第二十八話 邂逅、光の中で
夜の闇を引き裂くように、突如キョウの街に発生した光の柱。記憶を取り戻した亡霊さんは、柱を向けて走り出していた。
「奴らの目的は、再びこの世界に騒乱をもたらすこと。私はそれを知りながらも、ガイと共に奴らの仲間になった」
説明を続けながら、亡霊さんは光柱へと急ぐ。
相克の徒は安定しかけた現在のワコクに不満を抱いたものの集まりであり、その中にはアヤカシだけでなく人間も多数いるという。
亡霊さんは相克の徒全体にに疑念を抱きつつも、友を見捨てることは出来なかった。このまま落ちぶれていくよりは、怪しげでもどこかの組織に所属した方がましだと思っていたのだ。
「どうやって?」
あちらの関ヶ原に準ずる戦いが終わった時勢なら、既に世の中の趨勢は徳川に傾いている。いくら相克の徒が力を持っていたとして、生半可な手ではこの状況を覆せないはずだ。
「それを可能な人間が一人だけいる、いや、いたというべきか。その男は、既にこの世にいないのだから」
相克の徒が頼ろうとしている者は、かつてこの国を支配する一歩手前まで到達しながら、ここキョウにて命を落としたある人物。
だがどんな大人物であろうと、もう死んでいるのならどうしようもないのでは。
「勿論そうだ、普通ならそう考える。だが、奴らが取った手段は普通とはかけ離れていた」
こちらの問いかけに、走りながら答える亡霊さん。光の柱までの距離はおよそ500mほどまで接近しており、既にここからでもかなり眩しい。
「奴らは、この世の理を曲げようとしている」
人は死ねばそれきりであり、死者は決して蘇らない。どんな力を持った人間であろうと、死は等しく訪れその運命を終わらせる。
しかし相克の徒は、不変の理を曲げる道を選んだ。
「死人を蘇らせるってことですか?」
通りの角に止まって周囲を警戒しつつ、無言で頷く亡霊さん。
視線の先には、相克の徒が集めたと思わしきアヤカシ達の影が。
「古来より伝わる秘術を使い、黄泉の国へ通じる門を開く。私に説明したアヤカシはそう言っていたな」
亡霊さんはそこで一旦言葉を切り、まじまじとこちらの目を見つめた。
「ユウ、お前が探している少女がここに連れてこられたのは、門を開くためなのだ」
「それって、どういう」
予想外の場面であいつが話に登場し、一瞬戸惑う。
「普段は見えも聞こえもせず、我々の世界とは異なる場所にある黄泉の国。その門を我らの側から開く為には、この世界とは違った理にて生きるものが鍵となる」
「それが、異世界に暮らす俺達か」
相克の徒が言う理屈でいえば、死者が住む黄泉の国も、異世界という点では同じ。こちらの世界から開くことが不可能な黄泉の門を、全く別の世界にいた存在を触媒として開く。
若干胡散臭い語呂合わせのような理屈だが、相克の徒が所持している古文書の中ではその手段で死者を蘇らせることに成功したという。
「故に我らは、かつて異界への門を開いたとされる社にて儀式を行った」
「それって、まさか」
「ああ、あの神社だ」
俺達がこの世界へ導かれたのには、やはりあの場所が関係していたのか。
「アヤカシ達の儀式の結果目の前に現れたのは、まだ年端もいかぬ少女だった」
その少女とは、恐らく。
「少しでも触れれば壊れてしまいそうな彼女の姿を見て、今更になって怖くなったのだ。こんなあどけない少女を我らの野望のために犠牲にしても良いのかと」
と、光の柱に近づく俺達に気付いたのか、アヤカシ達が群れを成してこちらへ向かっていた。
通りを埋め尽くす程のアヤカシ達は、角の生えたものや、鋭い爪を振りかざすものなど、その種類は様々。
「だが既に、私一人が反旗を翻したところでどうにかなる状況ではなかった」
会話を続けながら、亡霊さんは迫りくるアヤカシを切り捨てる。
