第三十話 今までと、これからと
寺での戦いから一夜明け、俺達はアイの家を出立しようとしていた。
「もう行くのかい」
見送りに来てくれたアイは、大きな欠伸をして目を擦っていた。
昨日街で暴れていた相克の徒のアヤカシと戦っていたらしく、寝不足のようだ。
「はい」
「お世話になりました、アイさん」
玄関に立ち、ルリ達と連れ立って頭を下げる。
「別にいいさ、こっちこそ世話になったからね。あの光を止めたの、あんた達なんだろ?」
「ええと、まあ」
「あれが消えてから暴れてた余所者もいなくなったし、あたしらも白い目で見られなくてよくなりそうだからね」
寺の儀式が失敗に終わったとみるや、キョウで暴れていた相克の徒はどこかへ逃げ去っていったそうだ。
これで全部が終わった訳ではないだろうが、取りあえずは大人しくなってくれるだろうか。
「今度来るときは物見で来なよ、色々案内してあげるからさ」
ひらひらと手を振るアイさんに見送られて、俺達は帰路へと歩き出した。
※
「ここは、あの神社かい?」
「ああ、建て直したんだ」
元の廃墟が嘘のようにすっかり真新しくなった神社を見て、コヨミは驚いたように周りを見渡していた。
「かえってきたねー」
「一週間ぐらいしか経ってないのに、随分空けた感じがするよ」
久しぶりに帰ってきた社務所はどこか懐かしくて、心なしかあちこち埃も積もっている気がする。
荷物を片付けるのもそこそこに、居間の机を囲み腰を下ろす。
「やっぱりここが落ち着くぅ」
ルリは畳に寝転がり、大きく体を伸ばしていた。動作だけならしなやかな猫のようだが、声がなんだか年寄り臭いような。
「お茶入れてくるね」
「お願ぁい」
「わらわの分もたのむぞ」
すっかり疲れ切った皆を居間に残し、台所からお茶を運んでくる。
皆は寝転がったりお茶を飲んだり寛いで、思い思いに長旅の疲れを癒している。
「そうだ、コヨミちゃんの部屋も用意しないと」
「呼び捨てでいいさ、歳は同じくらいだろう?」
「じゃあよろしくね、コヨミ」
そう言って、顔を見合わせて笑いあう二人。
「落ち着いたところで、さっそく話そうか」
「何を?」
「これまでのことと、これからのことをさ」
コヨミはおもむろに机の上に手を置くと、元の世界で見慣れた軽い態度で語り出した。
※
「何かに導かれるように神社を訪れたボクは、古びた井戸を見て意識を失っていた。次に目が覚めたとき、ボクは彼らに囚われていたんだ」
コヨミはあくまで冷静な口調で、滔々と語る。
「彼らが何を企んでいるかは分からなかったけど、良からぬことだってことは容易に想像が付いたね」
コヨミは暫くの間、何処かの砦の一室に捕まっていた。食事もきちんと供給され、行動の自由以外はそれなりに快適な生活が出来ていたという。しかし、相克の徒が纏う不穏な空気は、囚われの身でも容易に感じ取れるものだった。
自分が何かに利用されることを察したコヨミは、奴らから逃れる方法を模索していたが、ただの女子高生に出来ることはなく。
「囚われてから数週間が経った頃だろうか、この神社に連れてこられていたボクは、長髪の男、キミ達の言う亡霊さんの手によって逃げ出すことが出来たんだ」
そのときコヨミを逃がしたことによって、亡霊さんは命を落としたのだ。
丁度亡霊さんの方を見れば、遠い目でどこかを見つめていた。恐らく、そのときのことを思い出しているのだろう。
「それから先は、ユウも知っているとおりさ」
少し寂しそうに笑って、コヨミの話は終わった。
「さて、ユウの話を聞かせてくれないか」
「分かった、まずは――」
それから俺は、この世界に来てからの出来事を纏めて話した。ルリ達に出会ったことや、様々なアヤカシと戦ったことを。
