第四十一話 最後の声
床一面に描かれた紅い魔方陣が眩く光る中、不気味な声が響く。
「一度は逃がしたものの、こうして貴様から戻ってくれるとはな」
煌々とした光に照らされる室内では、何人かのアヤカシが魔方陣を囲むように居並んでいた。
「ここに来たのは、お前達に協力する為じゃない」
「あんた達を、倒す為よ!」
戦意を剥き出しにする俺達を見ても、アヤカシ達は不気味なほど落ち着いていた。
「だが、鍵と扉は既に揃った」
虎頭のアヤカシが、興奮を抑えきれないように叫ぶ。
『再び蘇れ、この国の真なる主よ』
アヤカシ達が祝詞を詠唱した瞬間、魔方陣の光は目を開けていられない程に高まり、耳鳴りのような甲高い音と共に炸裂する。
ようやく視界が元に戻った時、目の前に現れていたのは、キョウトで見た紅い煙。
「我らを窮地に追い込んだつもりが、自らの破滅を招いたな。キョウでの戦いの後、魂は消滅せずに現世を彷徨っていたのだ」
六本腕のアヤカシが、余裕たっぷりに話し掛ける。
「黄泉への扉が完全に開いた今、主の魂は形となり、この世に再び降臨する」
顔の半分以上はある牙を生やしたアヤカシは、紅い煙に陶酔した視線を向けていた。
「いや、むしろ手間が省けた」
相克の徒の親玉は、どうせ最初から倒すつもりだった。ここで倒せなかったら、また似たような奴らが現れかねない。
「完全に終わらせてやるわ、あんた達の企みを」
もう蘇ってこられないようにすれば、こんな事態は二度と起こらない。キョウトでは中途半端に逃げられてしまったらしいけど、今度は絶対に逃がす訳にはいかない
「威勢は良いようだが、たった2人で何が出来る」
「2人じゃないさ」
自然と不敵な笑みが浮かぶ。こいつらは知らないが、俺には仲間がいる。ルリと、亡霊さんと、キリと、そして。
「これは――!?」
鼓膜に響く轟音と共に、足場が一瞬で消え去る。下を見れば、建物を支えていた太い柱が一気に砕け散っていた。
突然の事態に、絶叫を上げながら落ちていくアヤカシ達。
「ルリ、掴まれ」
内臓が浮き上がるような浮遊感の中で、呼び合うように俺達は抱き合う。地面に当たる寸前でに、俺達二人は大きな腕に受け止められていた。
「ふたりとも、だいじょうぶ?」
「ああ、助かった」
外の敵を振り切ったら、あの建物を思いっ切り壊してくれと事前に打ち合わせておいた。予想ではもう少し時間がかかるかと思ったが、意外に早かったな。
「ナイスキャッチだよ、モモ君」
「外の奴らは?」
「ボク等で倒した。ちょっとした作戦が上手く行ってね」
意味深な言葉を発し、満面の笑みを浮かべるコヨミ。
「すごかったんだよー」
モモの口調は相変わらず能天気だが、いったいコヨミはどんな作戦を使ってアヤカシを倒したのだろう。聞きたいような、聞きたくないような。
「ぐぅっ、我らの神聖なる神殿を」
数は半分程に減ったものの、落下の衝撃を経て尚元気なアヤカシは相当数残っていた。
アヤカシ達の中心には、段々と人の形を成し始めている紅い塊が依然存在している。。
「何が神殿よ、あたしの家を勝手に壊しておいて」
怒るルリには目もくれず、いち早く立ち上がった下半身が蛇のアヤカシは、滔々と語り始めた。
「無知とは恐ろしいな、貴様らにはこの地がどれだけ重要か――」
アヤカシの口調は高揚していて、自らの言葉に酔っているようだった。今まで奴らが語った如何にも重苦しい言葉に、内容が無いことは分かりきっている。
「もう御託は聞き飽きた、さっさと終わらせよう亡霊さん」
「ああ、こんな奴らに構っている暇は無い」
俺から体を受け取った亡霊さんが、刀を抜き放ってアヤカシに突進する。
ワコクの伝説がどうとか、黄泉の国が何だとか、さっぱり興味がない。大層なお題目を掲げているけど、結局奴らは自分の都合を押し付けているだけだ。それも、何の関わりもないワコクの民に対して。
