第三十一話 訪れるものは
コヨミが神社で暮らし始めてから数日ほど立ったある日、ふもとの村の村長が数人の村人と共に神社を訪れていた。
村長達から聞かされたのは、村の今後に大きく関わる事例だった。
「村おこし?」
「畑を耕しているばかりではこの先やっていけるか心配でのう」
真っ白になった髭を撫でながら、村長はため息をつく。
「聞いたところによると、別の村では猿楽を呼んだり、綺麗に咲く花で人を呼んどるそうなんだ」
戦乱の世も終わり、農民たちはある程度自由に暮らせるようになっていた。それによって次第に表面化し始めていたのが、地方間の格差。
キョウのような大都市は言うに及ばず、今まで農業だけで生活していた村でも全く新しい分野で発展を遂げる場所が出始めていたのだ。
「そこで、この村でも派手なことをやって客を集めようと思ってのう」
要するに、何か大きな話題になるイベントを起こして村に観光客を集めたいらしい。
商業や観光でも副収入が得られれば、例え農作物が不作であっても備えができる。確かに考え自体は有効なものだが、相応の策が無ければ成功するのは難しい。
「だども、なんも案が出なくてなぁ」
四角い顔の村人は、首を傾げて困り果てた様子を見せていた。元々農業一本でやって来たところで急に問われても、考えを出すのは無理だろう。
「それで、こうしてお前さんに話を聞きに来たんだべ」
村おこしと言われても、どうすれば良いのだろうか。目を閉じ、腕を組んで思索を巡らせる。
あちらの世界で行われていた村おこしを思い返すと、他の村にはない独自の特徴を前面に押し出していたような。
観光だったり名産品だったりいろいろな種類はあったが、とにかく人目を引くのが大事だったと記憶している。
「この村にしかないもの、か」
一つだけ、思い当たることがあった。
村人たちが帰ってから、皆を連れてキリの部屋を訪ねる。
「どうしたんじゃ、ユウ?」
キリはキョウで手に入れたカタナの目録を眺めつつ、だらしなく座布団に寝転がっていた。
「ちょっと頼みたいことがあって」
頼みの内容を聞いたキリは、一瞬で顔をしかめた。
「嫌じゃ、わらわの力は見世物ではないぞ。そもそも、愚かな人間のために働くなど」
以前起こった家具達の反乱、あれは他の村にはないこの村だけの特徴だ。
動く家具というのは印象的だし、村の適当な場所で演芸をすれば物珍しさで観光客が集まるだろう。
けれど、当のキリは全く乗り気ではない。
「でも、みんなこまってるみたいだし」
「この前散々迷惑かけたんだから、それくらいやってあげてもいいじゃない」
「なんと言われようと、嫌なものは嫌じゃ」
キリの意思は頑なで、ルリやモモの説得にも全く耳を貸す様子がない。
「残念だな、やってくれれば好きなだけ食べさせてくれるって言ってたのに」
「なっ」
と、黙って成り行きを眺めていたコヨミが、不意に会話に参加した。
「そんなこと言ってたっけ?」
村人に一応の相談はしたが、報酬の話まではしていなかったような。
キリに聞こえないように、小声でコヨミに問いかける。
「労働にはそれなりの対価が必要だろう?それくらいあちらだって解ってるさ」
キリに背を向け、口に人差し指を当てて軽く笑うコヨミ。
「確かお団子も煎餅も食べ放題だったかな、本当に残念だよ」
口の端を歪め、コヨミはいきいきとした表情でキリに告げる。
「ぐっ、わらわがそんなものでなびくと」
「あんこのたっぷりはいったおまんじゅうもだって」
揺らぎ始めたところに、ダメ押しとばかりにモモの言葉が加わる。
モモは背後で耳打ちするコヨミにどうみても言わされているが、キリは気づかないのだろうか。
