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第二十五話 己の刃

 刀は抜いたものの、全く戦いの経験がない俺は岩石男の攻撃をどうにか避けるので精一杯だった。


「貴様、私を侮辱するのか」


 憤ったように吐き捨て、拳を振うのを止めた岩石男。

 岩石男は溢れる怒りを隠すこともせずに体を大きく震わせてから、高く拳を振りかぶった。


「何故本気で戦わん、ガシャドクロを倒したほどの男が」


 渾身の力で振われた拳が刀身へ打ち付けられ、体はまともに威力を受けて吹き飛ぶ。体は凄まじい勢いで壁に衝突し、衝撃で壁の板が粉々に砕けた。

 飛び散った破片の中で、立ち上がることすら出来ずにうずくまる。

 直撃はまのがれたものの、岩石男の一撃は刀身を伝わって全身を貫いていた。全身がずきずきと断続的に痛み、意識も定まらない。


「どうしたのじゃ亡霊。いや、ユウなのか?」


 杖代わりになっている影切丸のなかから、キリが驚いた口調で呼び掛けてきた。


「俺にもよく分からないんだ、何度呼び掛けても返事が無くて」

「それでは、お前が戦っているというのか」

「何をごちゃごちゃと喋っている」


 状況を把握出来ていない俺達には構わず、ゆっくりと岩石男は近づいてくる。巨体が一歩足を進める度に地鳴りが響き、木材の破片が空中へ舞い上がる。


「剣の腕が滅法立つって聞いてたけど、どうやらただの噂だったみたいだね」


 嘲るような言葉とは裏腹に、アイは俺を庇うように岩石男との間に立つ。


「ここはあたいに任せて、あんたは逃げな」


 短刀を構えたアイが、勢いよく岩石男へと突進していた。


「向かってくるのなら、誰であろうと容赦せん」


 攻撃の対象をアイに変えた岩石男は、アイへ向け両拳を振るい始める。


「どうするんじゃ? このまま逃げるのか、勝ち目がなくとも戦うのか」


 ようやく立ち上がれた俺に向け、キリが問い掛ける。岩石男の目がアイに向いている今なら、無傷でここから逃げ出せるだろう。

 けれど……


「軽い、軽いぞ。そんな軽い刃では、我が体に届きはせん」


 目の前で繰り広げられるアイと岩石男の戦いは、一方的な展開になっていた。

 アイの短刀は何度も岩石男の体を捉えているものの、まったく効いていない様子だった。逆に、切りかかった方の短刀が大きく刃こぼれしている。


「こいつ、見た目以上の化け物ってことかい」


 アイは持ち前の身軽さで攻撃をかわし続けているが、このままではいずれ。


「我らの目的を阻むものは、この拳で粉砕する」


 痺れを切らした岩石男の一撃が、アイの体を捉えんとした、そのとき。


「あんた、どうして」

 

 岩石男の拳を受け止めたのは、俺が差し込んだ影切丸だった。

 今度は吹き飛ばされることもなく、刀の腹で岩石男の拳を受け流せていた。


「ごめんなさいアイさん、せっかく着せてもらった服破いちゃって」


 アイを助けに入る前に、小袖の裾と袖を自分の手で破った。先程までの戦闘の影響か化粧もすっかり落ち、顔は泥や煤で汚れだらけだ。

 最早女装をしている意味がなくなってしまったけど、今は格好にこだわっている場合ではない。


「ようやく戦う気になったか」


 颯爽と登場したものの、勝算は全くなかった。さっきまでと違うのは、それこそ心構えだけ。

 例え昨日会っただけの関係でも、アイには傷付いてほしくない。目の前で誰かが死ぬなんて、絶対に嫌だ。

 思い出すんだ、毎日の修練を。この一か月、一日も欠かすことなく繰り返してきたことを。

 動かしていたのは亡霊さんの意識でも、何度も行った動作は体に染み付いている。

 いつか亡霊さんが言っていた、剣術の極意とは、誰であっても得られるものだと。その言葉が本当だと信じて、今は出来ることをやるだけだ。


「随分いい動きになった。が、甘い」


 記憶の底から亡霊さんの動きを引き出し、どうにか岩石男の攻撃を凌げていた。

 だが、このまま膠着状況が続けば分が悪いのはこちらの方だ。固い体をどうにかして攻略しなければ、勝機はない。


「どうする、このままでは貴様の負けだぞ」

 

