第三十三話 縁は異なもの味なもの
村へと帰る道中の山道で、不意にルリが口を開いた。
「普通に流してたけど、ユウって全然驚かないわよね」
「いや、結構びっくりしたけど」
ルリがアヤカシだったとか実はお嬢様だったとか、予想外の事実にとても驚いたんだけど。
「全くそうは見えないわよ、こっちは結構勇気出して言ったのに」
ルリの目からすれば、大した反応が返ってこなかったように見えているらしい。
自分としてはこっちにきてから一番か二番目くらいに驚いていたつもりなんだけどなぁ。
「でも、それがユウの良いところなのかもね」
納得いかない思いはあったが、ルリの可愛らしい笑顔を見て反論する気も失せてしまった。
と、遠くの森で木々の揺れる音がしたかと思った瞬間。
「何か来るぞ、ユウ!」
不意に聞こえた亡霊さんの言葉で周囲を見渡せば、西の空から急速に迫る幾つもの影が。逃げる間も無く、灰褐色の大きな翼と紅く長い嘴の付いた顔を持つ鳥人が、数体でこちらを取り囲んでいた。
「こいつら、オンモラキっ」
鳥人の姿を見たルリは、驚いた様子で叫んでいた。
「知ってるのか?」
ルリがこちらの問いに答えるよりも早く、敵が動き出す。
「我らの為に死ねぇぃっ」
口から禍々しい瘴気を吐き出し、数体のオンモラキがこちらへ迫ってきた。
「理由を聞いてる暇はなさそうだ」
体を渡された亡霊さんが、瞬時に刀を抜いて駆け出す。
「援護するわ、ユウ」
左右に散らばって発射されたルリの火球に続くように、刀を振りかざして突進する亡霊さん。
眼にも止まらぬ連撃で、一瞬の内に三体のオンモラキが切り捨てられる。
「ぐぅっ、ここは引くぞ」
手勢の半数以上を失い、残りのオンモラキは泡を食って逃げ出した。
「待てっ」
上空へ逃げ去るオンモラキ達を追いかけていくと、前方の茂みに見覚えのある人影が。
「ルリ、どうして」
背中から朽木に寄りかっていたのは、先程出会ったルリの姉。俺達と同様にオンモラキの攻撃を受けていたようで、綺麗に着付けられていた着物は所々が破けており、ほぼすべてが血と泥で汚れている。
「一体どういうことなの姉様、あいつらはいったい」
「まさか、あなたに助けられるなんてね」
掠れた息でそう言い終えると、女性は崩れ落ちるようにルリにしだれかかった。
「姉様? ヒタキねえさまっ」
姉の体を抱きかかえながら、何度も呼び掛けるルリ。
「不味い、すぐに手当しなければ」
ヒタキの体のあちこちからは止めどなく血が流れ続けている。このままにしておけば、命に係わる事態になる。
「どうして、どうしてこんな」
「ルリ、今は」
「分かってるわ、急ぎましょう」
ルリは顔を拭うと、赤く腫れた瞳もそのままにヒタキを亡霊さんへ託し。
亡霊さんはヒタキを背負い、村の方向へと駆け出した。
※
既に日も暮れ、すっかり暗くなった社務所の中。
薄ぼんやりとしたロウソクが照らすルリの部屋で、布団に寝かされたヒタキを、心配そうにルリが見つめていた。
「ユウ、襲われたとは真か?」
「だいじょうぶ、けがはない?」
と、勢いよく家の扉が開き、キリとモモが入ってきた。
「俺は大丈夫だったんだけど」
そう言って、布団の傍から動かないルリを見遣る。。
「彼女は?」
二人の後に続いて入ってきたコヨミが、寝かされているヒタキを見て問い掛けた。
「ルリのお姉さん、命に別状は無いそうだけど、まだ目を覚まさなくて」
診察してもらった村の老医者によれば、傷の数は多いが内臓に達する程深いものは無く、このまま安静にしていれば次第に良くなるとのこと。
「なんと、あやつに姉がいたのか」
三人は急に知った事実に驚きつつも、心配そうにルリとヒタキを見ていた。
「ル、リ」
と、ヒタキの目が徐々に開き、ルリの名を弱々しく呼んで手を虚空へさまよわせた。
「私はここにいます、姉様」
