第三十八話 二対の翼
「貴方も裏切り者だったのね」
槍や剣を振りかざして次々と攻撃を繰り出すヤタ族に対し、あたしは火球を飛ばして応戦する。が、何分数が多すぎる。
凄まじい破壊力を誇るモモの突進や格闘も、空を飛び回るヤタ族には効果が薄いようだった。
「それがどうした、家を捨てた貴様に言われたくはない」
大太刀を構えたままのシメは、後方に下がって高みの見物を決め込んでいた。
余裕綽々といった態度に反感を覚えるが、今のあたし達相手ではそれもしょうがないだろう。やっぱり、ユウがいないときつい。ここまで苦戦するなんて、今までいかにユウに頼ってきたかが分かる。
弱音は吐きたくないが、このままじゃあたし達は負ける。
そのとき、ヤタ族の一人が放った矢がコヨミの体を掠めて飛んでいった。直撃はどうにか避けたようだけど、コヨミは顔を歪めてその場にしゃがみ込んでいた。
「コヨミおねえちゃんっ」
「ボクのことはいい。戦力が減った今、足手纏いを守る必要はない」
慌てて駆け寄ろうとしたモモを、コヨミは片手で静止していた。傷を負ったのだろうか、コヨミは脇腹を手で押さえながら苦しそうにしている。そんなコヨミを戦力外とみなしたのか、ヤタ族の攻撃はあたし達二人に集中し始めた。
「随分足掻くな、片翼のまがい物風情が」
戦闘が始まって十数分後、あたし達は苦戦しながらも敵の数を半分まで減らせていた。当然あたし達も無傷とはいかず、彼方此方に手傷を追っていた。
「オンモラキなんかに乗せられた貴方は、それ以下よっ」
「勘違いするな、奴らのような唾棄すべき者共に従うつもりはない。我らは、相克の徒の理想に準ずるのだ」
高らかに言い放ったシメの言葉に、周囲のヤタ族も大きく頷く。この様子では、彼ら全員も相克の徒へ臣従しているのだろう。
「分かってるの、戦が起きれば沢山の人が苦しむのよ」
「貴様こそ分かっているのか。このまま太平の世が訪れれば、我らアヤカシの地位が脅かされるのだぞ。人間達に比べて数の少ない我らが存在を誇示出来ていたのも、人間には無い能力で戦を左右してきたからだ。だが戦がなくなってしまえば、戦う以外に生きる術のない大勢のアヤカシは、いずれ増え過ぎた人間に駆逐されるだろう」
実際アヤカシの力は、あたしが生まれる少し前から弱くなり始めているという。かつてアヤカシは、人間にはどうしようもない強大な力としてワコクに存在してきた。一つの国を左右する程の力を持ったアヤカシも数多く存在していたと本で読んだこともある。
だが近年では、人間の多くが刀や鉄砲などの武器を持っている。ダイミョウにもなれば、巨大な大筒や弩弓を持ち出すことだって可能だ。アヤカシに対抗出来る力を持った人間からは、アヤカシに対する恐怖が消え始めていた。あたしのようなアヤカシ退治を生業にするものが出始めたことや、ヌエ探しに大勢の人間が集まる事態になったのもその一端なのだろう。
そこまで考えて、ユウがいた世界の話が思い浮かぶ。あちらの世界でアヤカシは、人間の技術が発展するにつれて世の中から消え去って行き、今では創作の中にしか存在していないそうだ。このまま歴史が進めば、あたし達もそうなるのか。
「下らない」
一際大きな火球を放ち、あたしはシメの言葉を切り捨てた。怒りで加減を間違えたのか、両手の皮が焦げる嫌な臭いが鼻を衝く。
火球は真っ直ぐにシメへと向かい、盾になった数人のヤタ族を巻き込んで炸裂した。
「御大層な事を言ったって、結局あんたは自分がいい思いをしたいだけじゃない。そんな身勝手な理屈で戦を起こされたら、堪ったもんじゃないわ」
