第14話 戦場までの道
前回のあらすじ:ルドアーシア(女騎士)アリシア(メイド)が仲間になりました。乾杯直後リースが酒に負けましたがまあそれはそれってことで。
依頼書に指示された北方の砦を目指しリンスレット領を真っ直ぐ超えることにしたが、それなりに整備された平野の街道を行く者が俺たちパーティー4人だけというのは寂しい物だった。
北方に行く荷馬車に同乗させてもらえないか聴き込みをしてみたが、今や激戦区になっていると噂されるノトスの北方に行くのは命知らずか単なるバカだと言い放たれて終わってしまった。
「リンスレット領までさえ行く商人がいないなんて……」
「人間世界の最果てなんてそんなもんだ。昔はリンスレット領北方にもヒトが住んでいる開拓村が点々としてたけど、10年前の“勇者同盟”の戦闘と、魔王からの報復攻撃であらかた消えた。残っているのは交流も閉ざした天険の要害ばっかりだ」
結局人が少ないところでは商人は利益を上げられない。人がいなければおのずと商人という生き物は離れていく。そういうものだ。彼らは冒険者とは違う原理で生きている。
「リンスレット領更に北ですか……?」
「ああ、今ある人の世界の最果てから幾夜も歩き通してようやく辿り着けるくらい遠くにな。あったんだよ。10年前まで」
「今は……?」
「とっくにない。当時の勇者同盟に2柱の魔王を倒されて魔王軍同士で群雄割拠の争いをしていた魔王軍まで同盟を組んだ。その後のヒトへの報復攻撃で開拓村は亡んだ。当の勇者同盟はソーラライとミトラードで倒した魔王を晒し首にして賛辞を受けていたって話だ」
勇者というのは誰も救わない。手を差し伸べることなく火種を暴力で排除する、この世界に顕現出来ない精霊の操る暴力装置だ。憧れはあるが、人の痛みに無頓着でただ剣を振り回すだけの存在にはなりたくない。——それ以上に、光の精霊の眷属でない俺には出来ない。
「魔族の脅威はヒトから生活も、心も奪う。ルドだって身に覚えがあるだろ?」
「……うん。勿論ある」
そう口にする慈しむような笑みはきっといいところの出である彼女の出自由来のものだろう。
「魔族の脅威さえなくなればまた父上だっていつもニコニコしてる優しい父上に戻ってくれるはずなんだ。だからボクは精霊様に与えられたスキルとお父様の名誉に誓って魔族を討たなきゃいけない」
ルドの顔から笑顔が消える。育ちのよさそうな笑顔の代わりに現れたのは獰猛な野獣が舌なめずりをするような凶悪で、人間の顔では凡そ表現し得ないような言語化出来ない表情だった。
「まずはゴブリン。畑を襲い、実りを持ち出し、家畜を盗む害虫。アレに泣かされたことのない農家の人はいない。それにオーク。こっちも農作物を荒らし、女性を襲う害虫。一匹残らずボクが駆逐してやる……!」
道中から既に気炎を揚げ続けるルドは魔物に蹂躙された自分の故郷の有様を思い出したのか、魔族・魔物に対する恨み言、憎しみが堰を切ったように流れ続けていた。
そんな彼女の背中で馬鹿みたいに巨大な大剣がギラリと鈍く光を放つ。
「なあ、あのお嬢様の背中の剣はなんなんだ? 飾りか? あんなものまともに振れるのか?」
「にわかには信じがたいと思いますが、振れるんですよ。しかも片手で。お嬢様は光の精霊様に間違いなく愛されていると思います」
「……あんたの言うことだし信用するが。驚く気も起きなくなるな、光の精霊の眷属の身体能力って言うのは」
「あくまで光の精霊の加護が働く間だけですけどね」
ルドの背中に背負われた剣は、ルド本人よりも大きく、おそらく俺の背丈とそう変わらないか、あるいはそれより大きいか。 ツーハンデッドソードという意味では俺の背負っているバスタードソードも本来両手で保持することが普通だが、ルドの持つ剣は俺の武器とも比較にならない程にデカい。
長さは成人男性の身の丈ほどで刃の厚みもかなりの物だ。はっきり言って人が振り回すことを想定にいれていないだろう。こんなバカげた剣を打った奴は何を考えて作ったんだろうな。飛竜を狩るにしたってロングソード10本も使い潰せば十分。ある程度魔法も習熟しているならその半分以下でもいい。何ならリースを連れて行けば剣すら不要だ。
「きっと世が世なら勇者だったと旦那様はよく笑われていたものです」
「だろうな。俺も勇者を知ってるけど、あの子への加護の強さは多分勇者と大差ない…もしかしたら勇者以上かもしれない」
俺たちの前をリースと並んで歩くルドが豪放に大口を開けて笑ってみせる。それだけで一枚の絵画になるほどに華やかで、周囲の空気がキラキラと光って見える。
穢れの1片もない金糸のごとき髪も、肉体活性により実践を経たというのに傷1つない真珠のような肌も、まさに精霊の産み落とした特別製だ。クージスの野郎ともいい勝負だろう。
そんな彼女のスキルが【聖騎士】である理由か。仮説はあるが実態は分からないな。
「フォンさーん、アルー遅いよー!」
