表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/42

第四十二話 その先へ

 薄く漂う朝霧の中で、黙々と剣を振る。

 体が覚えているというのは便利なもので、数時間の鍛錬を何も見ずにこなせていた。まだまだ亡霊さんには到底及ばないけど、少しは上達しているだろうか。


「朝から精が出るね」


 と、背後から聞き覚えのある声が。振り返らずとも、それがコヨミだと分かった。


「この先、何があるか分からないからな」


 各地で蜂起した相克の徒は、いつまで経ってもノブナガが現れないことによって、殆ど自然消滅のような形で消えていったらしい。元々大きな理想もなく、力の持って行き場を無くした者達の集まりだったから、この結果も当然の物なのだろう。

 相克の徒はもう滅んだが、いつまた厄介事に巻き込まれるか分からない。何があっても大丈夫なように、自分を鍛えておかなければ。

 今は、自分の力で戦わなければならないのだから。


「その様子だと、あちらの世界に帰る気はないようだね」


「ああ、未練が無い訳じゃないけど」


 あっちにいる両親や友人にもう会えないというのは正直辛い。欲を言えば、途中まで読んでいた漫画の続きが気になるし、食べたい料理だってある。

 それでも、俺はここにいることを選んだ。……まぁ、帰る方法なんて知らないんだけど。

 

「コヨミは、どうなんだ?」


「キミが残るのに、ボクが帰るとでも?」


 さも当然と言った様子で、迷いなく答えるコヨミ。


「……ありがとな」


「別に君の為だけじゃないさ、ボクにとってもこの世界は色々と興味深いからね」


 理由は何にせよ、コヨミが一緒にいてくれるというのは嬉しい。


「小耳に挟んだんだけど、この世界では一人の夫が複数の妻を娶るのも可能らしいんだ」


 ワコクでは、ダイミョウや地位の高い商人等で、正妻の他に側室を持つことが許容されていた。元は跡継ぎを確保する為の制度なのだが、ただ自分の欲を満たす為に十数人もの側室を娶る者もいるらしい。

 その事実は俺も知っていたが――


「えっ」


 発言の意図が掴みきれず、思考が暫し停止する。

 つまりそれは、俺と皆が、その、そういう関係になるってことなのか……?


「期待しているよ、色々とね」


 混乱しっぱなしの俺を見て何時もの飄々とした笑みを浮かべると、コヨミは軽い足取りで去っていった。



「どうしたの、疲れた顔して。鍛錬もいいけど、無理しないでね」


 鍛錬を終えて神社に帰ると、境内を掃除していたルリに話し掛けられた。


「あ、ああ」


 本当は疲れていないのだが、結婚について悩んでいるなんて言える筈もなく。曖昧な笑みを浮かべる俺を、ルリは不思議そうに眺めていた。


「あいつらもいなくなったし、ここ最近は平和でいいわよねぇ」


 よく晴れた空を見て、ゆっくりと体を伸ばすルリ。 

 あの戦いが終わったあとでも、ルリはこうして神社にいる。相克の徒を倒したことで、故郷での扱いは今までの厄介者から一転して救世主となっていたが、集落に帰る気はないらしい。曰く『急に持ち上げられても帰って居心地が悪い』そうだ。

 

「ねえ、ユウはこれからどうするの」


「俺は別に、今まで通りかな」


「そう」


 ルリの表情に、少しだけ影が差す。最近のルリは、今後の生き方について悩んでいるようだった。

 集落の今後は傷の治った姉が収めることに纏まったようで、ルリの処遇についても正式に決まった。とはいっても、単に不干渉が決まっただけなのだが。

 ルリを追うものはもう存在せず、自由に行動する為の障害は無くなった。それが、逆にルリを困惑させているのだろう。


「目標とか、急いで見つけなくてもいいんじゃないかな? 俺だってそんなもの、まだよく分かってないし」


 そんなルリを、少しでも励ましてあげたかった。 


「自分に何が出来るのか、何をしたいのか、一緒に見つけよう。俺は、ずっと傍にいるからさ」


 俺には、一緒にいることくらいしか出来ないけど。少しでもルリの力になれるのなら、俺はずっとルリの隣にいよう。


「ぷっ、あは、あははははは」


 長台詞を聞いたルリは、暫しの沈黙の後、急に笑い出していた。まるで風船が弾けるような笑い声に、少したじろぐ。


「な、何で笑うんだよ」


 こっちが真剣に話していたのに、笑うなんて失礼じゃないか。


「だって、婚姻の台詞みたいだったもの。真面目な顔をしたユウを見てたら、急に照れくさくなっちゃって」


 そう言われると、確かにプロポーズの言葉みたいだ。そんなつもりは全く無かったのだが、こっちまで恥ずかしくなってしまう。 

 さっきのコヨミの言葉で、変なスイッチが入ってしまったのかもしれない。


「いや、それは――」


「分かってる、ユウはまだそんなこと考えていないものね」


「あ、うん」


 機先を制され、言い訳が中途半端に終わる。


「まあ、今後に期待しておくわね」


 晴れやかな顔になったルリは、社務所の中へと入っていった。

 取りあえずここは乗り切れたが、また期待されてしまった。ということは、ルリもそういう関係を望んでいるってことなのか?

 

 迷いは更に深くなり、参道に立って一人考え込んでしまう。

 

「おにいちゃん、どうしたの?」


 と、背後からモモに呼び掛けられた。


「モモか、村からの帰り?」


「うん! おつかいにいってきたの!」


 両手一杯に抱えた何十個もの野菜を軽々と持ち上げて見せるモモ。こうして村から何かを買ってきたり持ってきたりするとき、モモには本当に助けられている。


「そうか、偉いな」


「えへへ」


 しゃがんだ頭を撫でてあげれば、モモは嬉しそうに笑っていた。


「なあ、これからモモはどうしたい?」


「おにいちゃんやおねえちゃんたちといっしょにいる!」


 全く迷いのない即答に、ちょっと感心してしまう。それだけ想われていると感じるのは、自惚れだろうか?


