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第三十五話 新たな標的

 ルリの故郷へ向かう道すがら、俺達はオンモラキと手を組んだ相克の徒による襲撃を受けた。なんとかそれを退けたのもつかの間、目の前に現れたのは巨大な樹木のアヤカシだった。


 亡霊さんが放った剣閃で、木人の体が胴体から真横に切断される。木人は上下二つに両断され、枝を振りかざした姿勢のまま静止した。

 呆気なく決着が着いたと思いかけた、次の瞬間。分かたれた上半身と下半身から、それぞれ蔦のようなものが伸び、それらが紐を結ぶように絡み合った。


「蘇るだと」


 数秒も経たない間に、木人の上半身と下半身は再び一つになっていた。

 亡霊さんに切られたはずの場所も、全く見分けがつかない程完全に再生されている。 


「だったら、一気に燃やしてあげるわ」


 再び動き出した木人へ向け、ルリが両手をかざす。

 瞬時に燃え上がった炎が、木人の体を包み込んだ。煌々と輝く紅い炎の中で、木人は一瞬で灰に姿を変えたかに見えた。

 が、凄まじい勢いで燃え広がる炎の中から、数えきれない程の枝が飛び出していた。何十、何百本もの枝は四方に広がり、それらは次第に寄り集まっていく。竜巻のような枝の渦で瞬きする間に炎はかき消され、目の前には先程と同じ姿の木人が現れていた。


「いたちごっこか」


 どうやらあの木人は、想像以上の凄まじい再生力を持っているようだ。生半可な攻撃を加えても、また元通りに再生されてしまうだろう。

  

 攻め手を欠いた俺達が立ち尽くしていると、木人は体を大きく震わせ、全身から無数の細いつるを伸ばした。


「う、うごけない」

「モモ、きゃあっ」


 灰褐色の蔓は濁流を思わせる激しい勢いで伸び、皆が反応するより早く大量の蔓にモモとルリは絡め取られてしまった。空中で全身を縛られたルリ達は、全く身動きが取れない状態に陥ってしまっている。

 全身をくまなく覆った蔓の不快感で、モモは怯えから全く動けなくなっているようだ。苦し紛れにルリが何度も火球を放つが、精神の集中出来ない状態で放たれたそれは全く威力を伴っていない。


「くっ、切りがない」


 拘束を解こうと亡霊さんが何度も切り掛かるも、攻撃の速度よりも早く木人は再生を繰り返していた。


「こういう手合いには、再生する元となる核がある筈だ。それを潰せば、うわっ」

「コヨミっ」


 戦いの場から少し離れていたコヨミも、一瞬で到達した蔓から逃げきれずに拘束されていた。


「ふむ、ユウの部屋にあった本で見たことがあるが、実際に受けるとは思わなかったよ」


 全身をがんじがらめに縛られながらも、コヨミは冷静な口調で呟いている。見た目には結構きつそうだが、痛くないのだろうか。 


「余裕ぶっこいてる場合かっ」 


 自分が縛られているというのに他人事なコヨミを見て、聞こえないと分かっていても思わず叫んでしまう。

 というか、いつの間に隠してある本を見つけてたんだ。


「わらわの力は使わんのか?」


 頭の中に、焦ったようなキリの声が響く。キリには村で劇を続けてもらおうと思っていたのだが、本人たっての希望で同行していた。何でも、今までにないほど猛烈に嫌な予感がするらしい。

