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第四十話 名も無き戦い

 ユウ達がルリの故郷へ向かっていた頃、ワコクの各地で異変が起こっていた。

 謎の軍勢が何処からともなく現れ、見境なく各地のダイミョウに襲い掛かっていたのだ。

 軍勢にはいくつかの共通点があった、人間だけでなくアヤカシの姿も多数見られることや、統制のとれた容赦のない苛烈な攻めを行うこと。最も大きな特徴は、かつて滅んだある武将の旗印を掲げていることだった。

 黄色の下地に、当時流通していた貨幣を3つ模った印を刻んだ旗。この旗印こそ、かつてこの国を統一する手前まで上り詰めながら、部下の裏切りによって命を落とした武将。オダ・ノブナガのものだった。

 

 死から十数年経った後でも、ワコク全土に異名を轟かしたノブナガの影響力は多大であり、旗印を見ただけで当時の恐怖を思い出す者も多かった。

 軍勢による混乱は大きなものだったが、まだワコクそのものを揺るがすほどには拡大していなかった。何故なら、ノブナガ本人が全く表に姿を現していなかったから。殆どの者は、軍勢をノブナガの名に便乗した集団だと思っており、新しく軍勢に加わるものはそれほど多くはなかった。

 今はまだ、一応の均衡状態を保っているワコク。もしここにノブナガ本人が現れ、かつてのそれを思い起こさせる戦略の冴えを見せれば、均衡は脆くも崩れ去るだろう。

 そこに広がるのは、かつて以上の混乱と恐怖に包まれた世界。人間アヤカシを区別せず、全てのものが闘争と混沌の中に陥る世界が、すぐそこまで迫っていた。

 

 ユウ達が辿り着いた場所は、ルリの故郷であるヤタの集落。ワコクの命運を握る、誰にも知られることのない小さな戦いが、静かに始まろうとしていた。 


                            ※


「もう少しで着く、かな」


 柔らかな木漏れ日を頬に受けつつ、静かに息を吐き出す。靄の掛かった林道にはひんやりとした空気が流れていて、木々には薄らと朝露が乗っていた。標高が上がるにつて気温も下がっているのか、夏真っ盛りだというのに少し肌寒かった。

 相変わらず周囲には鬱蒼とした森林が広がっているけれど、このまま行けば小一時間で集落の姿が見えるらしい。

 集落に近づくにつれ、一層攻撃は激しくなるものと思っていたが、今日は朝から何も無かった。少し拍子抜けだが、平穏無事に越したことはないか。


「何だかんだ随分掛かっちゃったわね」


 隣を歩くルリがぽつりと呟く。神社を出てから、既に一週間程が経過していた。


「ユウ、なにかおおっきいものがみえるよ」


 声を上げたモモに追い付き、前方を見渡す。切り立った険しい山の谷間、森に混じってぽつぽつと民家の屋根が見える。ここからは見下ろすような格好になっており、集落の全景が良く見渡せる。集落の中心部、丁度平地になった場所に、一際目立つ建物があった。

 まず目に入ったのは、その高さ。およそ4.50mはあるだろうか、ハの字型の立派な屋根が付いた家が、巨大な柱によって持ち上げられたような様相を呈している。建物から地面までは、数十mにも渡ってスロープのような通路が設置されている。

 今までこちらの世界でみた建物の中でも、断トツの大きさを誇る威容。朝霧の中に浮かび上がった長大な建造物に、暫し俺達は圧倒されていた。


「神殿か神社のように見えるが、見覚えはあるかい?」


 衝撃から真っ先に立ち直ったコヨミが、まず口を開く。


「ううん、あんなものは無かった。そもそもあそこには、あたしの家があった筈なんだけど」


 ルリはまだ目の前の光景が信じられていないのか、何度も目を瞬かせていた。

 

