第9話 食堂と宿屋にて
前回のあらすじ:なんだか締まらないけど旅立ちます
リースの空腹加減が限界っぽいのでとりあえずミトラード脱出前にご飯を食べることしたが、ギルドと提携を結んでいる食堂は案の定冒険者でいっぱいだった。気になって目線をやればやっぱりリースはカチコチに固まって、手と足が一緒に出る奇妙な歩法を披露していた。
「お客さん、ギルドカードの提示を」
冒険者ギルドの提携施設なので当然ギルド構成員である身分証明を求められるが、それを聞いたリースの手にギュッと力が入った。
「……私、持ってない」
「知ってるから安心しろ。はい、これでいいか?」
ギルドカード自体は単なる身分証明だ。書いてあることなど名前と階級くらいのもの、発行の手間も大したことはないが、リースは持っていないらしい。
そういえば『常闇の魔女』という2つ名も王立の魔法学院が付けたもので、冒険者ギルドは関わっていなかったっけ。
「ギルドカードはパーティー代表の1人が提示すればいいからな。クージスのところにいる時もそうしてただろ?」
「……見てなかった。そもそも私はアレが苦手」
ウェイターがギルドカードに目を通し、俺とリースは席に通された。
ここのスタッフもギルドの構成員で、ここに並み居るウェイターは全員2つ名持ちのB級以上で構成されているという人材の無駄使いの見本市だ。その中位冒険者相当の視線がまともに突き刺さっている状態で、リースは呻いていた。
「……すごく見られてる。私、ここにいていいのかな? いきなり切られたりしない?」
「大丈夫だ。俺がいる」
B級相当の冒険者となれば飛竜クラスの魔物の討伐やゴブリンの群れ単位の討伐を単身でこなせるレベルだ。不意打ちで接近戦に持ち込まれたら術者のリースには圧倒的なディスアドバンテージだけに、リースは能力的には格下の彼らを強く警戒していた。
「ソーラライでもなければ加護を理由に問答無用で攻撃されるなんてないから、安心しろよ」
「……ついさっき襲撃されたのにそんなこと言っても説得力ない」
「それは……」
「……意地悪言ってごめん。フォンを信じる」
それだけ言ってリースは黙り込んだ。結局ウェイターを呼んでオーダーを告げて料理が来るまでリースは一言も喋らなかった。
☆☆
ウェイターが料理を運んできてくれたら、その後はリースの独壇場だった。魔力は肉体と精神の力を練り上げたものである以上、魔法使いはみんな心身を擦り減らし術を使っていて、戦った後は何時だって腹ペコだ。俺も例外ではないが、一度に放つ魔力も練り上げる魔力もけた違いに大きなリースは自覚がないだけで凄まじい勢いで心身を擦り減らしている。
そんなわけで早い話、リースは大食いガールなのだ。リースの胸の高さまで机はあるが、胸から彼女の目線の高さまで皿が積みあがっていく様は壮観だった。
「……久しぶりに見たけど、よく食べるな。これで普段どうやって栄養補ってたんだよ?」
「……ご飯が食べられない時は樹液とか、蜜の出る草とか、それこそ雑草で耐えた」
「もはや粗食とか言う次元じゃねえな」
「……どうしても耐えられない時はジャイアントハニービーの巣を漁ったりした」
「魔物の巣に蜂蜜を漁りに行ったのか……」
もはや魔物の食物連鎖の一部に組み込まれてるんじゃないのか? ジャイアントハニービー自体は比較的温厚な魔物だが、巣を攻撃する相手を群れ一丸となって襲い掛かり、風術で切り刻むことさえある魔物でもある。もっともリースを倒すにはたとえ何匹集めても無駄だろうが。
「……ジャイアントハニービーの集めた蜜は甘いけど、飲んでると喉に貼り付くくらいドロドロ。野草や樹液は正直口にしてて人間でいたことを後悔した」
「……なんか、ごめん」
俺も修行でこの1年かなりそこら中を忙しなく駆け回っていたと思うが、少なくとも行動範囲がギルド支援下であったこともあり、食事の時間は充実していた。