流石に相手の数が多すぎるようで、途切れることなく次々とアヤカシが襲い掛かってくる。
「邪魔だっ」
一喝と共に下段から振り上げられた一撃は、空気を揺らす衝撃音を伴って大地を抉った。直撃を受けたものと衝撃波に巻き込まれたものを含めて、合計十数体ものアヤカシが一瞬で葬られていた。残ったアヤカシ達も、潮が引くように亡霊さんの周囲から逃げ出した。
ひとときの静寂が戻った中で、絞りだすような声で亡霊さんは語る。
「いまわの際に、少女だけは逃がせたと思っていた。だが、あの光を見た所ではそれも無駄になってしまったらしい」
相克の徒が今儀式を行っているのは、必要な鍵が揃ったから。亡霊さんは、無力感に打ちひしがれているのだろう。
「亡霊さん、ありがとうございます」
「しかし、そもそも彼女を攫ったのも」
「それでも、亡霊さんは助けようとしてくれたんですよね」
例え原因の一端を担っていたとしても、亡霊さんは命を賭してまであいつを助けようとしてくれた。亡霊さんの高潔な精神に対して、礼を言うのは当然だ。
「ここから先へは通さん」
と、立派な大太刀を構えた何者かが俺達の前へ立ち塞がった。人一人分ほどあるだろうか、常人であれば持ち上げることすら困難であろう大太刀を、男は軽々と担いでいる。
「邪魔だと言っているっ」
が、先程より更に気合いの入った亡霊さんの一撃で、男は大太刀を振るうことなく両断されていた。
地面に落ちた大太刀をまたぎ、亡霊さんは光柱へと急ぐ。
「蘇らそうとしている偉人って、誰なんですか」
「ワコク全てをその手中に収めんとしながら、ここキョウにて志半ばで死んだダイミョウ」
アヤカシ達を蹴散らしながら走り続け、ようやく光柱の目の前へ辿り着かんとした、そのとき。
「やはり来たか、ジョウ」
何者かの声を受けて、亡霊さんの歩みが止まる。
光の柱が立ち上っているのは、真新しい寺院の中。夜空に浮かぶ月まで届きそうなその威容を間近で目にし、思わず圧倒される。
寺院の正門を前にした俺達の丁度正面、視界全てを覆う眩い光を背にして一人の男が立っていた。
「ガイ」
男の格好は亡霊さんのそれと同様に、全く飾り気のない小袖姿。一見落ち着いた雰囲気を纏っているが、無造作に伸びた前髪から覗くぎょろりとした紅い目が、明らかな異質感を放っていた。
鮮やかな漆塗りの刀を両腰に一本ずつ差し、両方の鍔に手を掛けた体勢で不敵に笑っている。
「ガシャドクロにイワクラ、我らが誇る精鋭をこうもあっけなく倒すとは、流石だよ」
ガイは、自分の仲間が負けた事実をどこか嬉しそうに語っていた。
「だが、遅かったようだな」
ガイは怪しく笑いつつ振り返り、煌々と輝き続ける光柱を見やる。
「まさか、もう」
――ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり、ふるべ ゆらゆらと ふるべ――
寺院の中からは、怪しげな祝詞が幾重にも重なって聞こえている。
目を凝らしてみれば、編み笠を被った修験僧風の男達が、光柱を取り囲んで一心不乱に祝詞を唱えているのが見えた。
「お前も見ておくがいい、この国が再び戦乱に包まれるところをな」
「させん」
気を発した亡霊さんが、刀を勢いよく引き抜く。
「また俺に殺されるか、ジョウ」
呼応するように、ガイも両腰の刀を抜き放った。
全く同じ構えを取った二人が、一瞬の間を置いて交錯する。激しい剣戟音が絶え間なく響き、眼にも止まらぬ速さで三つの刀が振るわれる。
が、俺の目線は目の前の凄まじい戦いではなく、別のものへ釘付けになっていた。
「やっと、見つけた」
参道の中、光柱を囲む編み笠達の中心に、体を縄で拘束された少女の姿が見えた。いつか見たものと同じ学校指定の制服を纏った姿を一目見て、心臓が震えるような衝撃を受ける。
それは紛れもなく、あいつの姿だった。




