第二十一話 混沌の真相
俺達は重傷を負った男を連れ帰り、村の空き家に運び込んでいた。
「ツチノコを捕まえに来てその相手にやられるとは、情けねぇ奴だぜ」
「でもよかった、あの人が無事で」
集まっていた人の中に医術の心得がある者が丁度おり、今はその人に男の様子を診てもらっている。
重症を負っているものの、命に別条はないそうだ。
「欲の皮が突っ張った人間とはいえ、目の前で死なれちゃ寝覚めが悪いからな」
カブソはぶっきらぼうに言い放つ。
「しかし、これでツチノコ騒ぎは過熱しそうじゃのう」
遠くに見える群衆を見遣りつつ、やれやれといった顔でキリは告げる。
「どうして?」
「伝聞だけでなく、実際にツチノコに襲われた人が出たからな」
今回の襲撃で、本当にツチノコがいる可能性が高まってしまったのだ。緊急事態で隠している暇もなかったため、村に集まった人間達はこの情報を知ってしまっただろう。
更なる混乱が予想され、皆の空気がにわかに重くなる。
「でも、ツチノコにおそわれたとはきまってないんじゃ」
と、あっけらかんとした口調でルリが呟いた。
「あの人はツチノコだって言ってたけど、確かに本物かどうかは分からないか」
そう考えてみればそうである、実際に俺達がツチノコを目撃した訳ではない。ツチノコを見たと言葉を聞いただけだ。
襲撃の犯人はツチノコではなく、全く別の動物という可能性も確かに残っている。
「それで、これからどうする?」
「ツチノコにしろそうでないにしろ、危害を加える何かがいるなら放っておけません」
このまま放っておけば、人間だけでなく村人にも被害が出かねない。
「そいつを捕まえれば、一気にこの馬鹿馬鹿しい騒ぎを終わらせられるやもしれんしのう」
「じゃあ、川の上流にでも向かってみるか」
こうして俺達は、襲撃のあった川を昇っていくことに。
「キリの予想通り、酷いことになってるね……」
もう一度あの川に戻ってみると、既にそこは人で埋め尽くされていた。
すっかり日も暮れているというのに、集まった人達が持つ提灯の明かりで眩しいくらいだ。
「全く、度し難い愚かさじゃのう」
河川敷は、人々の押し合いへし合いの中時折怒号が響く混乱状態と化していた。
「どうしよう、さきにすすめないよ」
「あっちだ、村の奴しか知らない抜け道がある」
先導するカブソに連れられ、背の高い草が生い茂る藪の中へ。藪をかき分けて少し進むと、生え放題になった草の中に細い獣道が現れていた。
獣道を暫く進んでいると、不意に視界が開け、俺達は川の上流に辿り着いていた。
どうどうと流れ落ちる渓流が、岩に当たって不規則な水飛沫を立てている。煌々と光る満月に照らされたここは、不気味な静寂に包まれていた。
「ここにはまだ誰もいないようだ」
周囲に人の姿はなく、時折虫の声が聞こえるのみ。
さっきの黒い影が上流に逃げたのなら、この辺りにいるはずなんだけど。
と、不意に目の前の茂みから木々の擦れる音が響き、低いうなり声を立てて何かが飛び出してきた。
「とら!?」
目の前に現れたのは、漆黒の体毛を持つ猛虎。その姿は蜃気楼のように揺らめていて、蒸気のような黒い煙が常に体から放出されていた。
「なんで虎がここにいるんだ!?」
普通ならいないはずのものを見て驚くカブソ。
その声に反応したのか、虎は鋭い眼光でこちらを一睨みすると、しなやかな体を大きく曲げて飛びかかってきた。
「亡霊さん」
「分かった」
亡霊さんに体を渡し、影切丸を抜き放つ。美しく磨かれた刀身が、月明かりを反射し空中で煌めく。
何合か爪と刀で打ち合った後、大きく上段に振りかぶった斬撃が黒い虎の体を真正面から捉えた、そのとき。
「体が、変わった……!?」