俺とアルさんを顧みて呼び掛けるたったそれだけの動作でさえ、ルドの周囲だけは光が踊っているように見える。ここは既に魔物の出る領域に足を踏み出しているのに、襲撃さえ予想せずに無防備にこちらを見て締まりのない笑みを浮かべるあたり、本当に実践経験が少なく幸せな人生を送ってきたらしい。
すぐ隣でリースがハリネズミか何かのようにトゲトゲとした注意力を全方向に向けているだけに、その在り方の対称性が浮き彫りになっていた。
「まあ【勇者】よりも【聖騎士】の方が向いてることもあるか……」
「フォンさんは、スキルや加護について詳しいのですか?」
「ちょっと訳ありで色々調べたからな」
ギルドの査定がA級に上がる少し前の俺は、かなりの時間を掛けてスキルの研究をしていた。
光の加護の『肉体活性』があれば、剣や己の肉体頼みでも高い戦闘力を持つことが可能かもしれないが、それは闇、水、雷といわゆるヒトの世界の『外れ3種』の加護を与えられた俺には出来ないことだった。
だからこそ俺はどのような努力をすれば魔王を打倒し得るスキルを発現させられるのか血眼になって研究書を読み漁ったが、結局『農家』に続く新たなスキルは発現しなかった。そして――
「特異スキル【勇者】については多分勇者本人たちより詳しいよ」
「そこまでですか……。【聖騎士】についても?」
「専門家ほどではないけど、この大陸で過去50年以内に発現したスキルについてはほとんど分かると思う。流石に『精霊の言葉が文字になって見える』と言われる【書庫】や【導き手】のスキルには勝てないけどさ」
――詳しくなっていかな努力を積んでも、発現しないスキルは本当に発現しないという現実も、俺は知ってしまった。
現に俺はそれだけの知識を自力で身に着けたのに、精霊はスキルという形で俺にお墨付きをくれなかった。
「良い機会なのでお嬢様に【聖騎士】のスキルについて説明していただけないでしょうか。あの子はずっと“良く分からないけどカッコいい何か”なんて認識をしているので」
アホの子かよ。つーか宝の持ち腐れだな!
「俺が知っている限り【聖騎士】のスキルは戦闘では勇者の完全下位互換だ」
「えー、ひどーい」
寄って来てぶーたれるルドだが、仕方ないだろ。比較対象はヒトを名乗ってはいるけど能力はほぼ人外のそれだ。
「戦闘ではって言っただろ。【勇者】のスキルが与えてくれるものは絶大な身体活性と勇気。そして勇気を味方に伝播させる力が大きい。そして神託の勇者は精霊直々に魔王を討つよう教唆されるらしい。だがこの教唆が曲者だ。上位存在である精霊の言葉は人間の脳を作り変えてしまう。勇者はこの際ぶっちゃけるがこの世界の精霊の手足みたいなものだ。自分の意志で動いていると思っているがその実その行動は全て精霊の制御の及ぶものになっている。【聖騎士】のメリットはそれらの楔がなく光の力が使えることだな」
「つまり、どういうこと?」
どうやら理解されなかったらしい。ちょっとアホの子が入った相手への分かりやすい簡潔な説明って難しいね。
「……あほの子だ」
リースも俺と同じような感想を抱いたらしい。ぼそりと小さく囁いたが活性された五感がそんな声さえ耳に拾わせたらしく、ルドが肩を震わせて反応した。
「アルー、この子がボクのことアホって言ったー!」
「まあまあお嬢様。さっきのフォンさんの説明で理解出来ないんじゃアホの子呼ばわりは妥当なんじゃないかと私は思いますよ?」
「アルの裏切り者ぉぉぉおおおお!!」
「……裏切りでもなく事実。受け入れて」
味方にまでアホの子呼ばわりされた末に、リースの奴が傷口にわざわざ粗塩擦りこむような真似までしやがった。
「とにかくだ、勇者の力は人類を救済することは出来るが人を助けることは出来ない。領民を助けたいと力を身に着けたからルドのスキルは【勇者】ではなく【聖騎士】だったんだろうってことだ。俺は精霊様と話は出来ないからあくまでスキル学に基づく仮説にすぎないけどな」
「とりあえず、このスキルは私が守りたい人と土地を守るために与えられたってことでいいのかな?」
「ああ、その認識でいい。それさえ理解しておけば十分だ。後は自分が何を守りたいかさえ明確にしておけばな」
スキルは人の目的を為す力として、或いは努力の成果として聖霊様から与えられるものだ。【農家】や【メイド】に状況固有の能力強化が掛かるように、【聖騎士】にも守護対象が明確化しているほど能力強化が掛かる現象が確認されている。
その点、【勇者】に付随するのは対魔王特攻だ。特定の誰かを守ることなど考えず魔王という火種を殺して救済を為す、所謂『血染めの平和』の体現者でしかない。
「何を守るか――?」
「まあ難しいことは考えず、自分の領地の人たちとアルさんを守ってやるくらいのつもりでいればいいんだよ。まずルドが守りたいのはそれだろ?」
「うん、分かった!」
実際は特定個人に絞った方がスキルの強度は上がるが、まあその辺は戦いながら追々気づけばいいだろう。予備知識のせいで混乱させかねないことは言わぬが花と判断し、のどの奥に飲み下した。1つ小さな風が吹き、俺たちパーティーを包んだ。生ぬるく心地悪い風だった。
上る丘の向こうに戦火の臭いがする。どうやらもう戦場は近くらしい。




