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役立たずテイマー、魔物たちと人助けを始めます。  作者: ぱお


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6/10

治癒

 リーフは、森の中をゆっくり歩いていた。

 その後ろを、緑色のスライムがついてくる。

 ぺた。

 ぺた。

 湿った音が、静かな森に響いていた。

 振り返るたび、スライムは少しだけ体を揺らす。

 まるで、ここにいると伝えているようだった。

「本当に、ついてくるんだね」

 リーフが声をかけると、スライムはぽよんと跳ねた。

 返事のように見えて、リーフは小さく笑った。

 昨日まで、森の中で聞こえる音は怖いものばかりだった。

 獣の鳴き声。

 枝が折れる音。

 風に揺れる木々のざわめき。

 けれど、今は違う。

 後ろから聞こえる小さな音が、なぜか心を落ち着かせてくれた。

 それでも、リーフは何度も立ち止まった。

「君は、本当に僕についてきて大丈夫なの?」

 スライムは、リーフの足元まで近づいた。

 そして、靴の先に体を寄せる。

「森の中には、君を襲う魔物がいるかもしれないよ」

 ぺた。

「僕は強くないから、守ってあげられないかもしれない」

 ぺた。

「それでも、来るの?」

 スライムは、やはり離れなかった。

 リーフには、その理由が分からない。

 パンを分けたからだろうか。

 傷を手当てしたからだろうか。

 それとも、単に近くにいた人間がリーフしかいなかっただけかもしれない。

 魔物の気持ちは、テイマーであるリーフにもまだ分からなかった。

 スキルを授かっただけで、魔物と心が通じるようになるわけではない。

 少なくとも、鑑定のときに神官はそう言っていた。

 リーフは歩きながら、何度もスライムを観察した。

 傷は、もうほとんど見えない。

 昨日は体の一部が大きくえぐれていたのに、今では薄い跡が残っているだけだった。

 それでも、スライムの動きは遅い。

 時々、体を大きく揺らし、立ち止まってしまう。

「疲れた?」

 リーフが尋ねると、スライムはその場でぺたんと平たくなった。

「やっぱり疲れているんだね」

 リーフは周囲を見回した。

 近くに大きな木があり、その根元に乾いた葉が積もっている。

 木の根が地面から盛り上がり、雨を避けられる場所もあった。

「少し休もう」

 リーフが腰を下ろすと、スライムも隣に移動してきた。

 緑色の体が、リーフの靴に触れる。

 冷たい。

 けれど、不快ではなかった。

 リーフは布袋から水筒を取り出した。

 水を飲み、残った水を少しだけ手のひらに受ける。

「君も飲む?」

 スライムは手のひらの水に近づいた。

 体の一部を伸ばし、水に触れる。

 すると、水はあっという間にスライムの中へ消えていった。

 スライムの体が、少しだけ膨らむ。

「水も飲めるんだね」

 リーフは驚いた。

 手のひらに残った水滴を見つめる。

 水筒の中身は減ったが、スライムが少し元気になったように見える。

 リーフは残りの水も、ほんの少しだけ分けた。

「全部はあげられないから、これだけね」

 スライムは水を吸収すると、嬉しそうに弾んだ。

 リーフは、また笑った。

 笑ったのは、屋敷を出てから初めてかもしれない。

 そのとき、リーフの右手に痛みが走った。

「痛っ」

 見ると、親指の付け根に赤い線が入っていた。

 昨日、枝を削ったときについた傷だ。

 たいした傷ではなかったので、そのままにしていた。

 しかし、歩いているうちに開いてしまったらしい。

 傷口から、赤い血がにじんでいた。

 リーフは布袋からヒナユキ草を取り出そうとした。

 けれど、その前にスライムが動いた。

 緑色の体が、リーフの手へ伸びてくる。

「え?」

 リーフが手を引くより早く、スライムの一部が傷口に触れた。

 ひやりとした感触が広がる。

 痛みが消えていく。

 血が止まる。

 傷口の周りにあった赤みも、少しずつ薄くなっていった。

 リーフは、目を見開いた。

「治しているの?」

 スライムは答えない。

 ただ、傷口に触れたまま、体の中で淡い光を揺らしている。

 しばらくすると、傷はほとんど閉じていた。

 薄い線が残っているだけで、痛みもない。

 リーフは、何度も自分の手を見た。

「治癒能力……?」

 以前、父から聞いたことがある。

 魔物の中には、特殊な能力を持つものがいる。

 火を吹く魔物。

 音を消す魔物。

