」
「は?」
「肩車」
どうやら聞き違いではなかったらしい。でもなんでこの状況で肩車を?
「今からあれを炎術でまとめて焼き払う。炎を扱おうと思ったら風の箒は制御出来ないから、フォンの肩に乗って高さを稼ぐ」
「あれ……? ノトスに来るまで何回か空飛んだまま術を使ってたよな?
「良いから早く。こうしてる間にも迫って来てる」
リースが妙に早口で急き立ててくるが、普段戦闘中でももっとゆっくり話すよな?
まあとりあえず一度屈み、リースの足の間に頭を挟み込んでグイっとリースの小さな体を持ち上げる。2人合わせてもオーガの高さには少し足らないが、丘の上から迫る敵軍を見下ろし魔法の範囲を決定するには十分だったらしい。リースが俺の頭の上でごそごそする。おそらく懐から精霊の力を宿したアミュレット――触媒を取り出しているんだろう。
「……燃やせ焔のアミュレット。魔を焼き、邪を払え」
炎のアミュレットがリースの手元に煌々と輝く金色の火を生んだ。流石に体が密着するほどの至近距離にもなればリースの魔力が前方に拡散していく感覚が朧気程度には掴める。
渦を巻く不可視の魔力に、魔物たちが踏み込んだことを見届け、リースは俺の頭の上で練り上げた魔力を炸裂させた。
「荒れ狂え大火、紅蓮の輝きを以て、私が拒む全てを黒く染め上げ、一切を灰塵に帰せ」
リースの力量は俺が詠唱を必要とする魔法のほとんどを短縮詠唱や無詠唱で放つことが出来るほどに高い。そのリースがかなりしっかりと詠唱しているあたり、本気ということか。俺も少し反動に備えて身構えた。
俺の頭の上でリースが少し揺れたと思ったら、不機嫌そうに細い脚で俺の頭を潰すように圧してきた。……普通女の子の脚って柔らかいものなのに、何でこんな骨ばっていて痛いんだろう。
「炎術――火焔大嵐」
アミュレットから生じた金の炎を両手で包むように、リースが手を打ち鳴らす。
大気に撒かれたリースの魔力を伝い、遠景の空を深紅に染め上げるほどの爆炎と渦を巻く火柱が立ち上がった。あ、これ見覚えあるやつだ……!
「水術――水盾!」
リースの使った魔物たちを瞬間的に焼き払う一撃が大量の空気を巻き込みリースの指定した範囲の一切を焼き払うのが見えたが、次に来るのは集められた空気が四方に散る魔力を込めた熱波だ。間違いなくここは巻き込まれるのが肌で感じ取れたのですぐに詠唱を全略して盾を張ったが、それが功を奏したらしい。咄嗟の防壁でもパーティー全員負傷なくやり過ごすことが出来た。
それにしても、だ。体の周囲に魔力を漲らせて術が避けていくリースは良いとしても、俺たち3人は焦げるぞ? 重症ではないが火傷の1つは負うからな? それに加えて相手を双眼鏡で確認するようなところまで熱風の余波が吹き込んで来るなんて、一体どんな魔力の込め方したんだよ!
「……」
「……」
「……最低でも80体はやったと思う」
リースは事もなげそう言うが、ルドとアルは完全に固まっていた。無理もないか。俺だって初めてリースのこの手の魔法を見た時には意味が分からなくて固まったものだ。
「……アル、今あの子の手元で何か光ったと思ったら向こうの敵陣が燃えてたんだけど」
「……私にもそう見えましたので安心してくださいお嬢様」
実際魔力の流れまで認識してなければそう見えるのだから仕方ない。俺だってリースに触れるような距離にでもいなければ未だに察知は出来ない。
「普通魔法って触媒の形や体積を操作するものじゃないの?」
「…………フォン、説明お願い」
あ、こいつ面倒くさくなったな。それでも口下手なリースに説明させたら事故の元か。
「リースのさっきやった魔法は所謂“遠隔魔法”って奴だ」
「「遠隔魔法?」」
疑問符を挙げるルドとアルの声がハモった。なんかこうしてると主従というよりは姉妹みたいだな。
「触媒に魔力を与えるよりも先に魔力を空間に満たして発動するんだと。俺も手元から10歩分くらい遠隔で発動することは出来るが、魔力を霧散させずに高密度で空間に留めるなんて言うのは難易度が高い割にメリットが少ないんだ。だからみんな手元で魔法を発動させて操作するんだよ」
少なくともリースのように超遠距離で、しかも集団を焼き払うような真似は俺には無理だ。たとえ大量の触媒を使ってもいいところデカい水たまりを作って敵をハメるくらいが俺の限界だし、そんなことをするなら手元発動で水滴槍でも使った方が殺傷能力は遥かに高い。要はリースのような膨大な魔力がなければ使い道がない魔法体系だ。
「……フォンはそう言うけど、メリットはある。元来あの規模の魔法を手元発動したら余波で真っ黒」
「実際何回かお前の魔法でパーティー全員真っ黒になったことあったよな?」
「……忘れた」
クージスたちのパーティーを俺が追い出された要因の1つでもあるけどな。
リースが手元で発動した大炎術から俺が触媒全部使い切ってもクージスたちを余波から守り切れなかったことは、間違いなく俺の戦力外認定に一役買っただろう……。なんでだろう。泣けてくるな。
「……あとフォンが途中で揺らしたせいで少し座標がズレた。打ち漏らしがいる――ただでさえフォンはあんまり大きくないのに」
「このタイミングで失礼な奴だな!」
頭上のリースに抗議しようとしたが、リースが頭にギュッと組み付いているせいで重い! しかも迂闊にのけ反ろうものならリースの重みでひっくり返りそうだ。そんなにリースは重くないけどさ。
「……揺らさないで。落ちちゃう」
「もういいだろ降りろよ!」
「……もうちょっと」
「もう魔法使わないだろ!?」
「うーん……。そうだけどさぁ……」
どういうわけかリースは一切引き下がる様子なく俺の肩の上から降りてこない。これなんだ? たまに【魔物使い】に相棒を肩に乗せているやつがいるが、まさか俺にもそんなスキルが?
「そこのばかっぷるさんさっさと行きますよ?」
どうやら新たなスキルは目覚めていなかったらしい。そして何故かルドは呆れたような表情で俺たちのことを見ていた。