「そ、そこまで頼まれれば仕方ないのう。わらわも鬼ではない、やってやろうではないか」
腰に手を当て、大きく胸を張って宣言するキリ。キリの高笑いが聞こえる中で、コヨミの満足そうな顔がやけに印象に残っていた。
※
ぼんやりとした照明に照らされる室内では、奇妙な光景が繰り広げられていた。太鼓等が自分達で軽快に奏でる音楽に合わせて、箪笥や化粧台、机や椅子が一糸乱れぬ踊り繰り広げている。
「ほんとに家具が動いた」
「すごーい」
集会所を改装して作られた物見小屋の中には、多数の観客が挙げる歓声が響いている。
アヤカシが普通に存在する世界でも、動く家具という存在は珍しかったようだ。しかも自由自在に操れるとくれば、尚更だろう。
一回三十分程の公演でおよそ百人程度の客入りが見込めており、これが今後も続くのならかなりの儲けになる。
「まったく、なぜわらわがこんなことを」
公演が終わった後、舞台袖から休憩室にとぼとぼと戻ってきたキリは、疲れた顔で愚痴をこぼしていた
「でも、引き受けた時は随分乗り気だったじゃないか」
「今回は特別じゃ、やはりわらわがこんな軽率な行動をとるのは」
「いやー大好評だったべさ、これはお礼ね」
憤懣やるかたない様子で発されたキリの言葉が、両手で皿を持ってきた村人で中断される。
「こ、これ全部食べてよいのか?」
大皿の中には、色とりどりの菓子が山のように積まれていた。事前に交渉した結果、報酬は現物で貰えることになっていたのだ。
「もちろん、おかわりもまだまだあるべ」
続く村人の言葉に、キリの表情がぱぁっと明るくなる。
「たまには人間の役に立つというのも、悪くないのう」
「普通に喜んでるし」
口いっぱいにお菓子を頬張るキリを見て、思わず言葉が出る。
「はぅっ。こ、こんなもので満足すると思ったら大間違いじゃぞぉっ」
顔を真っ赤にしたキリに両手をぶんぶん振って抗議されるが、頬あんこを付けたままで言われてもさっぱり説得力がない。
「わらわは疲れた、休憩させてもらうぞ」
「わかった、ゆっくり休んでくれ」
部屋の畳に寝転がったキリを置いて、物見小屋の裏口から外に出る。正面入口の方に回れば、軽快な呼び込みが聞こえてきた。
「おみやげの付喪神まんじゅうに付喪神煎餅はこちらでーす」
急ごしらえで作られた店舗の中では、ルリが元気な声で道行く人に声を掛けていた。
売られているのは、普通のそれに付喪神という文字が書かれただけの代物。正直便乗商法以外の何物でもないが、これが結構儲かるらしい。
予想以上の盛況ぶりに手が足りず、また村人の多くは商売に慣れていないこともあって、人当たりのよいルリに声が掛かっていた。
「どう、売れてる?」
「まあまあってところかしら」
売り子のルリは鮮やかな赤い着物の上に、エプロンのようなひらひらした白い服を羽織っていた。
振り向いた動作でひらりと飾り布が舞い上がり、思わず見惚れてしまう。いつもの服も可憐だが、売り子の格好も結構似合ってるな。
と、背後に誰かの気配を感じ、ルリは客の方へ振り返った。
「いらっしゃいま、せ?」
挨拶を発しながら客を見たルリは、張り付いた笑顔のまま静止していた。
「ようやく見つけたわ、オオルリ」
底冷えする冷気のような声を発したのは、藍色の着物を纏い銀色の髪を後頭部で結ったおしとやかな雰囲気の女性。下がった目尻とふくよかな胸からは温和そうな印象を受けるが、ルリに向けた射抜くような鋭い視線には、言い知れぬ強い感情が篭っていた。
「姉、さま」
驚いたように目を見開いて静止するルリと、それをじっと見つめる女性。二人の間に流れる空気に圧倒され、何も言葉を発せなかった。




