第三十七話 裏切りの出会い
亡霊さんから体を返してもらい、外への道を歩き出す。亡霊さんはガイとの戦いを終え、目に見えて分かるほど憔悴していた。長年の友を失った亡霊さんに掛ける言葉か見当たらず、そっとしておく以外の方法が思い付かないでいた。
会話もないまま暗い通路を暫く歩き、ようやく出口らしき場所に辿り着いた。幸いアヤカシはもう残っていないようで、扉の前にも見張りの気配はない。
「この扉を開けれ、ば」
全身の体重を掛けて暗色の扉に寄りかかれば、重たい金属音を立てて錆びついた扉がゆっくりと開いた。
視界が一気に開け、同時に外の空気が一斉に流れ込んでくる。
「キリ、ここがどこか分かる?」
抜け出た底は、鬱蒼とした木々が生い茂るどこかの森林だった。薄暗い森の中には月明かりも届かず、周囲は暗闇に包まれている。
「さぁ、わらわもいつの間にか連れて来られたからのう」
キリも知らないのであれば、俺達が知る筈もなく。
と、夜空の片隅で、何かの光るちかちかとした輝きが見えた。花火のようなそれは、不規則な間隔で夜空に瞬いている。
夜空の星などではなく、はっきりとした現実感を伴った光に、吸い寄せられるように足が進む。
「あれは」
暗色の夜空を舞台にして、誰かが激しく何度もぶつかり合っている。影と影が交錯する度に、空中に大きな光球が生まれていた。
片方の影は、黒い翼を纏った巨大な何か。そして、もう片方の影は。
藍の髪を揺らめかせ、流星のように空を舞う少女。背中に白い羽を纏ったその姿は、まさしくルリのものだった。
※
ようやく樹木のアヤカシを倒したあたし達の目の間で、ユウは魔法陣から伸びる光の鎖に拘束されていた。
「ユウっ」
あたしが呼びかけた瞬間、魔法陣は一層強く光輝き。眩い光が消えると、そこには誰の姿も存在していなかった。
「ユウ、そんな」
あたしは受け入れ難い出来事を前に、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。あたし達の目の前で、ユウが連れ去られてしまった。
一瞬の出来事で、反応すら出来なかった。丁度大きな戦いを終えた所でもあり、気を緩めた隙を付かれたのだ。
ユウを連れ去ったのは、亡霊さんのかつての友人であり、相克の徒の一員でもあるガイという男。
「ど、どうしよう」
「まずは落ち着こう、慌てて行動しても碌なことにならない」
狼狽えるモモとは対照的に、コヨミはこんな時でも何時もの態度を保っていた。
「そんな言い方っ」
動揺していたあたしは、コヨミの反応を受けて反射的に怒りを覚えていた。ユウがいなくなったのに、何故そんなに冷静でいられるのかと。
けれど、振り返ってコヨミの姿を見て、あたしの怒りはどこかへ行ってしまった。
いつも飄々としていたコヨミの顔は、今までにないほど苦しそうに歪んでいた。唇をきつく噛み、両目からは今にも涙が溢れ出しそうだ。
「コヨミおねえちゃん」
「余り見ないでくれ、今のボクはひどく醜い顔をしているだろうから」
ぎゅっと握りしめた拳には、薄らと血が滲んでいた。
コヨミだって心配な気持ちは同じなのだ。いや、昔から知っている分、コヨミの方があたしよりも気持ちは強いかもしれない。
ユウがいなくなってしまったことで、予想以上に心を乱されてしまったようだ。まずは気持ちを切り替えて、何が起こったかについて考えよう。
「あいつら、待ち伏せしてたのね」
ユウが連れ去られた場所には、モモが両手を広げてもまだ足りない位の巨大な魔方陣があらかじめ描かれていた。
この規模のものは、事前に準備していなければ不可能だ。
「恐らく、最初からユウを狙っていたのだろう」
「何のために?」
「ボクと同じさ、生贄にするならユウだって条件は同じだ」
異世界から来た人間なら、コヨミだけではなくユウも当てはまる。それに気付いた奴らは、コヨミではなくユウへ狙いを切り替えたのだろう。
