第二十話 幻を探して
あくる日、目が覚めて部屋から出てくると、ルリが既にどこかへ出かける準備をしていた。
「朝からどうしたの、ルリ」
「ツチノコを探しに行くのよ」
少し早口で興奮気味に答えるルリ。
「ツチノコ?」
ツチノコとは、あっちの世界でもよく知られている、あのツチノコだろうか。
「そうよ、この近くで現れたってもっぱらの噂になってるの」
アヤカシが跳梁跋扈するこの世界では別に珍しいものでもないと思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。
「もし見つけたら、一生遊んで暮らせるのよ!」
「そこまで貴重なものなのか」
この世界のツチノコは、食べれば永遠の命を得られるという凄まじいものらしい。
正直不老不死なんて眉唾物だと思うが、それを信じて行動するものは多く。時の権力者も金に糸目を付けずツチノコを探させていたとか。
そのツチノコを捕まえられるチャンスとあっては、ルリも黙ってられないのだろう。
「こうしちゃいられない、私も探しに行ってくるわね!」
最後にそう告げ、ルリは風のように去っていった。
「ちょっ、ルリ!」
あのルリをあそこまで惹きつけるとは、恐るべしツチノコ。
「ううん、どうしたのー?」
「まったく、朝から騒がしいのう」
モモやキリも今のやり取りで目が覚めたのか、部屋から起き始めていた。
「すみませーん」
と、丁度ルリと入れ違いに、玄関の外から聞きなれない声が。
「おきゃくさんかな」
「あんたがユウかい?」
引き戸を開けたそこにいたのは、初めて見るアヤカシだった。
一言でいうなら、二足歩行する猫。身長はおよそ1m程度、全身フワフワとした毛に覆われており、太い尻尾が特徴的。
長いひげ等姿形は猫そのものだが、頭に三度笠を被っているのが普通のそれと違う点だろうか。
「あ、はい」
「俺はカブソってんだ、よろしくな」
「それで、カブソさんはどうしてここに?」
「ダチのヒトウバンから、頼りになる人間がいると聞いて」
「ヒトウバンさんの」
ヒトウバンの紹介なら、取りあえず信用できそうだ。
カブソと名乗ったアヤカシを今に通し、話を聞くことにする。
「実は、俺達の集落でちょっと困ったことになっててさ、お前に頼みに来たんだ」
さっきルリが言っていたツチノコの噂とは、カブソの村から出たものらしい。
それによって、ツチノコを探しに来た人間と元々住んでいたカブソ達の間で、いさかいが起きているようなのだ。
「お前は人間にもアヤカシにも、どちらにも公平に対応出来る人間だと聞いている。俺達と人間の間に入って、揉め事を仲裁してくれないか?」
ヒトウバンさんが俺のことをそんな風に言ってくれたなんて、少し照れるな。
「まあ、それくらいなら」
戦闘になりそうな気配もないし、そこまで熱狂的に注目を集めるツチノコにも少しだけ興味がある。断る理由は……
「ちょっとまった! ほうしゅうは?」
と、黙って話を聞いていたモモが、突然口を挟んだ。
「モモ?」
「ルリがいってたの、しごとをうけるときは、さいしょにほうしゅうをきめておきなさいって」
あいつ、モモにまでそんなこと言ってたのか。まあ、大事なことではあるけどさ。
「嬢ちゃん随分しっかりしてんじゃねぇか。確かに、こういうことは最初に決めておかねぇとな」
一瞬あっけに取られたカブソは、モモの態度を気に入ったのか軽快に笑っていた。
「正直そこまで余裕がねぇんだが……これくらいでどうだ?」
「はい、大丈夫です」
額を確認し、ゆっくりと頷く。
「よっしゃ、じゃあ早速行こうぜ!」
席を立ち、急いで玄関へ向かうカブソ。
「余り面倒なことにならんとよいが……」
その背中を追いかけながら、キリがぽつりと呟いていた。
※
カブソの村までは、歩いて4、5時間程度で到着した。深い山の中にあるこ
こは、普段であれば人が訪れることは滅多にないそうだ。
「うわぁ」
「凄まじい量じゃのう」
が、今俺達の前には、視界を埋め尽くさんばかりの人の群れが。数十、いや数百人単位の群衆は、その話し声だけでも思わず耳を塞ぎたくなってしまう騒がしさがあった。
