第二十九話 取り戻す絆
「一度死んだくせに、未練がましく出てくるんじゃない」
「例え無様であろうとも、お前を止められるならっ」
左右から交差して振り下ろされた二刀を紙一重で回避し、下段から体を捻りつつ真一文字に切り上げる亡霊さん。
顔を狙った斬撃に対し体を反らして避けたガイは、お返しとばかりに腹を目掛けて蹴りを繰り出す、亡霊さんの体が後方に吹き飛び一旦両者の距離が空く。
一呼吸置いた後、どちらともなく二人の体はまた衝突していた。
目の前では、亡霊さんとガイとの激しい戦いが繰り広げられている。同時に、目の前で立ち昇る光柱の輝きが時を経るごとに増していた。
亡霊さんの話が正しいなら、このまま儀式が続けばあいつの命はない。
と、寺の周りがにわかに騒がしくなり、上空から連続して火球が降り注いだ。編み笠達へのそれは円形に展開された結界のようなもので防がれたものの、周囲のアヤカシを一気に消し飛ばしていた。
ほぼ同時に、大地を揺らす振動を伴って大きな足音が周囲に響き渡った。音のした方を見れば、黒い巨体が凄まじい勢いでこちらへ突進していた。
「ルリ、モモ、来てくれたのか」
一旦ガイから距離を取った亡霊さんが、寺の正門へ到着したモモ達へ近づく。
「散々大騒ぎしていれば、嫌でも気付くわよ」
「あれって、なんなの」
ルリは掴っていたモモの体から降り、ガイや編み笠達を見遣る。モモは、未だ立ち昇っている光の柱を圧倒されたように見上げていた。
「わらわが寝てる内に好き勝手やりおって、全く」
モモの肩にしがみついていたキリの姿が空中に掻き消え、亡霊さんの手中にある影切丸へ光が集まる。
「有象無象が、邪魔をするなっ」
突如やってきた乱入者に対し、ガイはあからさまに不機嫌さを見せ、次の瞬間再び亡霊さんへ向け突進した。
怒りを露わに突進するガイを前に、刀を構えて応戦しようとする亡霊さん。
亡霊さんにとって目の前の男がどれだけ大事か、それは分かる。けれど、俺は。
「俺は、あいつを助けたい」
「ユウ」
思わず洩れた心の叫びに、亡霊さんの動きが一瞬止まり。次の瞬間、亡霊さんはガイとは別方向に走り出していた。
「貴様、逃げるのか」
限界まで高まった戦意の行き場を無くし、呆けたようにこちらを見るガイ。
「お前の言うとおりだ、死人が出しゃばるべきではない」
立ち止まった亡霊さんは、ガイを振り返ることもなく答える。視線の先にあるのは、囚われたあいつ。
「何を言って」
困惑するガイを残して、亡霊さんは先を塞ごうとする編み笠達へ切り掛かった。
詠唱を中断した編み笠達が、一気に亡霊さんへ殺到する。
「いいんですか、亡霊さん」
「私とガイの因縁など、今ここで失われてようとしているものには比べられん」
会話しながらも、亡霊さんは次々と編み笠達を切り捨てていく。
「周りはあたし達が抑えるわ、行ってユウ」
「おともだちを、たすけてあげて」
ルリが放った特大の火球が弾けて爆炎が上がり、続けざまにモモの突進が編み笠達へ炸裂する。
轟音の中、がら空きになった中央を走り抜け一気にあいつの元へ。
が、物理的な障壁となった光の柱に阻まれ、目の前のあいつへ辿り着けない。
「ここまで来て」
「わらわに任せてもらおう」
キリの声と共に、影切丸が激しく輝き始める。
「お主がどれ程この時を待ち望んだが、分からぬわらわではない」
「これなら」
亡霊さんの気合いと共に、立ち昇る光の柱に向けて眩く煌めいた影切丸が振るわれた。柱は真っ二つに切り裂かれ、天まで届こうかという光が一瞬で消滅する。
「コヨミ、大丈夫かコヨミ」
亡霊さんから体を返してもらい、座ったままの暦へ駆け寄る。日に焼けて茶色掛かった軽く癖のついた黒髪と、一見清楚で可憐に思わせる人形のような整った顔立ち。俺より少し小ぶりな体に暖色のブレザーと紺のスカートを纏った姿は、間違いなく朧夜暦のものだった。