「じゃあいそがないと、あのときみたいに」
「ああ、奴らはまた黄泉の門を開くつもりだろうね。ユウの命を対価として」
「そんなこと、させない」
決意に満ちたモモの言葉に、あたし達は顔を見合わせて深く頷いた。
「取り敢えずは、当初の目的地を目指そう」
「それでいいの?」
「今の所、ユウの行方として最も可能性が高い場所だからね」
コヨミの言葉に、あたしも無言で頷いた。今の状況ならそれが最善手だろう。
何の手掛かりもない今は、それしか取れる行動が無いとも言うけど。
装備の乱れを正してから、あたし達は連れ立って山奥へと歩き出した。
ヤタの集落は、入り組んだ山の奥地に存在する。半分以上野草に覆われた細い山道を辿り、険しい山道を越えなければならない。
あたしやモモはともかく、山に不慣れなコヨミは辛いだろう。と思っていたのだが、意外なことにコヨミはすいすいと山道を進んでいた。
本人の話によれば、前々からこうした険しい道をよく歩いていたらしい。ユウの話や今まで見て分かったつもりになっていたけど、やっぱりコヨミは不思議な子だ。そんなコヨミだから、あのユウの友達を長年やっていられるのだろうか。
「前から気になっていたことを聞いても良いかい?」
「どうしたの、急に」
そんな道中、不意にコヨミが話し掛けてきた。
「キミはどうして故郷を助けに行く気になったのかな。話を聞く限りでは、あまり良い感情を持っていないんだろう?」
あたしの先を歩くコヨミは、ずけずけと質問をぶつけてくる。あまりに遠慮が無いので、逆に不快さを感じなかった。
「そうね、確かにあそこにはいい思い出が無いわ」
家を出た日から、もうヤタの集落に思い入れは残っていない。手のひらを返されて、今更救世主としてちやほやされたい訳でもないのなら、何のためにあたしは戦うのか。
「単に気に入らないのよ、自分の見知った場所で好き勝手されるのが。ユウを誘い出す為だってのが分かった今は余計にね」
例え捨てた場所であっても、あそこはあたしの故郷なのだ、得体の知れない奴らに蹂躙されて良い気分にはならない。
ただの伝聞だけならこんな気持にはならなかっただろう。姉様のあの姿を見せられて、心を動かされなかったといえば嘘になる。
「誘い出す為、か」
「そうじゃないの?」
あたしの答えを聞いたコヨミは、顎に手を当てて考え込んでいた。
「確かにその理由はあると思う、けれど、奴らがそれだけで大がかりな行動を起こすかな」
確かに、ユウを罠に嵌めるだけにしては手が込みすぎている気もする。別にあたしの故郷を襲わずとも、ユウを連れ去る手段はあったはず。
「だったら、何のために」
疑問を抱いたあたしがコヨミに聞き返した、そのとき。
「紛い物の娘が、良くも抜け抜けと現れたな」
不意にあたし達の前方から、野太い男の声が聞こえた。
「シ、シメおじ様? どうして」
目の前に現れたのは、いかつい顔をした壮年の男性。
片手にはヤタ族に伝わる大太刀が握られており、白と赤の配色が印象的な伝統衣装からは雄々しい二対の黒い羽が覗いている。
それは、私の家と近い家系に属するヤタ族の男性だった。昔からの知り合いだけど、特に話したことはない顔見知り程度の関係でしかない。そんな彼が、わざわざあたしを出迎えに来てくれたのだろうか。
「どうやら、友好的な歓迎ではないらしいね」
その言葉に周囲を見れば、いつの間にかあたし達はヤタ族の青年達に囲まれていた。彼らも手には武器を構えており、確かに穏やかな雰囲気ではない。
「待って下さい、あたし達はヤタを救いに」
弁明の言葉を告げる途中で、あたしの頭にひとつの考えが浮かんだ。
「まさか、貴方も」
シメおじ様も、オンモラキに寝返ってしまった? その言葉が喉元まで出かかった、そのとき。
「やれっ」
シメおじ様の手が勢い良く振り下ろされ、周囲のヤタ族達があたし達へ一斉に襲いかかっていた。