ツチノコ捕獲用なのか、網や籠を抱えた人の姿が目立つ。凄まじい人の群れを見込んだのか、辺りには屋台がぽつぽつち出店され、派手に呼び込みをする行商の姿も見えた。
「取りあえず、目についたところからどうにかしよう」
ぱっと見ただけでも、ごみを無造作に捨てていく人や、カブソの畑に無造作に侵入する人等がいた。
俺達は手分けして、村に迷惑をかける人間を注意していくことに。
そして、注意を始めてから2、3時間後。
「つ、つかれたぁ」
「全く、皆欲に目が眩んどるのう」
休憩の為に貸してくれた空き家に入ると、モモとキリがげんなりした様子で座り込んだ。
出来る限り注意を続けたが、正直あまり効果はなさそうだった。注意を受けた人はそれなりに態度を改めてくれるのだが、何分人数が多すぎるのだ。一人のポイ捨て注意している間に、二人がポイ捨てをしていくような有様で、全くきりがなかった。
どうやら、対処療法じゃ限界がありそうだ。
「こうなったら、元を断とう」
「それって、ツチノコを捕まえるってことか?」
「別に捕まえなくてもいいんです、要はこの村に不純な動機の人間か来ないようにすればいい」
こんなことになったのは、ツチノコの噂があるからだ。噂がなくなれば、村にも元の平穏が戻るはず。
「本当にツチノコを捕まえられればそれでよし、捕まえられずとも、この噂が嘘だって証明できればいいんです」
噂の原因になった何かを突き止め、ここにツチノコがいないと証明できれば、この熱狂も自然消滅するはずだ。
家を出て、ツチノコの目撃証言があった場所へ向かう。
「ツチノコの噂は、いつごろから?」
「そうだな……だいたい一週間くらい前か」
道すがら、噂についてカブソに聞いてみる。
最初にツチノコを見つけたのはこの村の住人、農作業中にツチノコらしき影を一瞬見たという。
その時はただの見間違いだろうと思われていたが、それから次々とツチノコの目撃情報が報告され、噂になって各国へ広まってしまったそうだ。
「にしても、この人出ではまともに進むことも出来んな」
足の踏み場もないほどの人の群れで、村の中を普通に進むだけでもおしくらまんじゅうをしている気分になる。
「ここが最初の目撃地点か」
数十分かかってようやくたどり着いたそこは、元々住人の畑だったという。
「ひどい……」
しかし今は、見るも無残な姿に変わっていた。
ツチノコ探索の為だろうか、整地されていた場所は掘り返され、いくつも深い穴が開いている。ごみの被害も深刻で、何かの残骸がそこらじゅうにうち捨てられていた。
これでは、まともな農作業は不可能だろう。
「まったく、好き勝手やりやがって」
目の前の惨状を見て、カブソが苦々しげに呟く。
「これだけ荒らされていれば、手掛かりはなさそうじゃのう」
同時に、キリが深い溜息をついた。
何回も目撃情報があるなら、単なる見間違えとは考えにくい。恐らく、普通ではない何かがいるはずなんだけど。
「ん?」
畑には何人もの人間の足跡が付けられているが、その中に見慣れないものがあった。
「どうかしたのか?」
「この足跡って、なんでしょうか」
「タヌキじゃねぇか?別に珍しくもないだろ」
言われてみれば、それはタヌキの足跡にも見える。しかし、どこか違和感があるような……
「次の場所にいくぞ」
「あ、はい」
違和感をぬぐえないまま、カブソと次の目撃場所へ向かうことに。
次の場所は、村の傍を流れる川のほとり。川魚を取りに来た村人が目撃者らしい。
十分ほど歩き、そろそろ川が見え始めた、そのとき。
突然、誰かの絹を裂くような悲鳴が聞こえた。同時に、何かが激しく引きちぎられるような音も。
「今のは?」
慌てて声のした方向へ走ってみれば、悲鳴の原因はすぐに分かった。
「だ、大丈夫ですか!?」
頭から血を流した男が、河川敷にうつ伏せになって倒れていたのだ。
体全体には激しく争った跡があり、服も半分以上引きちぎられている。
「つ、つつ……」
慌てて駆け寄り助け起こせば、男は焦点の定まらない瞳でうわごとのように何かを呟いている。
「つ?」
「ツチノコが、あそこに!」
男は叫びながらある一点を指さすと、がっくりと崩れ落ちて意識を手放した。
指で示された方向を見ても、今そこに動くものは何もなく、ただ不気味な静寂だけが辺りに広がっていた。