人間には3つの欲があるというが、眠らず、飲まず食わずで戦える人間はいない。リースの冒険は相当に厳しかっただろう。
「……一緒にご飯は楽しいから、許してあげる」
「俺が抜けた後は、やっぱり街でも1人で食べてたのか?」
「……あの猫娘、ハゲ、自己主張の激しい奴と一緒に食べるくらいなら1人の方がマシ。そもそも宿に泊まっても私のご飯だけない時も結構あった」
「ごめん。謝ってもどうにかなることじゃないけど、ごめん」
「……フォンは何もしてないよ? 全部あの顔だけ野郎と猫娘のせい」
痩せているというと聞こえはいいかもしれないが、リースのそれは既に不健康の域まで入った肉付きの悪さだ。鳥ガラのようなほとんど骨と皮しかない脚といい、生白く弾力のない頬といい、勇者パーティーでの有様を知らなければ病気を疑うくらいだ。
ちなみにリースのいう猫娘というのはクージスの妹のウィルのことだ。俺が覚えている限りでは結構ブラコンな印象だったな。リースは兄妹まとめて敵視してるけど。
「……フォンも、あの猫娘みたいな肉感がある子が好き?」
「俺は別に女の子のことなんてどうでもいいよ。魔王を討つ方がよっぽど一大事だ」
「………………それなら私がいるから心配しなくていい」
「それも情けないし、俺の手で討ちたいんだけどなあ……」
「可能なら最後の一撃は譲るか、絶命した状態でトドメを刺すくらいはフォンに譲る」
そこだけ譲られても正直惨めなんだけどな。俺はこの手で魔王を討ちたいんだから。
そんなことを考えている間にもリースの前には皿が山積みになっていく。通り過ぎるウェイターの顔が引きつってるぞ。
「……フォンは食べないの?」
「もうパンも肉も食べたからいいよ。後はコーヒーさえあれば」
「……勿体ない。食べられる時に食べておかないと」
「俺にはそんな食欲ねえよ。あ、すいません。コーヒーもう一杯ください」
ミトラードの水は不味いので、ここでも飲料は基本的にコーヒーかエールだ。
流石に追手が組織されかねない状況で体にアルコールを入れるわけにもいかず、俺は不味いコーヒーを飲み続けていた。眠りを退ける作用があるとか言われているが、多分嘘だろう。胃に叩き落すように飲み続けても船を漕ぎそうな眠気は退いてくれない。
「……フォン、眠いの?」
「大丈夫だ。問題ない」
「……問題しかないように見えるけど」
そう言いながらもリースの手元は止まらない。パンを噛み締め、豆から出来たミルクを飲み、燻製された肉をモグモグし続けるリースは本当に小動物染みている。
そんなリースを眺めながら通算15杯目のコーヒーのカップを干したところでリースの食事は終わった。終わってみれば常人の3日分の食事に当たるくらいの量を1人で食べていた。
「……ごちそうさまです」
「満足できたか?」
「……満腹。これで明日から生きていけそう」
「そいつはよかった」
それに関しては偽りのない俺の本心だ。お腹を空かせている子を放っておくのは好きではない。リースが満腹で幸せそうなら、それに越したことはない。
「……それで、今からどうするの?」
「ちょっと宿で休憩してから、日が沈んでから王都を出るとしよう」
「分かった。フォンに全部任せる」
俺の眠気も限界だし、日中は俺もリースも戦闘面で全力が出せない以上、今の時間は休息に割くことがベターだと判断し、俺は食堂と同じくギルドが提携している宿に赴き、湯浴みをした後服も着ずにベッドに倒れ伏した。
意識が完全な闇に落ちる直前にリースが耳元で何か言った気がするが、何だったんだろうか」
☆☆
目が覚めると朱を塗り込めた空を闇が蹂躙し始めていた。どうやら随分と寝てしまっていたらしい。俺がベッドから跳ね起きると、リースは既に装備を整えて椅子に座って待っていた。
開拓村にいた頃によくあの子と一緒に散歩していたペットの犬に似てるな。……魔物退治まで出来るアイツが本当に犬だったのかは今となっては分からないけど。
