第6話 破り得ぬ大魔王契約
前回のあらすじ:リースちゃんはちょっと迂闊で残念
「フォンは人にしては強いけどそこそこ止まり」
リースが口にして、グッサリと胸に突き刺さる事実が痛い。どうせそこそこ止まりですよ、俺は。だが戦闘能力が目的でないとしたら、リースが俺を求める理由が見えてこない。
1人、2人欠けたとはいえ勇者のパーティーを全滅させられる強さなら、魔王や他の勇者も然程怖くないだろうし、そんな奴らを相手取るのなら俺なんていなくても一緒だ。自覚があって悲しいけどさ。
「……でも、今の私はフォンがいないと生きていけない」
「生きていけない、か――大げさ……でもないんだったな」
「……うん。買い物したり、宿を取ったり、料理をしたり、今までそう言った生きるための一切を他の人にやってもらって来たけど、もう勇者も、魔法学院も頼れないから、今の私にはフォンしか頼れそうな人がいない」
「相変わらずの自活力なんだな」
箱入り娘ばりの自活能力だが、それも仕方ないことだと俺も知っている。勇者を助けるためだけにミトラード王立魔法学院に拾われ、魔王を滅ぼすためだけに育まれた王立魔法学院が誇る最強兵器。それが彼女・リースの正体だった。
はっきり言って、戦闘以外のことは何も出来ないと言っても過言ではないのを俺は知っているし、勇者も彼女にそれ以外のことを求めはしなかった。糧食を与えはするが、それ以上に人間らしい付き合いは、2人の間にはなかったと思う。あくまで『俺の知っている範囲では』だが。
「……私を助けて欲しい。……もしフォンが一緒にきてくれないなら、多分来週には魔族の領地でお腹が減って野垂死にしてる」
「もしかして、それは脅しか?」
「……うん、これは私式の脅迫術」
なんという斬新な恐喝なんだ……。来てくれなきゃ死んじゃうぞって、それは恐喝の意味はあるのか? もしも「はい、どーぞ」と言われたらどうするつもりなんだ? 本当に空腹で野垂死ぬのか?
「……大丈夫。それにフォンにも旨みはある交渉」
「旨み?」
「……この依頼の対価は私、常闇の魔女リースの身柄。私の日常を任せる代わりに私の全てをフォンのために使っていい。そういう契約」
「お前の全てって……」
「……命を奪うことと、お母様の形見を取り上げること以外なら、全部いい――だから契約、して?」
そう言いながらリースは杖で床に何か書き始めた。魔法陣か? 意匠は尻尾を丸めた猫妖精。ルーン文字で書かれた魔法陣の文言から読み取るに水術……?
「あれ? 契約魔法って大抵火属性だよな?」
契約不履行時に炎蛇印という体に植え付けた刻印が焼け付く痛みを放つ、炎属性の契約魔法が最近のトレンドだ。
婚姻の場にもよく使われ、何でも不義を犯せば性器が焼けるように痛み、死に掛けの蛇のようにのたうち回るらしい。独り身で寂しい俺は相手がいないから良く分からないけどさ!
「……あんなヌルい契約魔法は好きじゃない」
「…………え? あれよりもヤバい契約魔法?」
「……お母様直伝。約束を違えたら死ぬより酷いことになる」
なるほど。混沌の大魔女直伝の契約魔法の秘術ということか。嫌な予感しかしないぜ。なんか嫌な冷や汗ダラダラ出て来たんだけど。
「…………え? え? 俺そんな危ない魔法掛けられるの?」
「……大丈夫、フォンが私との約束を破らなければいいだけ――契約内容はこのスクロールに念写した。確認して欲しい」
そう言ってリースが1本の巻紙を差し出してくる。魔力を込めた契約魔法の土台となるスクロールには既にリースの念写で契約の内容が記載されていた。
・以下の契約は術者『常闇の魔女リース(以下リース)』と『完成された落伍者フォン(以下フォン)』の双方合意のもとに為されるものである。
1、フォンはリースを・とし、糧食の確保、他者との依頼、契約など日常行動の一切を代行して行う
2、リースはフォンを・としその身命を掛けフォンの望みを果たす
3、フォンはリースの命並びに母親からの形見に手を着けてはならない。ただし上記2の履行の結果リースが命を落とした際には全ての所有物を引き継ぐものとする
4、フォンが命を落とした場合にはリースは代行として魔王を殲滅するものとする
5、双方ともに他の異性と濫りに接したり恋に落ちてはならない。
内容としては何もおかしくない5か条……なのかな? なんか一部部分単語が潰れるほどに小さくて読めないところがあったが。
「……この5か条を破れぬ誓いの術で契約とする」
「なあリース、1,2項目はお互いを何として契約しているのか読めないんだが?」
「大丈夫、双方対等な契約にはなってる」
なんか普段ワンテンポ発言が遅いリースにしては早口だったな……。なんか紙面の綴りが違うがような気はするが、双方ともに対等を保証するものだというならまあいいか。リースがこんなところで俺に嘘を吐く旨みなんてない訳だし。
「それから5項目目って――」
「フォンは私の面倒だけを見る。1項目に則っているから何も不自然ではない」
「いや、それと――」
「1,2項目の条文から私とフォンはいつも一緒。フォンに近付く害は私が全て払いのけるから安心していい」
「それはあ――」
「魔王でも勇者でも掛かってこればいい。フォンが命じるなら全部殲滅する」
あ、この子有無を言わさない気だ。それと俺は勇者と事を構える気はないからな? むしろ勇者に狙われているのはリースの方だろ。
「……私の全部をあげるから、私のものになって」
なあリース、その発言だけ捉えるとすごく不埒な言い回しに聴こえるのは気のせいだろうか? 『男なんて一皮剥ければみんなオーク』という格言を知らないのか?