長ったらしく言説を述べていたが、結局彼らの頭にあるのは自分達の力が弱まることに対する恐怖と怒りだ。伝統あるヤタの一族である誇りを持つ彼らは、特にその気持ちが強いのだろう。そんな下らないものを守る為に、大勢の人を苦しめていい訳が無い。
「ええい、減らず口を」
図星を付かれたと見えるシメは、大太刀を振りかざしてあたしへ襲い掛かってきた。自由自在に飛び回るシメ相手に、連続で放射した火球もむなしく何処かへ飛んでいく。
お返しとばかりに放たれた斬撃があたしに迫る、咄嗟に杖で防いだが、大きく体は吹き飛ばされてしまった。
「今まで散々隠してきて、今更虫のいい申し出かもしれない。けど、あんたもあたしの一部なら、あたしに力を貸して」
あたしが話し掛けていたのは、露わになった背中の羽。どうせこの場には事情を知っているものしかいないから、隠す必要なんてない。
あたしは羽を手で持ち、体の前方まで持って話し掛けた。
今の状況をひっくり返すには、この翼を使うしかない。忌まわしき呪いのような存在であり、何度も憎んだものを。
「まともに飛ぶことも出来ん羽をさらけ出したところでッ」
シメの言葉通り、あたしの背中にあるのは不揃いな一つの羽だけ。昔のあたしなら、身を竦めて縮こまることしか出来なかっただろう。
けれど、今のあたしは違う。
「それはどうかしら?」
不敵に笑ったあたしを見て怪訝な顔をしたシメの表情が、程なくして驚きに変わっていた。
「貴様、何を」
何処からか押し寄せた式神達が、竜巻のように激しく周囲で渦を巻く。さっきから式神を攻撃に使っていなかったのは、この準備をしていたから。式神の流れに吹き飛ばされ、取り囲んでいたヤタ族が何人か吹き飛ばされていた。
何十何百もの式神達は、あたしの背中に集まってある形を取り始める。数秒も経たずに、背中には片方のそれと同じ白い翼が生まれていた。
「飛んでみせる、あたしもっ」
まるで最初から一対のものだったように、二つの翼は同期して羽ばたく。あっという間に、私は天高くへと舞い上がっていた。猛烈な風が体中に当たり、一瞬呼吸が出来なくなる。初めての感覚に戸惑いを覚えながらも、必死で軌道を制御する。
「まがい物が空を駆けるだと? ありえん」
突然の事態に驚いていたシメ達も、正気に戻ってあたしへ攻撃を始めた。高低差は無くなったものの、やはり空の戦いなら奴らに分がある。
と、そのとき。
「ルリおねえちゃんっ」
下方から大声であたしの名前を呼んだのは、両手に大木を持ったモモだった。あたしに注意が向いたことで、奴らはモモから目を逸らしていた。
根元から引き抜かれた大木が、連続で上方へと放たれる。大空へ勢いよく舞い上がった槍のようなそれは、何人かのヤタ族を巻き着込んで遥か先へと飛んでいった。
予想外の攻撃に、シメの動きが一瞬止まる。今のあたしには、その隙で十分だった。
「く・ら・えぇっ!」
あたしの体をすっぽり覆う程の、巨大な火球が目の前に現れる。限界を超えた力を出して、体が悲鳴を上げているのがはっきりと分かったが、それでも火球を消すことはしない。あたしはその火球を、自分の下方へ向け思いっ切り蹴り飛ばした。
シメの注意が下へ向いた隙に、あたしは真上へと回り込んでいた。火球は流星のように地上に落ち、シメは悲鳴を上げることも出来ずに巨大な火球に呑み込まれていた。
「か、勝った、の?」
精神力がぷっつりと途切れ、作り物の羽がばらばらと崩れ落ちていく。重力に従って落ちたあたしの体は、地面に落ちる寸前で柔らかい何かに受け止められていた。
「だいじょうぶ、おねえちゃん」
あたしを抱きかかえたモモは、心配そうな顔で覗き込んでいる。周囲を見れば逃げ去っていくヤタ達と、こちらに駆け寄ってくるコヨミの姿が見えた。
モモの体の暖かい体温を感じつつ、あたしの意識はゆっくりと薄れていった。