 ようやく村おこしを始められた村人には悪いが、今はキリを連れてきたことに感謝していた。


 コヨミの話が正しいとすれば、その核さえ倒せばこいつを倒せるはずだ。

 確かに一撃の威力だけでいえば、キリの力を借りた斬撃がもっとも強い。しかし、今はまだ使えない。

 ここから先、ルリの故郷に近づくにつれて敵の攻撃はさらに激しくなるだろう。ここでキリの力を使ってしまえば、反動で暫くはまともに戦えなくなってしまう。


「いや、今は駄目だ」


 キリに答えを返しつつ、この状況の打開策を模索する。今動けるのは俺一人で、相手はほぼ無限の再生力を持つ樹木。

 目の前を見れば亡霊さんがどうにか蔓を交わし続けているが、それにも限界がある。


「あれは」


 と、亡霊さんによって切り落とされ地面に落ちた蔓がいくつか目に入った。蔓はそれぞれが意思を持ったように再生を始め、木人の本体へと繋がっていく。

 離れた場所にあった蔓が同時に再生していく光景を見て、頭の中にある考えが浮かんだ。


「亡霊さん、全力であいつを斬りまくってくれ」

「しかし、長くは持たんぞ」

「大丈夫、考えがあるんだ」


 亡霊さんは大きくうなずくと、今までより更に凄まじい勢いで木人へ切り掛かった。

 眼にも止まらぬ剣閃が連続で交錯し、木人の体が一瞬で数十の細切れになる。が、それもまたすぐに再生し始め、数秒も経たずに元へ戻ってしまった。


 けれど、これで奴の核は把握できた。

 さっき同時に再生していく蔓を見たとき、再生し始めたタイミングこそ同じだが、その再生速度に違いがあると気付いた。そこから推察し、核までの距離によって再生速度が違うと推測したのだ。

 目の前で再生していった木人の各部を観察し、今その場所を特定した。


「亡霊さん、あいつの左胸を」

「承知」


 気付いてみれば、それは人間にとって核と呼べる部分と同じ場所にあった。

 次の瞬間、亡霊さんの閃光の如き付きが、一瞬で左胸を貫き通していた。核を潰された木人は全体の動きが止まり、枝や蔓は末端から塵のように崩れ落ちていった。


「た、たすかったぁ」

 

 巻き付いていた蔓の拘束から逃れ、モモの口から思わず安堵が漏れる。ルリは、縛られていた部分を痛そうに撫でていた。


「ボクとしては、今後の参考にもう少し縛られていても良かったんだけどね」


 服に付いた汚れを払っているコヨミは、相変わらず飄々としていた。

 あれを何の参考にするつもりだ、何の。


 正直一か八かだったが、どうにか上手くいったようだ。

 亡霊さんから体を返してもらい、ルリ達に駆け寄ろうとした、そのとき。


「ジュボッコを倒すとは、流石ジョウと言ったところかな?」


 森の中から、どこかで聞いたことのある低い声が聞こえた。

 背中に氷柱を差し込まれたような冷徹そのものといった気配を感じ、思わず動きが止まる。


「お前は」

 

 明確な殺気を隠すこともなく現れたのは、全く飾り気のない小袖を纏った男。無造作に伸びた前髪から覗くぎょろりとした紅い目は、以前より更に異様さを増しているように見える。

 いつか見た時のように、鮮やかな漆塗りの刀を両腰に一本ずつ差し、両方の鍔に手を掛けた体勢で不敵に笑っていた。

 剣士の名はガイ、俺達と敵対する相克の徒の幹部であり、かつて亡霊さんを葬った相手。そして、亡霊さんの最も信頼する友でもあった男。


「やはりこの一件には、相克の徒が関わっているのかっ」


 ガイの姿に反応し、直ぐ様亡霊さんが表出する。


「答える必要は無いな」


 激高する亡霊さんの言葉を冷徹に切り捨て、ガイはおもむろに右手を天にかざした。


「これはっ」


 次の瞬間、俺の立つ地面が眩く光り輝き、見覚えのある魔法陣があっという間に現れた。魔法陣が不気味に紅く輝くと、無数の光の縄を発生させた。


「ぐぅっ、振り解けん」


 幾重にも重なって紡がれた光の縄が、亡霊さんの力であっても全く揺るがない強さで両手両足を拘束していた。 


「我らの目的のために、貸してもらうぞ貴様の体を」


 ガイの狙いは俺の体? 唐突に告げられた言葉に、頭の中が疑問符で埋まる。

 高揚した様子のガイが両手を天に掲げて宣言すると、魔法陣がより一層強く光輝き。 


「ユウーっ」


 ルリの絶叫を耳に受けながら、視界は一瞬で真っ白に染まっていた。

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