目の前の黒い虎は、一瞬で黒い蛇へと姿を変えていた。虎を狙っていた斬撃が外れ、隙を晒した亡霊さんに大蛇の鋭い牙が迫る。
「行って、式神!」
突如飛来した白い群れが、大蛇の体に張り付いていた。視界を塞がれた大蛇は、もがきながらあらぬ方向へ噛みついている。
「ルリ!」
「騒がしいと思ったら、ユウだったなんてね。それで、どうしてここに?」
俺達の後方から現れたのは、両手に籠と網をもったルリ。どうやら、ツチノコを探している途中だったようだ。
「話は後だ、まずはこいつを」
さっきまで大蛇だった筈のそれは、既に狼へと姿を変えていた。あまりに目まぐるしい変化に、少し頭が混乱する。
「あれはヌエよ」
ルリは黒い狼を見て、一目であれが何かを把握したようだ。
「ヌエ?」
ヌエとは、一言でいえば特定の形を持たないアヤカシ。常に変化を続けており、あるときは蛇の姿、またあるときは鳥の姿をしていると伝えられている。
ツチノコほどではないが珍しいアヤカシで、人里に降りることは滅多にないそうだ。
となれば、今回の騒動の原因は……
「変化途中のあいつの姿を、ツチノコと見間違えたってだけかよ!」
ヌエの話を聞いたカブソが、自棄気味に叫ぶ。カブソからすれば、単なる見間違いでこんな騒ぎになったとはやりきれないのだろう。
「与太話の真相に相応しいのう」
ふと、肩をすくめたキリが溜息をついていた。
「ツチノコの正体がヌエだって分かれば、みんなの誤解も解けるはずだ」
「それにはまず、あのこをとめないと!」
そう叫んだモモが、遠吠えを挙げる黒い狼へ両手を広げた。
迫るモモに怯むことなく、ヌエは黒い鷹へと姿を変え、上空に舞い上がった。
「俺も手伝うぜ!」
カブソが両手を合わせると、地面から間欠泉のように水が噴き出し、空中のヌエに直撃した。
後で聞いた話だが、カブソは水を操ることが出来るアヤカシらしい。
「これで!」
落下してくるヌエに向け、ルリが持っていた網を投げる。網は空中で式神が展開し、ヌエを何重にも拘束していた。
網に包まれて落ちるヌエを、モモが受け止める。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだから」
ヌエは網の中で暫くもがいていたが、根気よく呼び掛けるモモの声に、観念したように暴れるのを止めていた。
「落ち着いたのかな」
「うん」
網の中で低いうなり声を挙げるヌエ、それを見つめるモモの瞳は優しげなものだった。
※
ヌエを連れてカブソの村に帰った俺達は、集まっていた人間達にツチノコの正体を明かした。
「これがツチノコの正体だってぇ!」
「なんでい、儲からねえじゃん」
「馬鹿らしいぜ、全く」
明らかに落胆した様子の人間達は、好き勝手なことを言いつつ村から去っていった。これで次第に騒ぎも収まるだろう。
「そいつはどうするんだ?」
と、カブソがヌエに視線を向ける。
村に着いてからのヌエは、籠の中で縛られたままおとなしくしていた。姿は小さな黒猫に変わり、金の瞳でじいっとどこかを見つめている。
「たぶんだけど、このこはわるくないとおもう」
「そうね、人間達に追い回されて鬱憤が溜まってたんでしょ」
ツチノコ目当ての人間に狙われたのは、ヌエからすれば災難以外のなにものでもないだろう。
「じゃあ、逃がしてやるかの」
そう言ったキリが、籠の中からヌエを取り出す。
縄を解かれたヌエは、一瞬で優雅な黒い蝶へ姿を変え、ひらひらと夜の帳へ消えていった。
「うわぁ……」
月明かりに照らされた幻想的な光景に、思わずモモが声を挙げた。涼しげな夜の風が、その長く艶やかな黒髪を揺らす。
俺は、その横顔から視線を逸らせずにいた。




