第三十九話 ひとときのやすらぎ
戦闘が起こっていた場所に向かった俺は、木陰で休んでいるモモ達の姿を見つけた。激しい戦いを終えたのか皆ぐったりとした様子で休んでおり、その体には大小含め多数の傷があった。
「みんな、大丈夫だったか」
「ユウおにいちゃん? ぶじだったの?」
俺の声を聴き、モモは勢いよく振り向いた。ぱぁっと明るくなった表情を見て、こちらの気持ちも幾分か軽くなる。
「ああ、どうにかな。それでさっき戦ってたのは――」
「うん、ルリおねえちゃんだよ。いまはねちゃったみたいだけど、けがとかはだいじょうぶみたい。それよりも、コヨミおねえちゃんが」
そう言ってモモが見た方には、腹部を抑えて横になっているコヨミの姿が。服の切れ端を利用して作った簡易的な包帯を患部に巻き付けており、元は白かったそれは暗い赤に染まっていた。
「ボクは大丈夫、これくらいかすり傷さ」
もう血も止まっていて、行動にも支障はないと言うコヨミ。けれど痛々しい姿を見て、罪悪感を覚えずにいられる方が無理だ。
「悪い、俺が罠に引っかかったばかりに」
本人が気にしていようと無かろうと、俺の不注意で皆を危険に晒してしまった事に変わりはない。
「ユウのせいじゃないわよ」
頭を下げた俺に、あっけらかんとした声が聞こえた。
「ルリ、もう動けるのか?」
ゆっくりと体を起こしたルリは、助け起こそうとした俺の手を遮って立ち上がった。
体をほぐすように腕を回すその姿は、敢えて明るく振る舞っているように見える。
「少し疲れただけよ。それより、これからどうするの?」
「まずは少し休もう、みんな疲れてるだろうし」
コヨミの怪我も心配だし、ルリもまだ万全ではないだろう。あれだけの戦闘を終えたのだから敵もすぐには仕掛けてこないだろうし、ここは休息を取るべきだ。周囲から敵の気配が完全に無くなったことを確認し、今日はここで夜を明かすことに。
※
暖かな焚火の光を受けて、ルリの顔がぼんやりと暗闇に映し出される。手頃な倒木に腰かけた俺達は、別れてからの出来事を互いに話していた。
「その、亡霊さんは大丈夫なの?」
俺達に起こったことを聞いたルリが、心配そうに問いかける。
「大丈夫さ、きっと。流石に今は休んでるみたいだけど」
あれから何度呼び掛けても、亡霊さんから答えは無かった。でも、あのとき俺は確かに感じた、葛藤の中に答えを見出した亡霊さんの心を。迷いを振りきり、自らの力を出し切って戦う姿を。
だから、今の俺に不安は無かった。
「ルリの方は?」
もう離れていたとはいえ、かつての同朋と剣を交えたのだ。多少なりとも動揺するのが普通だ。
「あたしは気にしてないわよ。一部のヤタ族が裏切ったからって、それ以外も相克の徒に靡いたと決まった訳じゃないわ」
が、ルリにはいらぬ心配だったようだ。ルリの口調ははっきりとした揺るぎのないもので、こちらまで元気づけられてしまった。
と、背後から大きな足音が聞こえ、モモの元気な声が響いた。
「みんな、たべものもってきたよ」
「ありがとう、モモ――って、何かなそれは」
振り返った俺の視界に飛び込んできたのは、モモの抱える奇妙な物体。
「きのこだけど?」
それは言われずとも分かる。大きさが1m近くで、真紫色に黄色い斑点が付いており、失敗した陶芸品のような歪みきった形をしているが、確かにキノコには見える。
「食べられるのか、それ」
辛うじてキノコだと判別できるそれを、モモは両手一杯に抱えていた。全身で有害だと警告を発しているようなそれを、本当に食べるつもりなのか。
「いいにおいがするし、やわらかそうだし、おいしそうだよ?」
「美味しそう、かなぁ」
当然のことを何故聞くのかと言いたげな顔をされてしまっては、何も言い返せなくなってしまう。
考えてみれば、こちらの世界の森に関しては俺よりもモモの方が先輩なのだ。ならば、この判断も間違っていないはず。……かなぁ?
