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役立たずテイマー、魔物たちと人助けを始めます。  作者: ぱお


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8/10

薬師の手伝い

 エダの家には、薬草の匂いが染みついていた。

 乾燥させた葉。

 木の皮。

 すり潰した根。

 それぞれに違った香りがあり、混ざり合うと少し苦い匂いになる。

 リーフは、エダに言われた通り、薬草を種類ごとに分けていた。

「それはヒナユキ草。こっちは赤根草。間違えると大変だから、葉の形をよく見な」

「はい」

 リーフは1枚ずつ確認しながら、籠へ入れていく。

 ヒナユキ草は白い葉脈がある。

 赤根草は、葉の裏側が少し赤い。

 昨日までなら、見分けるだけで精一杯だった。

 けれど、エダの説明は分かりやすかった。

 薬草の名前だけでなく、どんな傷に使うのか、どの時期に採るのか、乾燥させるときに気をつけることまで教えてくれる。

「薬草は、ただ採ればいいってものじゃないよ」

 エダは作業をしながら言った。

「根っこまで抜いてしまえば、次に生えてこなくなる。葉を採るときも、全部取ってはいけない。来年も使えるように残すんだ」

「分かりました」

「それから、採った場所も覚えておくこと。薬草は同じ場所に生えるとは限らないからね」

 リーフは頷き、籠の横に置かれていた木札へ、採取した場所を書き写した。

 文字を書く作業は、屋敷で習っていた。

 ペンを持つ手が自然に動く。

 エダはその様子を見て、少し驚いた顔をした。

「字が書けるのかい」

「はい。勉強は教わっていました」

「薬草の名前も、ずいぶん読めるじゃないか」

「家で習ったので」

「ふうん」

 エダはそれ以上聞かなかった。

 リーフも、自分から話すことはなかった。

 男爵家で育ったこと。

 父に追い出されたこと。

 家名を名乗れないこと。

 どれも、まだ誰かに話す勇気がなかった。

 話してしまえば、今の場所まで失うかもしれない。

 だから、聞かれない限り黙っていることにした。

 隣では、緑色のスライムが薬草の籠を見つめていた。

「君は、食べたら駄目だよ」

 リーフが言うと、スライムはぴたりと動きを止めた。

「これはエダさんの大切な薬草だからね」

 スライムは、しばらく籠を見たあと、リーフの足元まで戻ってきた。

 エダがそれを見て、鼻で笑う。

「ずいぶん聞き分けがいいじゃないか」

「たぶん、言葉が分かっているわけではないと思います」

「それでも、近くにいるんだろう?」

「はい」

「珍しいね。普通のスライムなら、もっと食べ物を探して動き回るものだよ」

 リーフはスライムを見下ろした。

 この子が、なぜ自分についてくるのか。

 まだ、分からない。

 ただ、離れようとするとついてきて、休もうとすると隣で丸くなる。

 まるで、最初からリーフのそばにいることを決めているようだった。

 昼近くになると、エダが小さな鍋を火にかけた。

 鍋の中には、豆と野菜の入った薄いスープが入っている。

 それから、固いパンを1つ。

「仕事の分だよ」

 エダが、リーフの前に食事を置いた。

「ありがとうございます」

「そんなにかしこまらなくていいよ。薬草を分けてもらったんだから、こちらも払うのが当然だ」

「でも、僕はまだ何も知らないので……」

「知らないなら、これから覚えればいい」

 エダはスープを飲みながら言った。

「働いた分だけ食べる。それで十分さ」

 リーフはパンを見つめた。

 昨日、自分の残りをスライムに分けた。

 そのせいで、今日は食べるものがないと思っていた。

 目の前のパンは、屋敷で食べていたものよりずっと小さく、硬い。

 それでも、リーフにはごちそうに見えた。

「いただきます」

 両手を合わせてから、パンをちぎる。

 エダが目を丸くした。

「食べる前に、そんなことをするのかい?」

「家で教わりました。食べ物を作ってくれた人に、感謝を伝えるためです」

「ふうん。変わった挨拶だね」

 リーフはパンを口に入れた。

 硬い。

 少し酸っぱい。

 けれど、空腹だった体には何よりもおいしかった。

 夢中になって食べそうになり、慌てて手を止める。

 食事中に急いではいけない。

 姿勢を崩してはいけない。

 父と母から教えられた作法を思い出し、背筋を伸ばす。

 エダはその様子を、何も言わずに見ていた。

「お前さん、本当にどこで育ったんだい」

 リーフの手が止まる。

「……普通の家です」

「普通の家の子供は、そんなふうにパンを食べないよ」

 エダはからかうように言ったが、追及する気はなさそうだった。

「まあ、話したくないことなら話さなくていいさ」

「すみません」

「謝ることでもないよ」

 エダは、残っていたスープを少しだけスライムの前に置いた。

「その子にも、飲ませてみるかい?」

 スライムが、すぐに鍋へ近づいた。

「熱いから、気をつけて」

 リーフが言うと、スライムは鍋の縁で止まった。

 体の一部を細く伸ばし、スープに触れる。

 スープが少しずつ減っていく。

「汁まで飲めるのかい」

 エダが呆れたように呟いた。

 スライムはスープを吸収すると、体を大きく膨らませた。

 淡い緑色が、少し濃くなる。

 リーフは、その変化に気づいた。

 スライムが元気になるたび、体の中の光も強くなっている。

 やはり、この子には何か特別な力がある。

 けれど、無理に調べる方法は分からなかった。

 テイマーのスキルを使えば、魔物の能力が分かるのだろうか。

