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第二十七話 追憶

「私の、私が引き起こしたことなのだ」


 再び姿を現した亡霊さんは、沈痛な面持ちで頭を下げ続け、ひたすら謝罪の言葉を述べるのみだった。


「と、取りあえず落ち着いて下さい」


 今までに無い取り乱しようから見て、亡霊さんが記憶を取り戻したと察せた。けれど、ここまで錯乱されてはまともに話も出来ない。


「済まない、何から話せば良いのか」

「実は、今日変な夢を見たんですよ」


 場を落ち着かせるために、朝見た夢について話してみる。こちらの予想が正しければ、あれは恐らく亡霊さんに関わるもの。


「恐らくそれは、私の記憶だろう」

「やっぱり」


 亡霊さんが過去を取り戻すと同時に、繋がっている俺の頭にも記憶が流れ込んだのだろう。

 

「そうか、ユウも見ていたのか」


 少し驚いたように呟く亡霊さんは、先程よりは落ち着いたように見えた。


「まず、亡霊さんの過去から順を追って聞かせてもらえませんか」


 さっきの言葉は確かに気になるが、焦って聞き出しても良い結果にはならないだろう。

 はやる気持ちを抑え、あえて落ち着いた口調でと亡霊さんに話し掛ける。

 

「ああ、分かった」


 重々しく頷いた亡霊さんは、少しだけ考え込むような顔になってからゆっくりと話し出した。 


「私の名はジョウ」

「それだけ? 苗字とかは」

「いや、そんな大層なものを持てる生まれではなかったからな」


 この時代、苗字を持てるのはごく限られた身分の者だけだった。剣の腕から勝手に名のある武人だと思っていたが、どうやら違ったらしい。


「実の処、どこで生まれたのかも定かではない」


 過去に思いをはせているのか、どこか遠くを見つめながら滔々と語る亡霊さん。


「気付いた頃には、荒れ果てたキョウの町にいた」


 かつてキョウを襲った戦い、いわゆるオウニンの乱によって、キョウには戦災孤児と呼ばれる子供達が大勢生まれていた。

 今は大分復興したが、当時は街の中心部も酷い有様で、日中から野党の類が跋扈ばっこしていたという。


「家も親も持たぬ流浪の身であり、日々生き抜くだけで精一杯だった。私が生きていられたのは、常に傍にいた友のおかげだった」


 友の名はガイ、亡霊さんと同じく戦災孤児であり、年の頃が同じだったこともあっていつの間にか意気投合していた。生まれつき髪は全て白く、瞳は常に燃えるような真紅に染まっている特異な外見をしていた。性格は苛烈で敵対する者には容赦せず、容姿も相まって非常に恐れられていたという。


「どこか抜けている私と違い奴は常に向上心をもっていて、いつかは侍として立身出世すると宣言していたよ」


 本当に仲が良かったのだろう、かつての友について語る亡霊さんの口調はどこか誇らしげだった。


「いつの日か、寝床を求めてある廃墟へと潜り込んだときのこと。運の悪いことに、そこには先客の老人がいた。まだ血気盛んだった私達は、先客を腕づくで叩き出そうとしたのさ。が、私達はあっさり返り討ちにあった」 

