第10話 あったかいご飯と仲間は幸せの象徴
前回のあらすじ:食事はただの補給じゃない。そういうわけでリースのもぐもぐタイム(意味深)
流石に夜を縫ってのA級相当2人での行軍は早かった。そもそも日中が主な活動時間の光の加護保持者:勇者のパーティーと違い、俺とリースの2人だけで組めば夜通し全速力行軍が可能だ。
リースは精霊の品である『風の箒』で空を飛んでいくし、走る俺の方も闇術――知覚鈍麻で疲労感を意識の外に追い出すことが出来るし、影外殻による筋力強化も働いている。日中行軍の勇者一行では使えなかった術がフル活用出来る夜は俺たちにとって都合がよかった。
「にしてもノトス王国まで5日程度か。凄まじい速さだな」
「……フォンが頑張った。私は上から見てただけ」
地上に”降りて来た”リースはそう言うが若干首周りに汗をかいているあたり、リースにも多少の疲労はあるらしい。
たとえ精霊の残した遺物・『風の箒』であろうと魔力を練り上げることなく乗りこなすなんてことは不可能だというのに、その上リースは俺が地上を走っている間上から風術で音を拡散させる音波探知で広域警戒をしつつ闇術使用の俺の最速ペースに着いてきたのだ。
魔力を練り上げ並行して扱うことには技術が要る。水や土と言った目に見えるものはまだ行い易いが、形の見えない音を扱いながら空を飛ぶというのは大した技術だと言わざるを得ない。
「……それで、今からどうするの?」
「とりあえず、ギルドに行って依頼を確認するところからだな。何せ金がない」
「……結構魔物は狩ったのに?」
「依頼対象じゃないからどこからも金は支払われないし、遺物を売ろうにもリースが全部消し炭にしたから換金するものさえないんだよ。つーか魔物の外皮が原型さえ残さず消し炭になるとか聞いたことないんだけどな」
「……ちょっと火力が強すぎた。反省」
実際リースの術は火力が強いなんてものではなかった。炎術なら魔物が炭化するか骨さえ残さず消え、風術なら巨大な竜巻の前に石臼に擦り潰される実のように魔物が粉砕されていた。鱗や毛の一本も採取出来ない完璧な粉砕ぶりは俺たちの収入がなかったことを意味していた。
「……ねえ、フォン」
「なんだ?」
「……お腹すいた」
そう言うが早いか、リースのお腹がキュルキュルと小さく鳴いた。道中は冒険者特有の保存の利く固いパンと塩水のようなスープばかりだっただけに、安心したら身体が栄養を欲しだしたということだろう。
「オーケーオーケー。とりあえずギルド行くか」
提携している食堂ほどの規模ではないが、ギルドにも飯屋は入っている。まあ最も卓を囲んで飲むやつばっかりなので実質酒飲み場みたいなものになってはいるが、この際ご容赦願おう。
金が払えず無銭飲食沙汰になるのは御免だ。最悪その場で依頼料前払いの依頼でも受けて払うことが出来るギルド内の酒場の方が今の俺達には都合がよかった。
とりあえずギルドを目指して俺とリースはノトス王国の王都の街並みを歩いていくが、どうにも暗い。活気のなさが嫌に目立つのは多分俺の気のせいではない。魔族の攻撃にさらされた街特有の重苦しい暗さがこの街にはあった。
「……嫌な感じ。脅威もおそらくホブゴブリンやオーク程度じゃない」
「リースもやっぱり感じるか?」
耳を澄ませてみれば聞こえてくるのはため息だ。誰々が居なくなったとか、誰々の傷のない死体が森で見つかったとかそんな陰鬱な話ばかりだ。ギルドに行くまで多少遠回りして色々耳に入れてみたが、魔王軍による被害は全て人の失踪or人の殺害だった。
「……まとまり過ぎてる。魔物は個々の趣味嗜好でしか動かないはず」
「だよな。特に畜産物への盗難、略奪の被害や女性を狙った強姦がないのが妙だ」
正直解せないことだらけだ。だがこれらの被害がすべて魔物・魔族の仕業だとすれば恐ろしいことこの上ない。
魔物も魔族も個々の本能や思惑でしか動かない。基本的に他種族と協調を以て事を為すことはないし、同族同士でさえあわよくば他者を犠牲にすることを厭わない。そんな奴らが目的不明とは言え本能に逆らってことに当たっているというのだ――少なくとも警戒のレベルは1段飛ばして跳ね上がるとみて間違いないくらいだろう。
漠然とした不安が胸を締め付ける中、俺はリースを連れて、少しだけ足早にギルドを目指して歩き出した。
☆☆
どこの街でもギルドの建築様式は似たようなものだ。重い木製の扉を開けるとカウベルの軽い音がした。だが中で屯する冒険者たちの表情は軽いその音と真逆を行く沈鬱さに包まれていた。
1人の男がこちらを見て、面白くなさそうに目を逸らした。リースは睨まれるが早いか俺の背中に避難していた。まともにぶつかったら彼の骨さえ残さず殺すことが可能なのに、ヒトに対しては歯臆病なことこの上ないな。
「ちょっと買ってくるからここで座ってろ」
ギルド内の酒場スペースの適当な円卓にリースを座らせ、俺は軽く食べる物を求めて席を立った。とりあえずまずは腹を満たせるような物を買っておくか。
カウンターで適当に幾つか手ごろなところで腹を満たせる食事を買って、席に戻る。ここにも当然B級相当のウェイターがいるが、ノトスやソーラライのように中央から離れるほどに冒険者の階級も上がり、ウェイターに物事を依頼するのにチップが要る場合が増えるからだ。まあ近付かれるとリースが怖がるからというのも理由にはあるけどさ。
「ほらよ、茶と麦のミルク粥買って来たぞ」
そのままでは保存の利かない牛の乳を使った燕麦の粥は冒険で人里から離れていると中々食べられるものではない。あったかいご飯というのはそれだけで人生を豊かにしてくれるものだと俺は思ってる。
多分リースもそう思ってくれているだろう。ふにゃふにゃに蕩けそうな顔で熱いミルクがゆを「ふー、ふー」と冷ましながら食べる彼女は幸せそうだ。
「……ありがとう」
俺がノトス北方名産とかいうお茶を啜っている間に、リースは並々盛られたミルク粥をみるみる内に平らげていった。これで路銀尽きたし、早く稼がないといけないな。
リースが小さな唇をほんの少しだけ動かし、言葉を紡ぐ。
「……ここに座れて、ちょっと嬉しい」
「はあ? なんでまた」
ギルドの円卓なんて毎日腐るほど座るやつがいる。そもそも座っていない奴=俺のようなほぼ単独専門冒険者だ。リースは俺より前に勇者たちと組んでいたし座りなれていてもおかしくないような……?
「……私と勇者たちにはパーティーとしての血の通いなんてものはなかったから。勇者たちがパーティーを組みたい相手を卓に招き入れる時も私は外れてた」
「そういえば俺があいつに呼ばれたときはリースいなかったな」
「……だから、本当に私と組みたいって人とここに座れるのはちょっと――ううん、すっごく嬉しい」
そう言って黒いとんがり帽子を目深に引き下げ、小さな手の甲と併せて表情を隠そうとするが、隠れ切らないリースの耳も頬も真っ赤になっているのが見えて、俺も少しだけ顔が赤くなったと思う。