 岩石男は落ち窪んだ眼窩がんかの中にある瞳から、鋭い視線で睨み付けている。

 ふと、頭の中で一つの考えがよぎった。

 

「言い忘れてたましたけど、俺は貴方が戦いたかった人じゃありません」

「何?」


 不意に発した言葉で、一瞬岩石男の動きが止まる。


「だから、正々堂々とした立ち合いなんて出来なくても、怒らないでくださいね」


 その隙を付いて、俺は刃を岩石男の瞳へと突き刺した。


「お、俺の目がぁっ」


 左目から凄まじい勢いで鮮血が吹き出し、岩石男の体が大きくのけぞる。

 

「貴様、なんという卑劣な手をっ」


 滝のように流れ出す血を止めもせず、岩石男は残った右目で射抜くような視線をこちらへ向ける。発せられる怒気は今まで以上の怒りが満ちており、最早視覚化できそうな程の威圧感である。

 例え卑怯だなんだと言われても、ここで死ぬわけにはいかない。俺には、絶対に会わなきゃならない相手がいるんだ。


「キリ、この前のアレ使えるか?」


 ガシャドクロを倒したときに使った、凄まじい威力の剣技。あれをまともに当てれば、岩石男の硬い体も打ち破れるかもしれない。


「ああ、しかしあれは」

「分かってる、一回しか使えないんだろ」


 あれほど強力な技なら、それに伴う代償があるのは当然だ。この前使ったときは、反動で数日寝込む羽目になった。もし外せば、その時点で俺の命運は尽きる。


 迫り来る岩石男を見やりつつ、脳裏にはいつかの光景が浮かんでいた。 


「ねぇ亡霊さん、俺にも使える剣の技って何かないかな」

「急にどうしたんだ?」


 ある日俺は、修練の途中で休憩していた亡霊さんに話し掛けた。


「いや、なんとなくやってみたくなったっていうか。その、駄目なら別にいいんだけど」


 別に大したことを考えていた訳ではない。何度も亡霊さんが剣を振るのを見ている内に、自分も剣を使ってみたくなったのだ。


「そうだな、極めて簡単なものなら」


 体を返した亡霊さんは、隣に立ってゆっくりと剣を構える。見よう真似で、俺も同じように木の棒を構えた。


「相手の力を利用して、自身の力を最大まで高める」

 

 すっと体を反らし、流れるような動きで腕を横に振る亡霊さん。


「それだけ?」


 単に攻撃を避けて剣を当てるだけにしか思えないのだが、これが剣技なのだろうか。


「理論は簡単だが、威力は非常に強力だぞ。自分の力より何倍も強い相手であろうと、この技なら一撃で倒せる」


 それから俺は、半信半疑なまま数十分だけの講義を受けることに。真剣に教えてくれた亡霊さんのお陰で、どうにか技を使える段階まで上達出来ていた。


「殺す、貴様はここで殺してやる」


 鼓膜をびりびりと震わせる怒声で、意識が現在へと戻る。

 亡霊さんによれば、この技は相手が冷静さを失い無造作に力を振うときに最大限の力を発揮する。その為にわざと相手を怒らせたが、少しやり過ぎたかもしれないな。


「死ねぇぃっ」


 怒りに我を忘れた岩石男の拳が、最大級の拳圧で迫る。

 今だ。


「闇あるところ光あり、我が刃は、影すら切り裂く絶対の光明なり!」


 俺と影切丸の声が重なり、眩い光が周囲を照らす。

 岩石男の拳が頬を掠めると同時に、光に包まれた刀身が岩石男の胴体へ吸い込まれる。刃は堅牢な岩を通り抜け、真正面から真っ二つに岩石男の体を切り裂いた。

 断末魔の叫びを挙げる間もなく、岩石男の体は眩い閃光に掻き消されていた。


「勝った、の?」


 閃光が止んだ後に残ったのは、ばらばらになった建物の瓦礫のみ。

 呆気に取られたようなアイの言葉を背中に受けながら、意識はゆっくりと薄れていった。

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