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第8話 不帰の旅出の前に

前回のあらすじ:魔王少女にチンピラが挑んで返り討ちにあいました

 人狩(マンハンター)りの冒険者崩れを部屋に放置したまま、俺とリースは冒険者ギルドの生活科の方へ足を運んでいた。ミトラードの街中に拠点を置き続ければ、次はあの手の人狩りが何人来るか分からない以上、借りていた部屋はさっさと引き払うが吉だろう。

 生活科のカウンターに近付いて軽く会釈すると、窓口の方から凄く良く出来た接客用の笑みが返って来た。


「こんにちは落伍者さん。今日はどんなご用命で?」

「……なんでその呼び方みんな止めてくれないの? 悪意なの? 俺を苛めるとギルドから報奨金でも出るの?」

「まあまあ、2つ名はB級以上か特に人とは違う何かをした冒険者に与えられるものですから、付いていることを誇りましょうよ。それで、今日は何のご用ですか?」

「釈然としないけど……」


 元々俺がB級に上がった時に付けられた2つ名は確か『紫水の剣士』だったか。クージスにパーティーを追い出されたのはA級になってからだったし、直近のエピソードが2つ名になるということだろう。

 カウンターで俺がやり取りする間、リースはケープのフードを目深に被って俯いて俺の背中に隠れたままだった。人込みそのものであるギルドは、リースには居心地が悪いらしい。とりあえずさっさと本題を切り出そう。


「とりあえず用は2点。まず1つ目は今住んでいる部屋を引き払いたい。個人持ちの荷物なんてなかったからそのまま出ていきたいけど、さっき暴漢に押し入られて扉を壊されたからその弁償と復帰費用はコレで頼む」


 さっき襲ってきた4人組は逆さに振ってみても小銭の音もしない貧乏だったので、あいつ等に弁償させることは諦めた。俺の昨日の飛竜捕獲の報酬をそのまま渡しておく。


「流石に扉1枚変えるのにこれは多いですよ。中身全部金貨じゃないですか」

「現場検証とかであまり時間かけたくないんだ。迷惑料込ということで」


 ちんたらしていたら目が覚めた人狩りが仲間を大勢引き連れて帰って来るかもしれないからな。実際あのレベルの奴しかいないなら迎撃することは容易だろうが、数がどこまで膨れ上がるかは予想もつかない。50人は撃退出来ても100人は撃退出来ないかもしれない。

 幾ら鎮圧しても代わる代わる襲われ続けたら俺やリースでも逃げ切れない可能性がある以上、どんぶり勘定でもさっさとことを済ませてミトラードから離れるが吉だろう。


「分かりました。では一旦こちらをお預かりしておきます。お釣りは必ず返しますね」

「また俺が戻って来た時にでも頼む」


 そんなこと言ったところで、帰って来る可能性なんてほぼないと思うけどな!

 魔王討伐なんてS級の、所謂勇者でさえ殉職する戦線だ。本来A級下位如きの俺がノコノコ行っても死ぬだけだが、リースはそんな俺の力になってくれると言った。

 俺とは比較にならない強さの彼女がいれば、或いは何とかなるのかもしれないという判断で俺は動くことにした。情けない話だけどな。


「それともう1件は、最近魔族や魔物の被害が大きくなったり、変な事件が起きている地域はないか?」

「ありますよ。とびっきりのが。なんでもノトス王国のギルドで最近下位冒険者や市中の人が良く行方不明になる事件が相次いでいるそうです。向こうの支部のB級パーティー数組が調査中だそうですが、現状有益な情報は上がってきていないそうです」

「では俺もそちらの解決を目指して動くことにするよ。ありがとう」


 知りたいことは知れたので、もうここにいる理由もないか。背で硬直しているリースをいつまでもそのままにしておくのも可哀想だし、俺は身を翻してギルドの出口に足を向けた。

 身を固くして俺にズルズルと引き摺られながらリースが俺にだけ聞こえるように囁いてくる。


「……フォンのばか。受付の人にでれでれするな」

「してねえよ」

「……あれは絶対してた。受付の人、美人だったし」


 俺とリースの再びの旅立ちは、完全硬直しながら押し問答するリースを俺が引きずりながらギルドから出ていくという、なんとも締まらないものだった。


☆☆


 とりあえず背中に爪を立ててくる猫状態になったリースを伴い街に出る。

 やっぱり日の下に出ると全身黒ずくめのローブ姿に、王都で髪も目も見えないよう目深にフードを被った姿はどう見ても怪しい人だ。勿論月の下に出てもそれはそれで怪しい人に見えるのは言うまでもないが。

 今後のことを考えリースの新しい防具を購入すべきか考えていたら、リースの方から声を掛けて来た。


「……さっきのノトスの話、人助け?」

「それもあるけど俺の修行って意味が大きいな」


 俺の冒険者としての位階はA級だが実力はA級でも下位相当。まだまだ上はいる。


「強い敵とは会いたいが、魔族の領土の奥深くまで入ったら帰ることが出来なくなるかもしれないからな。人里に影響を及ぼすほどに強く、向こうの王都付近で起こっている事件なら修行にもってこいだ」


 幾らリースが手伝ってくれるとはいえ、俺の覚えている限り魔王という存在は底が窺えないほどに強大だ。

 日々魔物・魔族を撃退し続け、畑や家畜を守って来た俺の故郷の村人たちを村ごと焼いた魔王と相対するには、今の俺では役者不足だと自覚している。


「……分かった。フォンが必要だと思うなら、私はそれに従う。フォンが契約を順守してくれる限り、私は貴方の味方」

「ああ、頼むよ」


 正直、俺自身にもこれが正しいのかはよく分からない。同じ闇の精霊の眷属としてリースに同情する気持ちはある。だが闇の精霊の加護を隠せないリースの不幸を食い物にして、自分の復讐を為そうとしていることを認める気持ちもある。

 魔法学院は勇者の武器となるようリースを勇者(クージス)に同行させたが、俺も彼女をただ武器と思っているんじゃないかと、猜疑心が芽生える。


「……ごめんフォン。お腹すいた」


 やっぱり俺が考え過ぎているだけかもしれないな……。

 後方から小さなお腹をキュルキュルと鳴らしながら俺の袖を引きそう告げてくるリースは、俺の悩みが的外れに思えるほど普通の女の子だった。黒い髪と黒い瞳こそ珍しくはあるけどな。


「そうだな。とりあえず飯にするか」


 そう言いながら振り返ると、リースは俺とぶつかりそうなほど近くにいた。いや、なんでそんなに近いんだよ。前を見ていられなくなるほど腹ペコだったのか?


「……フォンも、一緒に食べてくれるよね?」


 縋るような目で見上げながら俺の手を両手で引くリースに、俺は一瞬何も言えなくなる。

 飯なんて俺にとっては1日2食当たり前にあることなのに、彼女にとってはまるでそれが特別なことのようだった。


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