「成程、キミも中々大変だったようだね」
「まあ、な」
一か月の間に起こったことををじっくり思い返し、少ししんみりとした時が流れる。
「にしても驚いたよ、ちょっと見なかった隙に三人も手籠めにするなんてね」
次の瞬間、コヨミはとんでもないことを言い放っていた。
「えっ」
動作が止まり、手に持っていた湯呑を取り落すルリ。
「うん?」
何を言われたのか分からず、首を傾げるモモ。
「ほぉう」
興味深そうに瞳を細め、まじまじとコヨミを見つめるキリ。
「ちょっ、何言って」
三人が三者三様の反応を見せる中、当事者の俺はただ戸惑うのみで。
「やれやれ、あっちにいたころは毎日キミを喜ばせてあげてたつもりだったんだが、ボクでは不満だったのかな」
口の箸を歪め、コヨミは実に楽しげに話す。
「いやいや、そんな事実はないぞ」
弱々しい弁解の言葉が辛うじて出たものの、誰の耳にも届かず消えていく。
「よろこばせるって、なーにー?」
「モモは知らなくていいの」
モモを窘めるルリの顔は笑っていたが、声は凄みのある低音になっていた。
「ねえコヨミ、ユウの昔話を聞いてもいいかな?」
「勿論構わないさ、何でも聞いてくれたまえ」
楽しそうな顔のまま、不穏なことを話しだす二人。このままでは、あることないこと喋り尽くされてしまう。
「何処へ行くつもりじゃ、ユーウ?」
居間の外へ体が半分出た状態で呼び止められ、不格好な姿を晒してしまう。気付かれないように離脱を試みていたのだが、どうやら遅かったようだ。
「じゃあまず、一緒にお風呂に入った話から」
「子供の頃の話だろっ」
それから暫くの間、コヨミは実に楽しそうにたっぷり脚色した昔話を語っていた。話は夕飯の間も続き、ずっと胃が痛い思いをすることになった。
※
夕飯が終わり、皆が自室へ帰っていった頃。
丁度一人で廊下を歩いていたコヨミを呼び止めた。
「お前なぁ、変なこと言うなよ」
どうにか取りなせたものの、変に思われていないか心配だ。
「いいじゃないか、お蔭で彼女達とも仲良くなれそうだし」
くつくつと笑うコヨミは、全く悪びれる様子もない。
確かに最後の方は少しよそよそしかったルリ達とも随分親しげに話せていたけど、内容が内容だけに手放しで喜べない。
「ありがとう、ユウ」
と、急にこちらへ向き直ったコヨミが、真剣な顔で頭を下げていた。
「どうしたんだよ、改まって」
予想外の行動に、怒りが何処かへ飛んでいってしまう。
「ちゃんと言っておきたかったんだ、変かい?」
そう言って、いつもの飄々とした顔に戻るコヨミ。
「いや、いいけどさ」
掴みどころがないというか、相変わらず予想が付かない行動をするな。
「それで、君はどうするつもりなんだい?」
どうするって、何を? 突然の質問に戸惑っていると、察してくれたのかコヨミは言葉を続けた。
「ここに残るのか、それともボク達の世界へ帰るのか」
「帰るって、帰れるのか?」
こことあちらが繋がった理由は分かったが、具体的な方法はまだ把握できていないはず。
「まだ分からない、けど、大まかな方針くらいは決めておいた方がいいんじゃないかな」
そう言って、コヨミは今日泊まるルリの部屋へ入っていった。
「これからどうするか、ね」
自分の部屋で布団に寝転がり、コヨミの言葉について考える。
頭の片隅に元の世界のことはあったけど、今まではコヨミを探すので精一杯だった。
両親や友達のことを考えなかった訳ではない、それ以上に重要な事がありすぎて、悩んでいる暇がなかっただけ。
答えの出ない問を抱えたまま、ゆっくりと意識は睡魔に包まれていった。




