第三十四話 脅威、再び
薄暗い森の中では、木々を揺らす騒がしい音が絶え間なく響いている。
俺達は今、森の中を全速力で走っていた。
「みんな大丈夫か?」
時折皆に声を掛けつつ、木漏れ日の中を一直線に駆けていく。背後を振り返れば、槍を構え鎧に身を包んだ鳥人達が迫っていた。
ルリの故郷であるヤタの集落に向かう道すがら、人気のない森を歩いていると、突然オンモラキ達が数十人で襲い掛かってきたのだ。
予想外の数に応戦するより逃げることを選択し、森の中を数十分走っていた。が、未だ敵方に戦意の衰える様子は無い。
「これなら、姉様を置いてきて正解だったわね」
ヒタキは今、神社で体を癒している。
本人はついてくると言っていたが、ルリの説得で渋々応じていた。実際まだ傷が治りきっていない状態でこの中を潜り抜けるのは難しかっただろう。
「なぁ、オンモラキってこんなに強い勢力だったのか?」
まだヤタの集落までは結構距離があるというのに、敵の数は明らかに数十を軽く超えていた。
敵の中にはオンモラキ以外にも、オニやテングなど様々なアヤカシの姿が見える。
「少なくとも、ヤタよりは弱かった筈なんだけど」
ルリが知るオンモラキは、こんな大人数を動員できる勢力を持っていなかった筈らしい。
かつてヤタとの勢力争いに敗れたオンモラキは、それからもヤタとは何度か小競り合いを繰り返す犬猿の仲になっていた。しかし昨今は情勢の変化もあって随分大人しくなり、最早真っ当に戦いを仕掛ける気力もないと言われていたそうだ。
「だったら、どうして」
「はなしてるばあいじゃないみたい」
モモの声に会話を打ち切って正面を見れば、後方から迫る集団と同じ格好をしたアヤカシ達が数人集まって前方の進路を塞いでいた。
辺りを見渡せば、同様にアヤカシ達が周囲を封じている。羽ばたく翼の音に上を見やれば、数人の鳥人が頭上で槍を構え、今にも襲いかかろうとしている。どうやら、完全に囲まれてしまったらしい。
「これは、もしかすると」
と、不意に足を止めたコヨミが、顎に手を当てて呟いた。
「どうしたコヨミ、どこか痛めたか?」
「いや、そうじゃなくて」
口ごもったコヨミが再び何かを言いかけた、そのとき、周囲に轟音が鳴り響き、木々をなぎ倒して巨大な影が現れた。
それは、巨大な熊だった。普通の熊より二回りほど大きく、体長はおよそ5、6m。丸太のような太い四肢を持ち、長く伸びた両手の鋭い爪がぎらぎらと光を放っている。
分厚い壁が迫ってくるような威圧感をまともに受け、思わず足がすくむ。
「あんなのまでいるのか」
俺達を見つけた熊は、凄まじい勢いでこちらへ迫っていた。
「ここは、正面切って戦うしかないようね」
足を止めたルリの言葉に頷き、亡霊さんに体を貸す。
亡霊さんはすぐさま振り返ると、迫りくる鳥人達に颯爽と切り掛かった。
「甘いっ」
急に反転され驚いたのか鳥人達の反応は鈍く、亡霊さんの突進を止められない。亡霊さんは剣を振るいながら、無人の荒野を行くが如く駆け抜けた。
「じゃましないでぇっ」
その後方では、勢いよく振り抜かれたモモの拳が熊を大きく吹き飛ばし、空中へ舞い上がった巨体に鳥人が何人か巻き込まれて地面に落ちる。
土煙を立てて地面に落ちた熊は、動かなくなった鳥人を踏みつけつつ立ち上がると、再度大きく跳躍し、一気にモモに迫った。
「させない」
ルリの飛ばした火球が熊の顔でまともに炸裂し、熊はもんどりうって動きを止めた。
「いっけぇ」
熊の体制が崩れたところに、モモは握った両拳を頭上に振り上げ、飛び上がってから一気に振り下ろした。
凄まじい勢いで熊の体は地面に叩き付けられ、こちらまで伝わる振動と共に巨体の潰れる破砕音が周囲に鳴り響く。
「よごれちゃった」