「熱を通せば大体何でも食べられるわよ」
あっけらかんとしたルリの言葉で、傾き始めた背中を押される。
「芸術的な見た目だ、食欲をそそられるね」
コヨミに至っては、今にも涎を垂らしそうだ。
「他には何か無かった?」
「うーーん、みあたらなかったかなぁ」
一縷の望みを掛けて聞いてみたが、やはりこのキノコ(仮)しか食料はなかったらしい。
このまま進めば、明日にはルリの故郷に着く。今は相克の徒によって占拠されているそこに、何も食べないで向かうのは避けたい。
「じゃあ、食べてみるか」
清水の舞台から飛び降りる心境で、このキノコらしき何かを今日の夕飯に決めた。正直不安しかないが、背に腹は代えられない。
「うんっ」
「塩が欲しい所ね」
「秘蔵のタレを持ち合わせていなかったことが悔やまれるな」
全く心配していない三人を横目に、キノコのような物体を木の枝に通して火に掛けてみる。徐々に熱せられたそれからは、独特の香ばしい匂いが漂ってきた。何度か裏返して両面にまんべんなく熱を通し、薄く焦げ目が付いたのを確認してから手に取る。焼きあがったキノコを見れば、元の毒々しい色から多少美味しそうな濃茶色に変わっていた。
意を決して枝を運び、目を瞑りながら口を付けようとした、そのとき。
「のうユウよ、本当にそれを食べるのじゃ?」
俺の意識に、直接キリが呼び掛けていた。
「い、今更言わないでくれよ」
このタイミングでそんな事を言われても困る。
「美味かったらわらわにもよこすのじゃぞ」
勝手なことを言って、キリの気配は消える。
「食べないの?」
「おいしいよぉ」
手に持ったキノコに意識を戻せば、既にルリとモモは口いっぱいにそれを頬張っていた。特に異常は無いようで、二人共実に美味しそうに食べ続けている。
「何か納得行かない……」
せっかくの決意が無駄になり、拍子抜けの気分でキノコを口に含む。
「美味い」
柔らかい身が口に触れた瞬間、思わず賞賛の言葉が漏れていた。殆ど噛む力を入れていないのに、シャーベットのように身から旨味が溢れ出してくる。全く調味料をつけていないのにも関わらず、何層にも重なった深みのある味が口いっぱいに広がった。
例えるなら、100gで何千円もする高級牛肉だろうか。……まあ、実際食べたことはないのだが。
食べる前の不安は一瞬で吹き飛び、俺は夢中でキノコを咀嚼していた。
「古人曰く、百聞は一見に如かず。ということかな」
一人格好を付けるコヨミの顔は冷静だったが、口調からは喜びが滲み出ていた。
「わらわも、わーーらーーわーーもーー」
「はいはい、分かったよ」
いつの間にか実体化していたキリが、俺達の様子を見て二の腕に絡みついていた。口惜しさを感じつつも、先の言葉通りにキリへキノコを渡す。
「うまいっ」
勢い良くかぶりついたキリの顔が、瞬時に綻ぶ。
「もっとじゃ、もっとよこすのじゃ」
「みんな均等に分けないと駄目だろ」
「五人で分けると一人幾つかしら」
「こんなに美味しい物を見つけてくるなんて、流石はモモ君だね」
「えへへ」
煌々と光る焚き火を囲んで、久しぶりの楽しい食事は過ぎていった。
※
――が、この夜はまだ終わっていなかった。キノコを食してから、小一時間後が経った頃。俺の目の前には、混沌とした地獄絵図が広がることになる。
「ねぇユーーウーー、ユウがさんにんにみえるよぉーー?」
ひたすら陽気になったモモは、けらけらと笑いながら周囲を歩きまわっている。その巨体を無軌道に動かして、次々と木々を薙ぎ倒していた。
「どうせあたしなんて、胸も薄けりゃ背も中途半端に高いし」
ルリは陰鬱な表情と口調で、誰に話しかけるでもなく延々と愚痴を零していた。前宴会になった時はこんな風にはならなかったのに、悪酔いしたのだろうか。
他の二人も似た様な醜態を繰り広げており、最早収拾の付かない状態になっていた。どうやらあれにはアルコールに近い物質が含まれていたようで、皆はすっかり酔っ払ってしまったようだ。
全く酒に体制のない俺は、ただ気持ち悪くなるだけで全く酔えてもいない。酔っぱらいの中に一人だけ素面がいれば、当然そいつは酔っぱらいの玩具になる訳で。
「のうユウ、わらわは暇じゃ。何か芸をせい」
「ユーーウーーー、だっこしてーー」
「ねぇ、ユウもそう思ってるんでしょ?あたしみたいな女は可愛気が無いって」
「ボクは今、自由だーー!」
「頭が痛い……」
結局この日は、夜更けまで四人に振り回され続けたのだった。