「おはようフォン、良く寝てた」
「リースは一睡もしなかったのか?」
「……少しは寝た。寝るよりフォンの寝顔を見る方が面白かった。無防備で良かった」
「恥ずかしいからやめてくれ」
「……変なの。あのバカ勇者のところにいる時も一緒に寝てたのに」
「あのパーティーの時も宿は別々の部屋だっただろ!?」
「……そんなことはどうでもいい。それより早くしないと出る時間」
やっぱり、部屋分けるべきだったかな? もし部屋を分けたら万が一、億が一リースが襲われた時に対処がしにくくなるからということで同室を選んだが、まさか寝顔をまじまじ見られる辱めを受けるとはな。
とはいえ金銭的にも、安全面においても2人しかいないこのパーティーでは同室が優れているのが明白だ。悩みどころだな。
「40秒で支度するから先行っててくれ」
「……それくらいなら待ってる」
「いや、あの……」
「待ってる」
リースは真っ直ぐにこっちを見てそう言うが、言ってはなんだが俺は今タオルで前を隠しているだけの状態だ。湯浴みの後服すら着られずに眠りに落ちたから当たり前なんだが、その有様を直視されるのは流石に恥ずかしいものがあった。なんせ下着すら着てないんだからな。
「待ってる」
「じゃあせめて扉の向こうで待っててくれ!」
「…………ねん」
リースの口から「残念」と聞こえたような気がするが、まさかそんなことはないだろう……。きっともっと何か別の言葉を俺が聴き間違えただけだろう? なあ、リース?
「お楽しみでしたね。では行ってらっしゃい」
湯浴みをしてそのままベッドに倒れ伏して眠っていた俺が何を楽しんだのかは知らないが、なんかすっごく下種な笑顔で宿屋の受付は俺たちを送り出してくれた。ここのスタッフも半分はB級相当だし、何か思うところがあったのだろうか? 寝ていた俺には分からないけど。
「……行こうか、フォン」
「ああ。ところでリース、なんか元気良くなった?」
「ちゃんと食べて少し眠ったことが良かったと思う」
なんだかリースの頬がつやつやしているような気がしてならない。生気がなかった顔にも紅みが差しているのは良いことなんだが、食べてすぐそんなに艶やかになるか?
「なんでもないよ。なんでも」
リースは何かを誤魔化すようにそう言ったが、俺にはほかに何か言えるだけの確証がなかった。
☆☆
宿を出るとふんわりと優しい月光が降り注いでいた。空一面を柔らかく照らすような大輪の月だった。俺の隣を歩くリースが呟く。少しだけ頬が紅いが、旅中慣れない湯浴みで体調を崩したとかじゃないだろうな?
「……月が綺麗だね」
「ああ、そうだな」
月明りの夜は魔物が出にくい。こうしてリースと2人で歩いていても気配さえ微かに感じる程度に留まるほどに、魔物を遠くに感じる。
「今後も可能な限り夜に進んでいく方針で行こうと思うんだけど、どうかな」
「……特に異論はないけど、月が綺麗だね」
「? ああ、そうだな」
とりあえずリースの許可も取れたので日中に寝て夜進行する昼夜逆転生活をすることが決定したが、リースは何を言いたいのだろうか? 確かに今夜は空一面を明るく照らす銀光を湛えた美しい満月だが、反応したのに2回も同じこと繰り返すなんて。
「……フォンのばか」
何かに呆れるようにリースがそう言い放つ。流石にこれは理不尽過ぎないか? 俺が一体何をしたって言うんだ?
「……何もしないのが悪い」
「心を読むなよ! それから、何をすればよかったんだよ!?」
「……自分で考えて、それをやってくれたら許す」
リースはそう言って少しだけ口元を綻ばせたが、何をしたらいいか分からない俺は何も言わず、何もしないでおいた。あまりに締まらない旅の始まりだが、こうして俺とリースは夜の内にミトラードを脱出し、北に向かって歩き出した。




