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第二十四話 過去への序曲

 朝起きてまず目に入ったのは、こちらを覗き込むアイの目だった。


「お、おはようございます」


 薄い赤と青の左右色違いの瞳の中には、縦長の楕円状をした黒目。肉食獣のようなその眼に見つめられると、一瞬金縛りを受けたような気分になる。


「やっと起きたみたいね、もうあんたの相方が朝飯作ってくれてるよ」


 嗅ぎ慣れた香ばしい味噌の匂いが漂う食卓で、いつもとは違う食器を使って朝食を食べる。 


「あんた、中々いい腕してるねぇ」

「まあ、慣れてますから」


 アイに褒められたルリが、照れ臭そうに頭を掻く。場所は違っても、ルリの料理の味は相変わらず美味しい。

 念のために持ってきた食糧があったので、俺達四人とアイさんの分も朝食を作れていた。


「街を回ってみようと思うんだけど」

 

 皆が食事を終えた頃を見計らって、街の探索に出る考えを伝える。

 このまま家でじっとしていても仕方ないし、ここは街の様子を探るべきだ。ここにきて奴らが派手に動き出しているということは、もうあまり時間がないのかもしれない。

 モモやキリと違って俺なら普通の人間にしか見えないから、昨日のように追い掛け回されることもないだろう。


 と、提案を聞き終えたアイが不意に呟いた。


「でも、その服は目立つよ」


 そう言って、上から下までをまじまじと眺めるアイ。


「そんなに変ですか?」


 俺の服装は、未だ学校指定のジャージのままだった。村に服屋なんてものはないし、動きやすく丈夫なこれをかなり気に入っていたから、改めて別の服を買ったり作ったりすることもなかった。