その手をしっかりと握り、じっとヒタキを見つめるルリ。
「まさか、あなたに助けられるなんてね」
ルリに助け起こされ、ゆっくりと体を起こすヒタキ。
「いったいどういうことなんですか、急に貴女が私を探しに来たり、さっきのあいつらも」
「変わったわね、ルリ。その人のおかげかしら」
詰め寄るルリを受け流し、ヒタキは穏やかな顔で俺を見ていた。
「いや、ルリは最初からこんなだったと思いますけど」
「なっ、そんな話はどうでもいいでしょっ」
顔を真っ赤にして反論するルリを見て、ヒタキが柔らかく笑う。
「ここまで事態が進めば、説明せざるを得ないわよね」
ヒタキは一つ咳払いをして真面目な顔になってから、ゆっくりと話し出した。
「まず伝えておく、お父様が死んだわ」
「そんな」
父の死をいきなり伝えられ、ルリは絶句していた。
「じゃあ、家は?」
「普通なら、私が継ぐはずだったんだけど」
険しい顔になったヒタキは、そこで言葉を詰まらせる。
「あんな風に襲われるのは、普通じゃないですよね」
続けざまに発したこちらの言葉に、ヒタキはこくりと頷いた。
「端的に言えば、お家騒動よ」
今回の件を引き起こしたのは、ルリ達が属するヤタの家系の、本家とは別に存在する傍流の家系。今までは血統で劣っていたために表舞台に立つことは無かったが、実権を握る為にルリ達の血統を潰そうとしているらしい。
急死した父の件も彼らの仕業だと思い調べていたヒタキは自身も襲われ、ルリが危害を加えられることを予見して探しに来ていたとのこと。
「あたしは別に、家なんて継ぐ気はないのに」
急にそんなことを聞かされたルリは、困惑した反応を見せていた。
「継ぐ気が有ろうと無かろうと、可能性があるだけで奴らにとっては十分なのよ」
俯きつつ、憎々しげに言い捨てるヒタキ。
「いくら権力を握りたいからって、暗殺はやり過ぎじゃないかな。表沙汰になれば、あちらのほうがどう見ても分が悪い」
コヨミの言うことにも一理ある。いくら力を得たいからと言って、暗殺なんてことが集落の他の住人に明らかになれば只では済まないと思うのだが。
「恐らく、オンモラキの手が入っているのでしょう」
ヒタキは、腕を組んで考えつつ答える。
「さっき襲ってきた奴らですか?」
「ええ、彼らは昔から私達と仲が悪くて。まさかこんな手段に出るとは思ってなかったけど」
オンモラキ族とは、ヤタ族の近くに住むアヤカシの一族。彼らは自身の意のままに操れるものに家を継がせ、利益だけを得ようとしているとヒタキは予想した。
「ふむ、例え暗殺の件が露呈したとしても、自分たちに被害が及ばないように出来ている訳か」
今のところ、オンモラキが暗殺に加担したという明確な証拠はない。
「まあ、ここにいれば少なくとも身の安全は確保出来る訳じゃし」
「いえ、それでは駄目なのよ」
キリの言葉に、ヒタキは首を振って答えた。
「このまま私が消えれば、奴らは死んだものとして扱うわ」
そうなれば、労せずに集落の実権が手に入る。防ぐためには、直接彼らを止めるしかない。
「だったら、やることは決まったな」
「うん」
「そうじゃな」
「戦闘は得意ではないけれど、ボクに出来る事でお役に立とう」
俺の言葉に続くように、俺達は四人で視線を交わし力強く頷いた。
「貴方達、何を言って」
「いいの、ユウ?」
こちらの考えが察せず困惑するヒタキと、逆に察せてしまい戸惑うルリ。
「そんなの、今更じゃないか」
「合縁奇縁は世の常だ、こうしてボク達が出会ったのも、何かの巡り合わせなんだろう」
「ルリおねえちゃんがこまってるなら、たすけたいもん」
「日頃の飯の分くらいは返さねば、バチが当たるからのう」
そんな二人に対して、俺達は口々に暖かい言葉を返す。
「みんな、ありがとう」
ゆっくりと頭を下げるルリの瞳には、薄っすらと涙が滲んでいた。