「それから?」


「えーっと、えーっと、いっしょにおいしいものをたべたりとか、いっしょにいろんなところにいきたいかなっ!」


 腕を組んで考えながら、とても楽しそうな様子で答えるモモ。満面の笑みを浮かべるモモを見て、いつの間にか自分まで明るい気分になる。


「ありがとう」


 先のことは分からないけど、こうしてモモと一緒にいられるのは単純に嬉しい。まじまじと考えた俺は、無意識のうちに礼を告げていた。


「どうしておれいをいうの?」


「モモと一緒にいて、俺も嬉しいからかな」


 きょとんとした顔で問いかけるモモに、素直な気持ちを答える。何故かモモに対しては、照れずに言葉を伝えられた。


「そっかぁ、じゃあモモも、ありがとう!」


 元気に答えたモモが、勢いよく抱き付いてくる。モモの暖かさを感じ、幸せな気分で一杯になっていた。

 

 ……それから数十分体のあちこちが痛かったのは、また別の話。


                            ※


 いつものように晩飯を終え、寝床に付こうかという頃。


「ユウ、寝る前にわらわを楽しませい」


 寝間着姿のキリが、布団に寝転がりながら声を掛けた。


「楽しませるって、肩揉みの事か?」


 若く見えても歳を重ねると色々とガタがくるらしく、キリには時々こうやって肩や腰のマッサージを要求されていた。


「風情が無いのう、体と体の触れ合いとか言い方があるじゃろ」


「誤解を招くだろ……」


 口を尖らせて不満げなキリに、冷静に突っ込む。

 もしコヨミに聞かれたら、どんな噂を立てられるか分かったもんじゃない。



「そこ、そこじゃ、そこをもっと深く、深ぁく!」


「もう少し普通に喋ってくれよ」


 マッサージを受けているとき、キリは妙に色気のある声を出す。やっていることは全くの健全なのだが、そんな声を出されると変な気分になってしまう。



「いや~極楽極楽。やはりユウの按摩が一番じゃのう」


 マッサージが終わってから、キリは布団の上にうつ伏せになり、だらしない顔で全身を伸ばしていた。


「そういえば、キリはこれからどうするんだ」


 ふと、今日皆と話した内容が気になった。刀の付喪神であるキリは、これからやりたい事とかあるのだろうか?


「人間への復讐……と、前のわらわなら答えていたじゃろうな」


 急に真剣な顔になったキリは、どこか遠くを見つめながら話し出す。


「じゃあ、今は違う?」


「勘違いせんでほしいが、人間に対する恨みを忘れたわけではない。ただお主等に会って、少しくらいは人間にも良い奴がいると思っただけじゃ」


「それで十分だよ」


 人間を恨み、家具を巻き込んで暴走までしていたキリがそう言えるようになったと知り、心から嬉しかった。俺達と一緒にいたことで気持ちが変わったのなら、尚更嬉しい。


「やはりお主は不思議な人間じゃのう。まあ、飽きるまでは一緒にいてやろう」


 相変わらず上から目線の言葉を残し、キリは寝床に付いた。


 今日は、何だか良く眠れそうだ。


                         ※

 

 ふと気付くと、見知らぬ場所にいた。

 上下左右含めて真っ白な霞が掛かっているようで、自分がどこにいるのかすら定かではない。けれど何故だが、今夢を見ているということだけは認識できた。


 と、目の前に誰かの姿が現れる。


「亡霊、さん?」


 服装や腰に差した刀と、顔立ちや髪型まで一緒だった。忘れるはずもない、紛れもなくあの人が目の前にいた。


「どう、して」


 俺の問いに答えは無く、只亡霊さんは目の前に立っているのみで。

 もしかしてこれは、亡霊さんに対する未練が見せた夢なのだろうか。それとも、あのとき成仏した筈の亡霊さんが、会いに来てくれたのだろうか。


 いや、この際それはどちらでもいい。ずっと、亡霊さんにちゃんとした別れの言葉を伝えたかったのだ。


「亡霊さん、今までありがとうございました。亡霊さんがいなかったら、多分俺はこっちに来てからすぐに死んでたと思います。剣の腕だけじゃなくて、人間としても色々な事を教わりました。何より、亡霊さんと一緒にいた日々は、とても楽しかったです。本当に、今までで一番充実していました。だから……」


 上手く言葉が出てこない。伝えたい事は沢山あるのに、十分の一も言えてなかった。


 そんな俺を見て、亡霊さんは穏やかな微笑みを浮かべてくれた。


 俺には、それで十分だった。


「ありがとう、亡霊さん」

 

 もう一度礼を告げ、一礼する。顔を上げたとき、もうそこに亡霊さんの姿は無かった。


「さようなら」


 誰に聞かせるでもない別れの言葉を言い終えた時、視界は真っ白に包まれていた。


                     ※


「夢、か」


 目を開いたとき、そこはいつもの自分の部屋で。窓の外からは、鳥のさえずる音が聞こえていた。 


「よし!」


 勢いよく起き上がり、寝間着から鍛錬用の服へ着替える。今日もこれから、朝の鍛錬だ。 


 これからどうなるかなんて分からない。けど、俺は自分に出来ることを精一杯やるだけだ。それが今生きている俺の、俺達のやるべきことだから。

 新たな決意を秘め、一歩外へと踏み出す。この先に待っている、新たな道へ向かって――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