モモが服に着いた汚れを払っている前で、ぺしゃんこになった熊の残骸が無残に晒されていた。
「終わりだっ」
モモ達の方で決着がついたとほぼ同時に、横一文字に振るわれた亡霊さんの一振りが鳥人達を数人纏めて上下に切断していた。
切り札を失ったからか、それとも目の前であっけなく仲間が葬られたことに動揺したのか。残りのアヤカシ達は、泡を食って退散していた。
「ひとまず安心、かな」
周囲から敵の気配がなくなり、森には元の静寂が戻る。これで全員倒せたとは思わないが、取り敢えず一息付けそうだ。
これなら逃げずに最初から戦っておいたほうが良かった気もしてしまう。敵の数は多いが、腕はそれほどでもないようだ。
「相克の徒だ」
「えっ?」
と、コヨミが予想外の言葉を呟く。
驚いてそちらを見る俺達に向かって、コヨミは腕を組みながら話し出す。
「彼らの武装や戦い方、どこか見覚えがあると思ったんだ」
コヨミの話によれば、鳥人が纏っている鎧や手に持った槍の意匠が、相克の徒が使っていたそれと酷似しているという。
「じゃあ、オンモラキに相克の徒が力を貸してるってこと?」
「恐らくは」
相克の徒がオンモラキの企みに力を貸しているとして、いったい何を狙っているのだろうか。
今までの奴らの行動は、かつてこの国を支配せんとした偉人を蘇らせるためのものだった。その為の生贄にコヨミを異世界から拉致し、更にドロク村から古代の遺産を奪ったのだ。
キョウトの一件で一旦はそれを阻止したが、まだ奴らは諦めていないらしい。
となれば、ルリの故郷に奴らが手を出す理由も大まかには見当がつく。
「なあルリ、ヤタの集落にあいつらが狙いそうなものはある?」
まず考えたのは、ドロク村のように何らかの遺物が眠っている可能性。
「ううん、あまりそういう伝承に興味は無かったから」
自身の出自に複雑な感情を持っているルリは、そういったことを知らないし、知る気もなかったのだろう。ここにヒタキがいればよかったのだが、今それを言っても仕方がない。
「となると、行ってみるしかないか」
結局のところ、いつも通りの行き当たりばったりである。
待っていればみすみす奴らの目的を遂げさせてしまうことになるし、行くしかないよな。
「何か来るぞ、ユウ」
と、キリの声が頭に響き、同時にどこからか重低音が聞こえ始めた。
規則性を持って周囲に響き渡るそれは、何か巨大なものが近づいてくる前触れに思える。
「また来るのか」
音は次第に大きさを増し、大地そのものが音と共に揺れ始める。木々が大きくざわめき、止まっていた鳥たちが一斉に逃げ出す。
そのとき、正面の木々が連続で薙ぎ倒され、とうとう目の前にそれは姿を現した。
「おっきぃ」
まず目に付いたのは、その高さ。2,30m程まで伸びた森の木々を余裕で超えており、見上げなければ上部までを把握することは出来ない。
「樹木のアヤカシ? 初めて見た」
ルリの言葉通り、眼前のアヤカシは木がそのまま意思を持って動き出したように見えた。
茶色の細い体には一枚の葉も生えておらず、どこか不気味な寒々しさを覚える。
人のように二束で歩いてはいるものの、顔のような部分はどこにも見当たらず、何を思っているのかは全く想像も付かない。
だが俺達には、そのアヤカシが明確な敵意を持ってこちらへ迫っていると、何故か確信できていた。
こちらが反応を返す前に、枯れ木のアヤカシは左右に生えた長細い枝を一気に俺達へ振り下ろした。
「亡霊さん」
「ああ」
連続で繰り出される鋭い枝を飛び退いて回避しつつ、俺は亡霊さんに体を貸す。
「行くぞ」
物言わぬアヤカシへ向け、刀を抜き放った亡霊さんが一気に突進する。
ようやく訪れた森の静寂を破って、再び戦いが始まろうとしていた。




