第7話 1年ぶりの共同戦線
前回のあらすじ:闇属性に徹夜明けの直射日光は辛い
「別に俺は契約しても――ん?」
「……フォンも気付いた?」
囁きのようなリースの問に俺は無言で首肯する。小さな靴音と、臨戦態勢さながらの魔力の昂ぶりを感じる。
ついたった今、この長屋に入って来た人間が数人いる。ここはギルドが単身者向け賃貸で使用している都合上、複数人で入って来るということは滅多にない。ましてや戦闘時のような魔力の昂ぶりを感じさせる数名だ。決して穏便な目的ではないだろう。
「……多分3人組」
「いや、4人いる」
リースはおそらく近隣の魔力の反応数で感知しているのだろうが、微かに聞こえる足音は3人分より多いだろう。精一杯忍び足をしているつもりだろうが、間者や暗殺者のようなそれではなさそうだ。
「……先制攻撃で壁の染みにする?」
「ちょっと待て、ギルド所有の建物でそんなことをしたら俺が追放されちまう!」
「……大丈夫、私がいる」
そう言ってリースが俺の右の袖をギュッと引き寄せてくる。それやられると剣が握れないんだけどな……。まあいいか4人を相手にするならどうせ最初の激突は魔法だろうし。
扉が蹴り破られ、蝶番が外れた扉が力なく倒れた。一応ギルドに部屋借りてるの俺だからな? 修繕費は払えよ、馬鹿野郎どもが。
「間違いねえ、アッシュグレー頭の兄ちゃんにあの三角帽子のガキだ。あの目と真っ黒な髪がその証拠だ!」
「ああ、人狩りか。リースが表で話してたこと、やっぱり聞かれてたみたいだぞ。それにリースの容姿は目立つからな」
「……フォンは意地悪。容姿に関しては私にもどうにも出来ない」
部屋に入って来た男4人は、全員リースの方を見ていた。どうやら誘拐、暴力行為を請け負っているような冒険者崩れか。
「引いてくれ。話の邪魔だ」
「そいつは出来ない相談だな。闇の精霊の加護持ちはお上に突き出せば多額の報奨金がもらえるんだ。ヒトの敵が目の前にいるのに逃がす馬鹿はいねえよ」
確かにそういう国はある。西部の辺境にあるソーラライ王国なんかは国の金で買い取った闇の精霊の加護を持つ『ヒト』を、度々捕縛した『魔族』として断頭台で公開処刑を行い、隣接する魔族との戦意高揚に利用したりしているとか。まあ俺は行ける立場じゃないから噂しか知らないけどさ。
しかし大弾圧も経て人の中の闇属性の加護持ちなんて減る一方なのにまだこんな奴らがいるんだな。今日日ミトラードには俺とリースしか闇の精霊の加護を受けた奴なんていないのに。
「はぁ……。金だったらくれてやるからさっさと帰ってくれ。俺は今人生を変えかねない選択を迫られてんだよ」
さっき貰った飛竜捕獲の報酬が入った小袋を見せびらかしながらの渾身の特大ため息だったが、彼らに引く気は一切ないらしい。前衛の3人が三者三様に武器を取り出す。粗雑な作りの小振りなナイフ。おそらくこれは恐喝のためのブラフだろうな。まさかこれが本命の武器だとしたらリースを舐めているにもほどがある。
「はっ! お前をここでバラして、身包み全て頂いた上でそのガキを売り渡した方が旨みがデカいじゃねえか。お前はそんなことも分からないのかよバカが」
「人狩りの馬鹿に馬鹿って言われるとムカついてくるなあ」
「……契約してくれたら私がやるよ?」
「ちょっと保留にしてくれリース」
「うるせえな魔族が、ヒトの言葉を喋るんじゃねえよ!」
今の言葉、言った奴はリースに言ったつもりなのかもしれないが、その言葉は同じく闇の精霊の加護を持っている俺にもクリーンヒットしているからな?