 薬草を見つける魔物。

 そして、傷を癒やす力を持つ魔物。

 数が少なく、とても珍しい存在だ。

「君は、治癒魔法が使えるの?」

 スライムは、リーフの手の上で小さく揺れた。

 答えは分からない。

 けれど、目の前で傷が治ったことだけは確かだった。

 リーフはスライムを見つめた。

 家族が言っていた。

 テイマーが従えられるのは、弱い魔物ばかりだと。

 スライムに、戦う力はない。

 剣士のように敵を倒すこともできない。

 しかし、傷を癒やせるなら。

 誰かを助けられるなら。

 それは、本当に役立たずなのだろうか。

「君は、すごいね」

 リーフがそう言うと、スライムは体全体を大きく揺らした。

「僕の家族は、君みたいな魔物を見ても、弱いって言うのかな」

 返事はない。

 リーフは自分で問いかけて、自分で苦しくなった。

 父は、スライムを見たことがない。

 レオンも、まだ知らない。

 もし、この力を見せられたら、父は考えを変えてくれるだろうか。

 屋敷へ戻してくれるだろうか。

 リーフは一瞬だけ、そんなことを考えた。

 けれど、すぐに首を振った。

 戻れない。

 門は閉じられた。

 父は、自分で決めた。

 何より、自分はもう家族に迷惑をかけたくなかった。

 リーフは立ち上がった。

「村へ行こう」

 スライムが、足元へ寄ってくる。

「君を連れていくかどうかは、まだ決めていないけど」

 ぺた。

「……来るんだね」

 リーフは困ったように笑った。

 その後、2人は水場から離れ、森の入口へ向かって歩き始めた。

 道は分かりやすかった。

 昨日、目印をつけた木が見える。

 リーフは安心して歩いていたが、昼を過ぎた頃、急に足を止めた。

 前方の茂みが揺れている。

 風は吹いていない。

 葉が、一定の間隔で左右に動いていた。

 何かがいる。

 リーフは、スライムを後ろへ下げた。

「静かに」

 小声で告げる。

 スライムは、すぐにリーフの背後へ移動した。

 リーフは息を殺し、茂みを見つめる。

 やがて、灰色の毛が見えた。

 小型の獣。

 狼に似ているが、体はそれほど大きくない。

 森犬だ。

 村の近くに出ることもある魔物で、群れで行動することが多い。

 1匹なら、子供でも逃げ切れる場合がある。

 しかし、森犬は鋭い牙を持っていた。

 リーフは木の枝を握りしめた。

 戦えるとは思わない。

 それでも、スライムを守るために、前へ出た。

 森犬が茂みから姿を現す。

 その口元には、昨日の雨で濡れた牙が見えていた。

 リーフの足が震える。

 逃げなければ。

 頭では分かっている。

 けれど、背後にはスライムがいる。

 リーフが1歩下がると、スライムも一緒に下がった。

 森犬が低く唸る。

 その瞬間、スライムがリーフの横を通り過ぎた。

「えっ、待って!」

 緑色の体が、森犬へ向かって進んでいく。

 リーフは慌てて手を伸ばした。

 森犬が口を開く。

 次の瞬間、スライムの体が淡く光った。

 森犬の動きが、急に鈍くなった。

 足がもつれ、頭を振る。

 まるで、ひどい眠気に襲われたようだった。

 スライムは、森犬の前でゆっくりと揺れている。

「今のは……」

 リーフが呟く。

 森犬は何度か頭を振ったあと、リーフたちに背を向け、茂みの奥へ走り去っていった。

 森に、静けさが戻る。

 リーフはその場に座り込み、荒い息を吐いた。

「怖かった……」

 スライムが、リーフの足元へ戻ってくる。

 そして、いつものように靴へ体を寄せた。

「君が、助けてくれたの?」

 スライムがぽよんと弾む。

 リーフは震える手を伸ばし、スライムの体に触れた。

 柔らかく、少し冷たい。

「ありがとう」

 スライムは、もう1度だけ揺れた。

 リーフは森の奥を見つめた。

 このスライムには、傷を治す力だけではない何かがある。

 けれど、まだ何も分からない。

 自分がテイマーとして、この子と契約できるのかも分からない。

 それでも、リーフは思った。

 この子を1人にしたくない。

 そして、この子にも1人にされたくない。

 森の入口へ続く道は、もうすぐそこだった。

 リーフは立ち上がり、スライムへ向き直った。

「村へ行こう」

 今度は、迷わずに言った。

「君がいてくれるなら、僕も頑張れる気がする」

 スライムが、リーフの足元で小さく跳ねる。

 ぺた。

 ぺた。

 森の外へ向かう2人の足音が、少しずつ重なっていった。

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