「……もしもの時の契約破棄の手順はどうすればいい? まさか大魔王ばりの破棄不可の強制契約とかじゃないだろ?」
「もちろん破棄方法はある。けど……」
「けど……?」
「教えたら、私の前から居なくならない……?」
リースの小さな両手が俺の手を包むように握って来る。表情の乏しい中、縋り付く小動物のように熱を帯びた夜空のような真っ黒な瞳が、柔らかくそれでも逃げられないほどに俺の心を強く握ってきた。
……有り体に言うならなんというか、胸にキュンと来た。
「ならねえよ。心配のしどころがズレてる」
「……じゃあ一応伝えておく。このスクロールを光の術で焼き払えば契約は解除される。とっても簡単」
「なるほどな!」
つまり光の精霊の加護を持たない俺には解除不能ってわけだ! とんだ簡単解除な詐欺契約もあったものだな。それに光の術で焼き払うって何? 光術はあくまで光と活性の術であって焼き払うのは炎術の専売特許だろ?
「ちなみに光属性を扱えない俺が契約を解除するときはどうやってやるんだ?」
「……そこまで私は考えてない。大丈夫、そんなこと考えなくていいように頑張るから」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
「……だめ?」
「いや、良いとか駄目とかの前の問題で……」
「今ここで契約分前払いしてもいい」
「は? 前払――い?」
リースの両手に包まれていた俺の右手が、彼女の方に引き寄せられる。ゆったりとした厚手のローブを隔てて、何か固い感触が掌に触れた。目をやればそこは残念なほどに膨らみのない、文字通りの胸板だった。
「……男なんて一皮剥ければみんなオークだってお母様が言ってた。多分フォンもこれで私にめろめろ」
リースは真っ白な頬に朱を滲ませてそう言うが、何だろうこの感触。まるで壁を撫でているよう……。断崖絶壁という言葉が頭を過ぎってしまうのは俺の罪ではないだろう。
悪いがリース、これで誘惑される奴は多分いないと思うぞ。この状況の気恥ずかしさで顔は紅くなるけどな!
「ほら、フォンも顔真っ赤。私の作戦は完璧」
「そ、そういうリースだって顔紅くなってるぞ? ほら、ここ」
そう言いながら俺はリースの普段から真っ白だった頬を空いた手でそっと撫でてみた。少し上気しているのか、ハリのある艶やかな頬は俺の指先を焼くほどに熱かった。まさか体温で炎術でも使ったというのか?
「……フォンはこういう時意地悪する。パーティーにいた時もこんな風に私に触って来る人なんてフォンしかいなかった」
「これ意地悪なのか?」
「フォンは意地悪。だから友達がいないんだ」
「リースが憎まれ口なんて珍しいな」
少しグサリと俺の胸に刺さる言葉だったが、リースに至っては友達どころかまともに口を利ける人すらいないという状態なので、そこまで傷つきはしなかった。というかむしろ言いだしたリースの方が苦しいのではないだろうか?
「……ごめん。私の方が友達いなかった……」
「大丈夫、俺たち友達だろ?」
「……重ねてごめん、私、フォンのこと友達とは思ってなかった」
「グフッ!?」
不意打ちの衝撃で心に大ダメージを負いました。どうやら俺は元パーティーを組んでいた仲間にさえ友達だとは思われていなかったようです……。
ああ、俺の故郷を焼き払って友達ほとんどを惨殺した魔王はやっぱり殺さなきゃだめだな。俺の命に代えても殺してやるよ。
「ぇ……?」
しかもなんでリースはキョトンとしながら少し傷ついたみたいな顔してるんだよ。大ダメージ負ったのは俺の方だろ?
「……フォン、1つ訊いていい?」
「何ですか? 友達でもない陰気な剣士に答えられることなら答えますよ」
ちょっとへそを曲げた答え方をしてみたが、人の心の機微に疎そうなリースには全く通じなかったらしい。段々紅の差す面積を広げ、ついには顔全体を真っ赤に染め上げて小さな口を開く。街のさざめきの中なら立ち消えそうなか細い声だった。
「……いつまでこうしてればいい? ちょっと恥ずかしい」
リースの見下ろす視線の先にあるのは、彼女が引き寄せた俺の手だ。掴むことも出来ない板に触れて、ただ掌で無い乳房を押すよう……というかそのまんまだ。
「切り上げ時考えてなかったのかよ……」
「触らせればフォンの方からリードしてくれると思ってた。作戦失敗」
なんだよこの残念な策士。可愛いじゃねえか。
リースが俺の手を開放するが、手にじんわり残った温かさと骨ばった固い感触が中々消えない。なんかすっごい残念な気分だった。
少し恥じ入ったように身を小さくしながら、リースが問いかけてくる。
「それで、私と契約してくれる?」
「破棄不可能な大魔王契約を?」
別にリースの記し出したスクロールの内容自体、パッと抜け道が思いついたり悪用されるような文言はなさそうな気はするが、破棄不可能というのはそれだけで怖い。破棄不可能な混沌の大魔女の契約秘術、迂闊に同意すれば何かあった時魂まで縛られて闇の精霊様の供物になりそうだ」
「……傷物にした責任、取ってくれないの?」
「傷物って、今したことで傷物になったのか……?」
「……うん、男の子に胸を触られたのは初めて」
『触らせた』の間違いだろ。しかも胸なんて物はなかったしな。洗濯板ばりに骨の浮いた胸なんて触っても何も嬉しくなかったんだけどな。