「行くぜお前ら! 殺さない程度に留めろよ!」
「「「おうよ! 炎術――火球!」」」
後ろに控えた魔力を練っていない男の指示で攻撃をしてくるが、取り出した本命の触媒は火打石が3組。どうやら3人とも炎属性か。
基本3属は使い手も多いし仕方ないが、攻撃性能に優れた乱れ撃たれる火球はそれなりに厄介だ。避けることは出来るが、そうしてしまえば木造家屋全焼は免れない――とはいえ俺もリースも対炎術師はお手の物だけどな。
「火の禍よ退け、水竜の盾!」
「……火の禍よ退け、血竜の盾」
俺が懐からスピッツを抜き出し魔力の盾を作り出すのと、リースがローブ袖から取り出した銀のナイフで手の甲を切り、血液から盾を形成するタイミングはほぼ一緒だった。部屋の天井まで覆うような紅き血と透明な水の盾が、3人組の放った火球を全て飲み込み鎮火した。
こうしてリースと肩を並べて障壁の魔法を張っていると、勇者のパーティーとして潜り抜けて来た戦線を思い出す。光の加護を持つラフタや勇者の妹から遠ざかるように、リースはずっと俺の横にいたっけ。
「流石フォン、少しだけ、腕も上がってる」
「血液の一滴どころか滲む程度のごく僅かな触媒で俺と防御能力が変わらない天才がよく言うよ」
多分リースが触媒に使った血液の量は、俺が使った水の量の100分の1未満だろう。それで同等レベルの防壁が作れるということは、リースが俺と同じ量の触媒を使えば単純計算で俺の100倍以上の術が使えるということだ。
だがそれを誇ることもせず、魔力の盾で身を守りながらリースは乏しい表情に悲哀を滲ませていた。彼女の口元の微かな動きだけで分かるのは、それだけ勇者のパーティーの中で2人揃って除け者にされていた時間が長いってことだ。
「……ねぇフォン、今選んで。フォンが私を選んでくれないなら、私はいずれ彼らのような人の手に落ちる。私は人を倒すことは出来ても、餓えや病からは逃げられない。ここで彼らを全て塵にしても、行く行くは道に倒れるだけ」
闇夜のような漆黒の長い髪や黒曜石のような真っ黒な瞳は、どちらも闇の精霊の色濃い加護の下生まれた黒魔女の証だ。
どんな染料で染めてようが一昼夜の内に黒く戻る髪も、変えられない瞳の色も誤魔化せない以上、今後リースがどこを旅しても待っているのは迫害だろう。
「……そしてフォンも魔王を討つことを果たせないままただ歳を取り続ける」
「それは……。そうかもしれないな」
リースの言葉を認めるしかない。俺は非力だ。
こんな冒険者崩れの人狩りよりは強かったところで、勇者と肩を並べて魔王に挑むほどの実力はない。本懐を果たそうとしようものなら、リースと同じく道に倒れるだけだろう。
「……それは2人とも負け。でもフォンは私もフォンも幸せになる選択肢を選べる」
「本当に、そうできるのか?」
「その可能性を私はもう委ねた。後は貴方に」
少なくともリースは一緒にパーティーにいた間、人を騙そうなどとしたことはなかった。闇の精霊の眷属として忌み嫌われやすい分だけ、せめて言いがかりを付けられないよう誠実でいようと努めた結果だと俺も聴いている。
そのリースが俺も、あいつも含めて幸せになれる選択だというのだ。たった2人しかお互いを知らない闇の精霊の眷属。手を組まずに双方立ち得るほどこの世界は優しくない。
「分かったよリース。その契約謹んで結ばせていただく」
「……ありがとう。この契約術は水と闇の2重属性。よって使うには日光を遮らないといけない――フォン、もう少し私に寄って、姿勢を低くして」
言われた通りリースの腰の高さまで身を屈める。ゆったりとしたローブを身にまとっているが、キュッとベルトで締められたウエストはむやみに触れたら折れてしまいそうなくらい細いのが分かった。
どうやら俺が抜けた後も、リースの粗食、孤食は続いたらしい。やっぱり、俺がリースの力を必要とするように、リースが俺を必要としていることは本当みたいだ。胸につかえていたものがストンと胃の底まで落ち込むような少しだけ心地よい感触が、俺の心を定めた。
リースの張っていた防壁魔法――血竜の盾が消失し、盾が俺の魔法だけになる。
「……触媒が足らないからちょっと準備する。合図するまで盾は維持で」
「了解――ってリース、お前何を!?」
リースが再び銀の短刀をローブの袖から取り出し、一息ついて自らの手首を切り付けた。ボタボタと床に落ちる血液はさっき血竜の盾を使った滲むほどの血液の1000倍、2000倍いや、それ以上か。逆にリースほどの術者がこれだけの血を流さなきゃ使えない魔法って――!
「……触媒の質量が足らなかったから手首を切って触媒の量を増やした。もう傷口は止めたから問題ない」
「触媒だったら俺の水もあったのに」
「……血液自体が魔力を通して操り易いから、私はこれでいい。今から私が結界を発動するから術を解いて」
そう言うとリースは小さな唇を素早く動かして詠唱を開始した。聞き取れはしないが、かなりの長さだ。力量があれば短縮詠唱や無詠唱でも術は使える。そんなリースが全文詠唱を要する術は、俺も初めて見るぞ。
「……火の禍を退け私の属する世界の全てを守り閉ざせ――血牢血界」
リースが詠唱を終えた瞬間、俺の目の前に赤黒いヴェールのようなものが掛けられた。散々炸裂していた火球の音や水竜の盾にぶつかって上がっていた蒸気の音も聞こえてこない、世界の一切から切り離されたような感じ。だが周囲一帯から濃密な魔力だけは感じる異様な空気。
これが敵対者のものだとしたら、俺は既に圧殺されていようだけの圧倒的な魔力だった。これは一体――?