「亡霊さんが?」


 まだ少年だったとはいえ、老人相手に二人掛かりで負ける亡霊さんなんて想像もできない。


「ああ、見事に完敗したよ」


 亡霊さんは、自分が負けた過去を恥じることもなく告げる。


「両手に武器を持ち、ときには飛び道具まで使って攻め立てた私達を、あの人は木の棒一本で軽くあしらったのさ」


 老人とは思えない凄まじい技量であり、僅か数分も経たずに戦いは決着したらしい。


「叩き伏せられ、死を覚悟した私達に、あの人はけらけらと笑ってこう言った。『お前達随分元気がいいじゃないか、どうだ俺の弟子にならんか?』 とな」


 自分に襲い掛かった子供にそんなことが言えるなんて、懐が広いのか、単に変人なのか。


「それが、私達と師匠の出会いだった」


 あっさりと襲撃の件を受け流す性格と、何よりその強さに惚れ込んだ亡霊さん達は、すぐさま弟子入りを決意したそうだ。


「もしかして、その廃墟って」


 ここまで聞いて、脳裏にはある場所が浮かぶ。


「昨日訪れた道場だ」


 亡霊さんが何かに導かれるように向かった場所は、かつて剣の道を極めんとした場所だった。

 だからあそこに鳴子が仕掛けられていたのか。亡霊さんがキョウに来れば、必ずあの道場を訪れるだろうと予想して。


「あそこは昔からああだった、元々は高名な剣術道場があったらしい。が、師範代が辻試合で負けたとかですっかり落ちぶれてしまったそうでな」


 戦乱の時代に会って、剣術道場の盛況は日々移り変わるものだった。

 道場破りも日常茶飯事であり、勢力争いに負けた道場はあっけなく滅びていたという。


「師匠から教えを受ける日々は、充実したものだった」


 今朝見た夢の光景で、亡霊さん達は本当に楽しそうに修業をしていた。恐らく、その言葉に偽りはないだろう。 


「修業をしている内に、私は剣術そのものに興味を抱くようになった。いつの日か、この手で剣の極みに到達したいと。だが奴は違った、奴が剣を覚えようとしたのはあくまで自分のため、いずれサムライとして戦場で活躍するためでしかなかった」


 その違いは、修業をしている中で表面化することは無かった。二人とも師匠を尊敬していたし、剣の腕を高めることに異論は無かったから。

 しかし、変化は唐突に訪れた。


「出会って暫くが経った頃、師匠は私達の前から何の前触れもなく姿を消した」

「急にどうして」

「分からない、元々飄々とした人だったからな。単に飽きただけかもしれないし、自分が死ぬ所を余人に見せたくなかったやもしれん」


 タカモトという名前を聞かされただけで、それ以外に自分のことは何も語らなかったそうだ。どんな理由かは分からないが、師匠は二人の前から唐突に姿を消した。

 結果的に言えば、それが二人の命運を分けることになる。

 

「それからも私は、師匠に教えられたとおりに修行を続けた」


 食糧を得るために時たま日雇いの仕事をする以外は、全ての時間を剣に当てていた。剣以外のことは、何も考えていなかったという。

 だが、ガイは違っていた。


「奴は修業で得た力を持って、ダイミョウに自分を売り込み始めていた。しかし、世を覆っていた戦乱の嵐は収まり始めていたんだ」

「ようやく平和な時代が訪れようとしているときに、剣の力は無駄だったんですね」


 セキハラの戦いは終わり、既に天下の情勢は決まっていた。そんな時代においては、求められる人材も腕自慢から高い実務能力へと変わっていた。


「ああ、奴は力の行き場を無くし、所構わず当り散らす日々を送っていた。今思えば、あのとき奴を止めるべきだったのだ」


 両拳を固く握りしめた亡霊さんの言葉には、言い知れぬ悔いが滲んでいた。 


「傾奇者として名の知れた奴に、接触してきたもの達がいた」

「アヤカシ、ですね」


 こちらの言葉に、無言で頷く亡霊さん。


「ああ、奴らは」


 と、亡霊さんは言葉を途中で止め、キョウの街を見て目を見開いていた。


「一体、何が」


 つられるように振り向き、亡霊さんの視線の先を見た俺は、思わず言葉を失っていた。

 キョウの町の一画、ここからそう遠くない場所で、眩い光の柱が地面から天へ向け立ち上っている。

 まるで太陽が地上に降りてきたような黄金色の光は、夜の闇をすべて吹き飛ばしてしまいそうなほど。

 この世界に来てから様々なものを目にしていたが、ここまで現実離れした光景は初めてだ。

 

「遅かったかっ」


 考える間もなく、体は入れ替わった亡霊さんによって光の柱へと走り出していた。

天と地を貫く光の柱は、隠すこともなくその威容を晒していた。 

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