気を失っているものの、外傷は見られず脈も呼吸もあった。暫し顔を見つめてから、無事に再会できたことを実感し、大きく息を吐き出す。
「我らの儀式が」
光の柱が消え、呆然とする編み笠達。最早戦意を無くしたようで、殆どが呆然とその場に立ち尽くしている。
と、立ち消えた光の源、巨大な魔方陣が描かれた地面から、先程までと反転したような赤黒い煙が噴き出した。
「何か出てくる」
不気味な煙はゆらゆらと空中で一つに集まり、薄らと人の形を取った。煙で出来た人の手には、同様に煙で模られた刀が握られている。
「モモ、コヨミを頼む」
「わかった」
不穏な気配を感じ、背負っていたコヨミをモモに託す。同時に、体を亡霊さんに貸した。
「儀式が不完全だったか、だがまだ」
煙を見て苦悶の表情を浮かべたガイは、残った編み笠達を連れていずこかへ向け走り去っていた。
「あいつ、逃げるの」
「今はこいつを何とかしないと」
ガイを追おうとするルリを止め、こちらを向いた紅い煙と対峙する。人型の煙は言葉を発さないまま、刀を振りかざして襲い掛かってきた。
「来るなら、容赦はしない」
が、煙人へ向け横一文字に振るわれた刀は、そのまま胴体をすり抜けていた。
逆に、煙人が上段から振り下ろした刀は物理的な衝撃を引き起こし、轟音を挙げて大きく地面を抉っていた。
「キリ、あれは使えないのか?」
「さっき力を使ったからもう無理じゃ」
キリは光柱を壊すときに大分消耗してしまったらしく、答える声にもどことなく力がない。
「だったらあたしが」
ルリの掌が瞬き、連続して火球が撃ち込まれる。だがそれも、煙人の体をすり抜けていくのみ。
「攻撃が効かないんじゃ、どうしようもないわよ」
焦りを含んだルリの口調を受け、打開策を求めて周囲を見遣る。
と、立ち昇る煙の源が、未だ怪しく輝いている魔方陣であることに気が付いた。
「魔方陣だ、あれを壊せば」
相克の徒が行った儀式の結果、完全な形でないにしろ黄泉の国への門が開いてしまったのだ。原因である魔方陣を破壊すれば、黄泉の国へと通じている門が閉じるはず。
「モモ」
「わかった」
コヨミを脇に降ろしたモモが、大きく腕を振りかぶる。
「あんたは、こっちを向いてなさい」
その動きに反応した煙人を、ルリの火球が牽制する。直撃はしなかったものの、煙人の動きが一瞬止まる。
「こんのぉっ」
次の瞬間、雄叫びと共に振るわれた拳が、魔方陣ごと大地を粉砕していた。
激しい衝撃が大地を伝わり、稲妻のような地割れが四方に奔る。
「どう、なったの」
もうもうと舞い上がった土煙が晴れたとき、目の前から怪しく光る魔方陣は完全に消滅しており、あったのは粉々になった土塊だけだった。
亡霊さんに襲い掛かっていた煙人の姿は、俺達の目の前で次第に薄くなり、数秒もたたずに消えていた。
「終わったの?」
静寂の中で、ルリの呆けたような声が響く。
周囲に俺達以外動くものはなく、ふと東の空を見れば、次第に夜の闇が薄れ始めていた。
「う、ううん」
と、地面に寝かされていたコヨミが、ゆっくりと体を起こしていた。
「大丈夫か、コヨミ」
咄嗟に走り寄り、ふらついた胴体を抱え起こす。
「ユウ、なのか?」
走り寄ったこちらの呼びかけに、コヨミはぼんやりとした目を向けた。
「ああ、俺だ」
「そうか、ボクは」
「よかった、本当によかった」
ようやく聞けたコヨミの声で胸がいっぱいになり、続く言葉を待たずにその体をきつく抱きしめていた。
コヨミは突然のことに一瞬体を震わせてから、為すがままにそれを受け入れていた。
頬を伝う暖かいものを拭うこともせず、暫しの間細く柔らかな体を、その温もりを感じていた。