「あんなおっきないえにすんでたの?」

「あたしが住んでた頃はあんな大きくなかったわよ、本家とは言っても田舎の豪族だしね」


 そもそも、あんな場所は居住に不向きだろう。何かの用事で出掛けるのに、いちいち長い坂道を上り下りしなければならない。


 と、霞ががった建物の周囲で、警戒するように歩くアヤカシの姿を見つけた。種族はバラバラで見慣れないものもいたが、纏った装束には皆同じ印が刻まれており、相克の徒の者だと分かる。


「姿を見ないと思ったら、あいつらあそこに籠ってるのか」


 やはりと言うべきか、あの建物は奴らが建設したようだ。見た所軍事施設では無いようだけど、いったい何の目的であんなものを。

 奴らの思惑と、どうやってあそこに辿り着くか考えていた、そのとき。


「見つけたぞ、奴らだッ!」


 俺達の背後で、突然大きな声が上がった。振り返ると、武器を構えたアヤカシ達が俺達の背後に迫っている。


「仕方ない、ここは二手に分かれよう。ボクとモモで奴らの目を引き付けておくから、ユウとルリ嬢は突入してくれ」 

「でも」


 コヨミの言いたいことは分かる。ここで立ち止まっていれば、建物の中にいる奴らにも気付かれて、大本の目的が果たせなくなる。分かっているのだが、コヨミ達二人を残していくのは心配だ。


「大丈夫、無理はしないさ。任せたよ、モモ君」


 コヨミは腹の包帯を指して軽く笑うと、モモの背中に飛び乗った。


「うん、わかった。いっくよぉっ!」


 勢い良く頷いたモモは、コヨミを連れて敵のまっただ中に突進していった。


「心配している場合じゃない、よな」

「大丈夫よ、きっと」


 じっとこちらを見たルリに頷き、俺達は村の中心へと走り出した。目指す場所は、不気味な威容を誇る謎の建造物。


                                     ※


「ユウ、私に代わってくれないか」


 ルリと共に走る途中、亡霊さんの声が突然聞こえた。


「亡霊さん、いいんですか?」


 ガイとの戦いの後、亡霊さんはずっと落ち込んでいる様子で、こちらの呼び掛けにも返答がなかった。それだけに驚いたのだが、今の亡霊さんの声は、いつもの強い意志が戻っているように思えた。

 

「ああ、気苦労を掛けたな」


 軽く頷いて意識を手放せば、視界が自然に薄れ、目の前には亡霊さんが動かす俺の体があった。


「一気に突破するわよ!」


 威勢よく叫んだルリを追い越し、亡霊さんは一気に建物へ続く坂道へ。


「貴様ら、何も――」


 俺達に気付いた見張りを一刀の元に斬り伏せ、坂を全速力で駆け上っていく。


「ここじゃ火は使えないわよね」


 坂を含め、建物は殆どが木造で建築されている。お得意の火球を使えば、たちまち全体が炎に包まれるだろう。この建物だけが燃えるのなら良いのだが、村全体へ延焼しかねない。仕方なくルリは式神を駆使して、敵と戦っていた。

 坂の半分まで登ったところで、ある違和感が浮かんでいた。

 本拠地にしては、敵の数が少な過ぎる。道中もそうだが、なんとなく感じていた組織の規模に対して、襲い掛かってくる敵の数が明らかに少ない。相克の徒が予想より小さい組織だった可能性もあるが……

 

 そうこうしている内に俺達は坂を登りきり、神殿のような建屋の前まで辿り着いていた。建屋自体の高さは10m程、大きく湾曲したハの字型の屋根が2.3m分を占めるので、建物自体はそこまで大きくない。

  

「じゃあ、開くわよ」


 ルリと視線を合わせ、相克の徒の紋章が刻まれた扉を開く。大きく軋む音を立てつつ、ゆっくりと扉は開く。

 

「これは」

「眩しっ――」


 扉を開いた瞬間、中から真っ赤な光が溢れ、目の前が真紅に包まれる。


「魔法、陣?」


 見覚えのある魔法陣が床一面に描かれ、全体が怪しく輝いている。視界全てを埋め尽くすような紅い光の中で、俺達を待っていたのは―― 

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