「リース、何だよこの出鱈目な出力の魔法は」
「空間を遮断する結界魔法――魔力をどんどん持って行かれるから、指示に従って」
正直リースが何を言っているか良く分からないけど、もう強引に納得するしかないだろう。確かに盾の魔法の最上位に空間を閉ざす絶対の物理障壁の魔法はあったが、本当に見ることになるとは思わなかった。
「分かった。それで、何をすればいい?」
「フォン、スクロールを持って」
「了解。持ってるぞ」
「じゃあ、それを持ったまま私にキスして」
「はあ!? なんでいきなりそんな!?」
「契約魔法は結ぶときに体液や粘膜の接触が必要。私はもう一回手の甲を切ってもいいけど、わざわざフォンが傷を作る必要はない。だから――はい」
そう言ってリースは小さな口を俺に向かって突き出してくる。これってやるしかないの? 立ち上がってリースの肩に手を置くが、小さな肩が小刻みに震えているのが手に伝わって来る。
震えるほど嫌なら素直に傷口を触れ合わせる魔法にすればよかったのに。
「早くして、空間遮断する魔法は魔力を別格に食う。契約魔法分の魔力が維持できなくなる」
「分かったよ!」
そう言ってリースの小さな唇に俺の唇を押し付け――ようとした瞬間に、リースの方が少し背伸びをして唇を触れ合わせてきた。『ふに』っと柔らかい感触が、思った以上に敏感な口唇を伝って、電気のように背筋を痺れさせる。……そうだったな。俺はこれがファーストキスだった……。
なんか寝物語で初キスは柑橘類の味がするとか顔も思い出せない母が言っていたような気がするが、生々しいくらいに近いリースの瞳が、匂いが、感触が俺の3感を縛り上げて放さない。まさかこれが契約術の力か?
唇を離したとき、リースが少しだけぎこちなく微笑んだ。多分彼女にとっては最上級の親愛を示したものだったのだろう。その反応に、俺も少しだけ心拍数が落ち着いた気がする。
「……ありがとう。これで契約完了。血牢血界――解」
リースが杖で空中に何かを描きながら魔力を込めると、俺たちを覆っていた赤黒い結界が晴れていく。目の前に居並ぶ4人の男たちの表情には一様に恐怖の表情が張り付いていた。まあそうか。俺だって魔王と相対した時、実力差を理解してそんな表情をしていたと思うよ。
「……やっぱり結界術は苦手」
「苦手なレベルでこれなら、俺はどうなるんだよ」
そもそも盾ではなく1つの隔絶された世界を作る結界術など、使用者出来る術者がこの世界に片手で足りるくらいしかいないだろう。魔王や勇者でも出来ない奴は出来ないらしいし、作れるリースは間違いなく魔王を名乗ってもいい存在だろう。
「……さて、これが初めての共同作業。フォン、命令は?」
共同作業というか共同戦線なんて1年以上前に何度も潜って来たことなんだけどな。この2人のパーティーでは初めてって言うことなのかな? まあどちらにせよやることは変わらない、人狩りは撃退する。それだけのことだ。
「傷つけることなく鎮圧する。とりあえずカーテン閉めてくれないか?」
「……はい」
ワンテンポ遅れた返事をしてリースは部屋の窓に掛かっていた遮光カーテンを閉めた。室内がほとんど暗がりに落ちる。ああ、俺好みの暗さだ。
「リースに任せたら肉体が衰弱して死ぬまで起きない可能性があるから、今回は俺にやらせてもらうからな」
「……分かった。助けが欲しければ言って」
リースはそう言うが、出来ればリースにやらせたくはないんだよな。覚めない悪夢に叩き落すリースの魔法は本当に時間を掛けて掛けられた奴が死ぬことまである。しかも一回掛けたらリースにも解除不能という後先考えなさがあるからな。
「俺『たち』に喧嘩を売ったことが間違いだったと教えてやるよ」
闇術を使用するための魔力を練り上げる。飛竜に使った時は完全に闇に隠れられるタイミングを狙ってみたが、この薄暗がりの中なら分かるだろう。4人組のリーダーと思しき男が反応した。
「その目は……!」
ああ、やっぱりバレるよな。俺は精霊の加護との相性が良くないのか、術を使うために加護に触れる時だけ髪や光彩の色が真っ黒に変わるらしい。多分今の俺はリースと同じように闇夜のような漆黒の髪、黒曜石のような真っ黒な瞳をしているだろう。
「テメエも闇属性かよ。都合が良いな。テメエとそこの魔女と、お前らの身包みで一石三鳥じゃねえか!」
下卑た笑いを浮かべる男と取り巻きが3人だが、もう魔力は練り終わっている。
相手が勇者のような光属性の加護や俺たちと同じ『精神攻撃耐性』を持つ闇属性の加護持ちなら通じないかもしれないが、こんなよくある人狩りに、精神干渉系の魔法は防げまい。
「眠れ――暗夜の帳」
室内の闇に俺の魔力が加わりあたかも黒雲の中にいるように互いの姿さえ隠す靄が生じる。10秒経ち自然に靄が晴れてくる頃には、呑気な面で床に眠りこける4人組がいるだけだった。