「わらわは村に帰って、劇の続きをせねばならんからな」
「賛成ね、ここんとこまともにお風呂にも入れてないし」
ルリ達も同様に考えていたようで、話を聞くことなくさっさと戦闘を始めていた。
「き、貴様らッ!」
自らの演説を虚仮にされ、激高して襲い掛かるアヤカシ。鞭のようにしならせた尾が、眼にも止まらぬ速さで迫る。
「迷い無き私の剣に、断てぬ物は無い」
が、アヤカシの体は一瞬で上下に両断されていた。数m飛んだ下半身は、暫し未練がましく跳ねてからその動きを止めた。亡霊さんは動きを止めることなく、他のアヤカシに斬りかかっていく。
「そぉれっ」
「空中になら、遠慮なくぶっ放せるわね」
横を見れば、モモが斜め上に吹き飛ばしたアヤカシへ向け、ルリがクレー射撃のように火球をぶち当てていた。
気付いてみれば、数分もせずに相克の徒は全て倒されるか、無様に敗走していた。
残るは――
「ワ、ワレハ……」
紅い煙ははっきりと人の形を取り始め、虚ろな言葉を発していた。このままでは、完全に復活するのも時間の問題だ。
考えてみれば、この人も随分酷い目に合った。静かに眠っていたところを勝手に呼び起され、また眠らされようとしているのだから。
「これで、終わりだっ!」
キリの力を借り、光を伴った斬撃が紅い煙に振るわれる。
「グワアァァァァァ!」
白い光に包まれて、以前のように煙は消滅する。かに思えた。
「ユウ!?」
が、紅い煙は爆炎が上がるように暴発し、俺の体は衝撃で一気に吹き飛ばされていた。
「なに、あれ」
「どう見てもまともじゃないわね」
煙は最早人の形を止めなくなっており、ただ感情のままに暴れていた。局所的に起こった竜巻のような力が無造作に振るわれ、地面に大穴が幾つも穿たれる。俺達は身を躱すので精いっぱいだった。
「キリ、アレはもう使えないのか?」
「敵の力が強すぎる、大嵐の流れを団扇で変えるようなものじゃ」
真剣な口調で、今までになく焦るキリ。
「……私に考えがある。皆は下がってくれ」
窮地に陥った状況の中で、亡霊さんが不意に言葉を発した。
「分かった、亡霊さんに任せるよ」
「キリ、お前の全力を奴に放て」
「しかしそれでは」
「大丈夫だ、私を信じろ」
「くっ、やはりわらわの力でも」
今まで以上の光が影切丸から放たれるも、紅い煙の勢いと止めるまでには至らない。膠着状況までには追い込めたが、こちらの大利力には限りがある。
「いや、これでいい」
不意に、何かが無くなる感覚に襲われる。すうっと、何かが自分の中から抜け出ていった。
「亡霊さん?」
亡霊さんの意識が抜け、体の制御が自分に戻る。それ自体は何度も経験したことなのに、今はどこかが違っていた。
「お別れだ、ユウ」
真っ直ぐにこちらを見つめた亡霊さんは、静かな口調で告げた。。剣を持ったままの俺は、ただ見ることしか出来ない。
「元より私がこの世に居られたのは、ガイとコヨミに対する強い無念があったからだ。その二つが無くなった今、いずれ私の魂は黄泉路へと帰っていっただろう」
全てを言い終え、亡霊さんは満足そうな笑みを浮かべていた。
「何も言わないのか?」
言わないのではなく、何も言えなかった。亡霊さんが既に死んでいる以上、別れの時が来ると心の中で感じてはいた。心の準備は出来ていた筈でも、いざこうなってみると全く何も出来ないでいる自分に気付く。
「一つだけ、最後に聞かせて下さい」
眩い白と赤の奔流が混じり合い、次第に白が視界を埋め尽くしていく。
「俺と一緒に居て、楽しかったですか?」
ようやく口を開けても、気の利いた言葉一つ言えなかった。
「ああ、勿論だ」
歪んでいく視界の中で、最後に暖かな声が聞こえた、気がした。