 リーフは、まだスキルを使ったことがない。

 鑑定のときに発現しただけで、使い方を教えてくれる人はいなかった。

 午後も薬草の整理を続けた。

 エダが薬を作る様子を見ながら、道具の使い方を覚える。

 葉を細かく刻む。

 根を乾かす。

 すり鉢で粉にする。

 どれも地味な作業だが、リーフは嫌いではなかった。

 自分の手を動かした分だけ、薬草の束が整っていく。

 何かが形になっていくことが嬉しかった。

 夕方、家の外から子供の泣き声が聞こえた。

「エダばあちゃん!」

 扉が勢いよく開く。

 村の少年が、左手を押さえて立っていた。

 手のひらから血が流れている。

「どうしたんだい」

「木を削ってたら、ナイフが滑って……」

「見せてごらん」

 エダは少年の手を取り、傷を確認した。

 それほど深くはない。

 しかし、傷口は大きく開いていて、血が止まっていなかった。

「水で洗うよ。少し痛むから我慢しな」

 エダが桶を用意する。

 少年は顔をしかめた。

 リーフも、何か手伝えないかと周囲を見た。

 そのとき、スライムが動いた。

 リーフの足元から離れ、少年の前へ進んでいく。

「あっ、こら!」

 少年が驚いて後ずさった。

 エダが眉をひそめる。

「止めな、リーフ」

 リーフはスライムを呼び戻そうとした。

 けれど、スライムは少年の手に触れた。

 淡い光が生まれる。

 少年の傷口から、流れていた血が止まった。

「え……?」

 少年が目を見開いた。

 傷口が、ゆっくりと閉じていく。

 赤く腫れていた皮膚から、痛みが消えていくのが見て分かった。

「治った……」

 少年が呟く。

 エダも、驚いた顔で傷を確認していた。

「これは……本当に、治癒の力を持っているね」

 扉の外にいた村人たちが、一斉に声を上げた。

 何人かが家の中を覗き込み、スライムを見つめる。

「治癒スライムか?」

「そんな魔物、本当にいるのかよ」

「珍しい個体だって言ってたぞ」

 人々の視線が、スライムへ集まっていく。

 リーフは慌ててスライムを抱え上げようとした。

 しかし、スライムの体は柔らかく、両手の間からすり抜けてしまった。

 スライムはリーフの足元へ戻ってきた。

 まるで、ここが自分の場所だと言うように。

「この子は、まだ弱っています」

 リーフは村人たちへ向かって言った。

「無理に触らないでください。治せるからといって、何度も力を使わせたら、この子が苦しくなるかもしれません」

 村人たちが黙った。

 10歳の子供に言われたからではない。

 リーフがスライムを心配そうに見ていたからだ。

 エダがゆっくり頷く。

「その通りだよ。珍しい力を持っていても、何でもできるわけじゃない。治癒にも限界はある」

「限界があるんですか?」

「生き物の力だからね。使えば疲れるし、傷が大きければ治せないこともある」

 リーフはスライムを見下ろした。

 スライムの体は、少しだけ色が薄くなっている。

 やはり、力を使ったせいで疲れているのだ。

「ごめんね」

 リーフが謝ると、スライムは弱々しく揺れた。

 少年の母親が、リーフの前へやってきた。

「この子を治してくれて、ありがとう」

「僕ではなく、この子が治したんです」

「それでも、あんたが連れてきてくれなければ、息子はまだ痛がっていたよ」

 母親は深く頭を下げた。

 リーフは慌てて、さらに深く頭を下げ返す。

「いえ。お役に立てたなら、よかったです」

 その様子を見て、村人の1人が呟いた。

「ずいぶん礼儀正しい子だな」

「やっぱり、どこかの金持ちの家の子じゃないのか?」

「でも、あの格好で森から来たんだろ」

 小さな声が、耳に入る。

 リーフは聞こえないふりをした。

 エダは村人たちを追い返し、少年の母親にも家へ帰るように言った。

 家の中が静かになると、リーフはスライムを見つめた。

「今日はもう、力を使わないでね」

 スライムは、リーフの靴に体を寄せた。

 その動きは、少しだけ重い。

 リーフは布を敷き、その上にスライムを乗せた。

 エダがその様子を見ながら言う。

「今夜、その子を休ませる場所はあるのかい?」

 リーフは首を横に振った。

「森へ戻るつもりでした」

「雨が降るかもしれないよ」

「でも、他に行く場所がありません」

 エダはしばらく黙り込んだ。

 それから、家の裏手を指さした。

「薬草小屋がある。古いけれど、屋根はあるよ。使っていないから、今夜はそこで寝な」

「いいんですか?」

「働いた分の礼さ。村の中に置くより、そっちのほうが村人も安心するだろうしね」

「ありがとうございます」

 リーフは深く頭を下げた。

「何度も頭を下げるんじゃないよ。首が痛くなる」

 エダは呆れたように笑った。

 その夜、リーフは古い薬草小屋の中で眠った。

 床は硬く、隙間風も入ってきた。

 それでも、森の木の根元よりはずっと暖かい。

 隣には、緑色のスライムがいる。

 まだ名前はない。

 契約もしていない。

 ただ、今日もリーフのそばにいる。

「おやすみ」

 リーフが声をかける。

 スライムが、小さく体を揺らした。

 村の中からは、夕食の匂いが漂ってくる。

 遠くでは、村人たちの話し声が聞こえた。

 ここにいてもいいのかもしれない。

 そんな考えが、ほんの少しだけ胸に浮かんだ。

 リーフは外套に包まり、目を閉じた。

 明日も、薬草の手伝いをする。

 そして、いつか自分にできる仕事を見つける。

 スライムと一緒に、生きていくために。

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