「わらわに良い考えがある。アイとか言ったのう、少し手を貸せ」

「成程、それは面白そうだ」


 くつくつと笑うキリに手招きされたアイが、こちらに聞こえないように何事かを話し合っていた。

 話の内容は分からないが、どうにも嫌な予感が。


「ユウ、少し目を瞑っておるのじゃ」

「え?なんで」

「いいから早くせい」


 相談を終えたキリに言われるがまま、目をぎゅっと瞑る。


「モモ、こやつを抑えておくのじゃ」

「わかった」


 モモに両腕をがっしりと掴まれ、全く身動きが取れなくなってしまった。


「ちょっ、何を」


 暗闇の中で、顔に何かが押し付けられ、更に服を着替えさせられる感触が。

 こちらの抗議の言葉も聞かず、時折何かを相談しながらキリとアイは作業を進めていった。


 作業開始から数十分後。


「終わったよー」


 合図と共に目を開き、自分の状況を把握して深い溜息が漏れた。何でこんなことになったんだろう。

 目の前の鏡の中からは、短髪の少女がこちらを見返している。

 淡い色のしっとりとした小袖と、下地から丹念に作られた化粧に、可愛らしい蝶の髪飾り。

 何も知らない人が見れば、落ち着いた雰囲気の年若い少女だと思うだろう。

 一目見ただけでは、それが自分だとは全く分からなかった。


「いいじゃない、似合ってるわよ」


 不満そうな俺に対して、冷静に励まそうとするルリ。隠そうとしてはいるが、笑いをこらえているのが見え見えだ。


「似合ってるのが問題なんだって」


 まさかここまで似合うとは思ってもみなかった。化粧の力も多々あるだろうが、鏡の中の俺は本物の少女にしか見えない。

 今はまだ大丈夫だけど、妙な趣味に目覚めてしまったらどう責任を取ってくれるというんだ。


「あたいの家に男物の服はないし、昨日の捕り物で顔を覚えられてるかもしれないだろ?」


 一仕事終えた満足感か、両手を上に挙げて体を大きく伸ばしながらアイは言う。


「それは、そうなんですけど」


 理屈としては通っている、通っているのだが。


「これなら気付かれないじゃろ」


 もっと他に方法が無かったのかと思ってしまうのは、俺の我儘なのだろうか。


「ユウ、きれーだね」

「頼むから褒めないでくれ」


 純粋に感嘆の視線を向けるモモの無邪気な言葉が、今は心に痛かった。


                               ※


 慣れない服装に苦戦しながら、アイと共にキョウトの裏路地を歩く。

 半壊した建物や何かの残骸が無造作に転がっており、通りを歩く人にも活気がない。


「こっちは結構……」


 周囲の風景を見ていると、思わず失礼な言葉が漏れそうになった。


「寂れてるって?」


 慌てて口を閉じたこちらを見て、軽く笑うアイ。


「そんな顔しなくても、十分自覚してるよ」


 アイは、自嘲気味に話し始めた。 

 前の戦争でキョウト全体が焼け、一時は殆どの住人がキョウトから去っていた。現在街の中心はどうにか復興できたが、こっちまではまだ手が回ってないという。

 アイは最後に、それでもあたいはこの街が好きだけどね、と明るく笑っていた。


「……ここは」

「亡霊さん?」


 暫く歩いた頃、ふと亡霊さんが声を出した。


「ちょ、ちょっとユウ」


 次の瞬間、体は亡霊さんによってどこかへと走っていた。


「どうしたんですか、亡霊さん」


 呼びかけにも答えず、体はどんどん走り続ける。


「もう、何だってのさ。いきなり走り出して」


 路地をいくつか通り抜けて辿り着いたのは、ある建物の前。

 普通の家より少し広いくらいの平屋で、門のような跡も残っている。

 ほぼ全壊している建物の中に人の気配はなく、放置されてから数十年は経っているように見えた。


「こんなところに何の用だい、って聞いてないし」


 アイの言葉を無視して、亡霊さんはその建物の中へと入っていった。


 建物の中は予想以上の荒廃ぶりで、最早原型を留めているものは一つとしてなかった。

 板張りのだだっ広い室内からは、ここがかついて道場のような場所だったことが伺えるけれど。


「私は、知っている」 


 室内を見渡す亡霊さんは、心ここにあらずといった様子で呟く。 


「ここは、ああっ」  

「亡霊さん?」


 夢遊病者のようにふらふらと歩いていた亡霊さんが、突如頭を押さえて苦しみだしたではないか。


「ちょっと、大丈夫かいあんた」


 心配そうに駆け寄ったアイにも構わず、亡霊さんはその場でうずくまっている。


「何か来るぞ、ユウ」


 と、腰に差した影切丸からキリの慌てた声が響いた。それとほぼ同時に、体の制御が戻る。


「亡霊さん、亡霊さん?」


 今までなかった現象に驚き、亡霊さんに何度か呼び掛けるも答えはなく。


「上、かっ」


 唸るような落下音を響かせて、勢いよく何かが天井を突き破っていた。 

 鼓膜をピリピリと震わせる衝撃が周囲を覆い、飛び散った木材の破片が体に当たる。 


「もう、なんだってのさっ」


 慌てて外へ飛び出た俺達の目の前で、轟音を立てて建物が崩壊した。もうもうと立ち込める煙の中から何かがゆっくりとその姿を現す。


「あれってあんたの知り合い、じゃないよね」


 体長およそ2m程、全身灰色のごつごつした岩のような外見をしており、腰に巻いたボロ布以外に服のようなものは纏っていない。

 落下してきた岩石男は、敵意をむき出しにした視線でこちらを睨みつけている。


「聞いていた容姿とは違うが、まあいい。ガシャドクロを倒した貴様の実力、見せてもらおう」


 くぐもった、地の底から響くような声で岩石男は告げる。


「お前も、相克の徒なのか?」


 恐らくガシャドクロとは、この前戦った骸骨男のことだろう。

 なら、この男も骸骨男と同じなのか。


「問答無用」


 体の芯を響かせる重低音で叫びつつ、大男は残骸の中から体を起こす。


「出来るのか、俺に」


 何度も呼び掛けてはいるが、亡霊さんの答えはない。だからと言って、戦わずにやられるのは論外だ。

 腰に差した影切丸に手を当てれば、ずしりとした重さが伝わってきた。


「来るよ」


 勢いよく突進してきた岩石男を見て、短刀を構えたアイが言う。


「やるしかないならっ」


 不安を押し殺す為の雄叫びを挙げ、勢いよく刃を抜き放った。

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